第30話 ギルド《ピアニッシモ》

 他の相手もあれぐらいの強さなら、敵の全滅は時間の問題だ。

 とはいえ、未だに九十一人の穏やかならぬ雰囲気のアバターたちが控えている。

 不意に、タバコを吸っていたランマルが俺の横に立った。


「は~、長いわ。こんなん繰り返してたら、グレイスたちと戦う前にお日さん出て来るで。どうにかならへんの?」

「どうにか、と言われても、意外と一体一体侮れないんだぜ? まあ、昔みたいに四人掛かりなら……」


 言葉の続きをランマルに奪われる。


「鎧袖一触、ってわけやな。グレイスがよう言うてたわ……せや!」


 何かを思いついたらしきランマルが、武器も出さず、タバコ片手に相手の方に近付いて行った。

 ほぼ丸腰で近付いているのにAIたちは露骨に警戒している。

 彼らのベースとなった人々の思考には、ランマルが畏怖すべき対象として染みついているようだ。


「グレイスー、スワローテイルー! これ面倒だからさ、久々にウチら四人で《ピアニッシモ》を再結成して一緒に戦わん? 手っ取り早いし、そっちの方が絶対おもろいで」


 スワローテイルはすぐさま返事をした。


「んじゃあ、私はそっち側に行きますかね~。グレイスは?」


 グレイスは何度か、俺たちと残り九十一人のアバターを交互に見ながら、


「……そうね。でも、私たち相手にこの程度の数じゃ少し物足りないわ。私とスワローテイルの分も上乗せ出来るかしら?」

「もちろん出来るよ。それじゃあ決まり!」


 二人が俺たちの横に立つと、相手のアバターの後ろで再び黒い炎が二つ上がった。

 片方からは十三人、もう片方からは百人のアバターが出現する。


「え……。何、アレ……」


 小さく呟いたキラに振り返って答える。


「まあ、アレが俺たちのギルドの背負った業みたいなものだよ。普通に襲われた時に返り討ちにした事もあれば、モンスターのトレインに巻き込んでしまったこともある。ボス戦で別の人を助けるために少数を巻き添えにしてしまったことも、そして手に負えなくなったPKギルドの連中を意図的に排除しようとしたことも、な」


 続いて、ランマルたちもコメントする。


「その全てを視覚化したらこうなった、って感じやね」

「意外と少ないなぁ……」

「ミラだけが大きな罪を背負っているかのように思われては、また心残りが増えますから、私も共に自分の罪と向き合いましょう」


 俺が《富士山》を構えると、視界の右側に《エベレスト》が出現した。

 間合いが広いため俺とグレイスは後衛、その前に片手剣を構えたランマルと何も持たずにゴツイ籠手を着けたスワローテイルがボクサーみたいな構えを取る。

 今更なのだが、思い出したので忘れないうちに渡しておこう。


「スワローテイル。《ヤバB》から半年遅れの納品だぞ。受け取れ」


 スワローテイルがその場で籠手を新調した。少し俯いてから、ぐるっと斜め左後ろを向いて手を振る。


「デニールちゃーん! この……《童貞厨二病患者が指貫きグローブの次に購入しそうな感じの女子に優しくない方向性で色々尖ったオリハルコングローブ》ちゃんと納品してくれてありがとー! 装備に付けれる文字数の限界にチャレンジしている努力が感じられて嬉しいよー!」


 スワローテイルが手を振っている方向を見ると、確かにデニールが座っていた。よく見つけられたな。


「良かった~。ちゃんと《童貞を物理的に殺す防具シリーズ》の三作目を届けられて本当に良かったよ~! ミラちゃん、私の代わりに届けてくれてありがと~!」


 俺の方にも手を振って来たのでちゃんと返す。


「はぁ、あの娘のネーミングセンスはどうにかならないのかしら。ミラちゃんの教育に悪いわ」

「いや~、名前がどれだけふざけたものでも、性能は高いからなぁ。背に腹は代えられへんっちゅうか、まあアレも一つの才能ってことで」


 以前のものより指先などの尖り具合が鋭くなっている籠手でスワローテイルが構えを取り直すと、それを合図に総勢二百四人のアバターが一斉に走って来た。

 それを見つつ、笑いながら語り合う。


「ほな、ギルドマスター。何か盛り上がりそうなこと言うてや」


 ランマルが俺の肩を小突いて来る。


「俺? 今はグレイスがいるんだから、グレイスがギルドマスターってことで良いでしょ。ほら、昔の《ピアニッシモ》の勇姿ってやつを観客に見せてあげたいじゃん?」

「一理ある。んじゃ、グレイス頼んだで」


 一度深く息を吸ったグレイスが、


「じゃあ始めましょうか。我々に掛かればこの程度……鎧袖一触よ!」


 空気を裂くかのような気迫が言葉尻に乗せられ、一部のAIの動きが止まった。

 すかさず、《エベレスト》が突き立てられる。

 一人のアバターが消えていくと、いつもの調子が出始めた。


「懐かしいな。この戦闘スタイルも」

「パーティーの始まりやで! テンション上がってきたわ」

「そういえば私、《YDD》プレイヤーの皆さんに戦闘シーン見せるの初めてなんですよね。ラスボスオーラ出してる割に何かちょっと弱そうとか思われないように頑張りますか」


 グレイスの攻撃を運よく躱せた奴らの足が《富士山》によって刈られていく。

 それでも更に距離を詰めて来た連中をランマルが斬る。

 これでもまだ俺たちに近付いて来る輩は、《徒手空拳》のスキルを持つスワローテイルによって、防具がない部分をさけるチーズみたいにされていた。

 一番痛そうな割にダメージ自体はあまり入っていないので真面目に倒して欲しいんですが……。


 二百人を超える人数を相手にキャンプをするのは戦略的に無理がある。

 故に、一か所に留まることなく、常に移動しながら戦闘を行うことになる。

 一応、ヘイズたちの試合の邪魔にならないようにしようという程度の配慮は持っていたので、一番暇なスワローテイルが移動ルートを立案する。


「おっと。さっきの試合でも思ったが、やっぱり包囲しようという程度の知能は持ち合わせているみたいだな。モンスターみたいにはいかないか」

「ミラ、弱気にならないでください、四人いれば、それぞれが背中を守り合うだけで簡単に切り抜けられるではありませんか」

「まあ、長距離で一方的に相手を倒せる人が二人もいると、実質包囲出来てへんってことなんやけど」

「私たち結構ヒマですもんねぇ」


 観客席では、いつの間にか相手の残り人数のカウントダウンが始まっていた。

 一人倒す度に歓声が巻き起こる。


「こんだけ囲まれるんなら、もっと派手に何かやりたいねぇ」

「じゃあ、俺とグレイスで《大縄跳び》でもするか?」

「いいでしょう。槍なので少し難しいところもありますが、そこはステータスにモノを言わせて何とかします」

「私も賛成。じゃあ、そっちも遠くで倒し過ぎないように引き付けて」


 自分達の身を守りながら、適度に敵を引きつける。

 割と人が密集して来たところで、


「ミラ、今や!」

「行くぞ。せーの!」


 俺が足元を刈るように一回転すると、《ピアニッシモ》のメンバーたちはジャンプして刃を避けたが、周りに立っていたアバターたちが次々にダメージを受けた。

 途中、相手の一部が自分の武器を足元に刺して俺の刀を止めようとしていたが、甘い場合は勢いで押し切り、押し切れそうにない場合は、一旦相手の武器よりも上を通過させて対処する。

 俺が身体を起こすと、グレイスも叫ぶ。


「私も行きます。せーの!」


 グレイスが一回転すると、槍を叩きつけられたアバターたちが次々と押し飛ばされていった。

 体力がゼロになったアバターから順番に空中で消滅していっている。

 一時的に包囲網が完全に破られると、観客席から更に大きな歓声が沸いた。


 この調子でゴリゴリ相手を減らしていく。

 逃げ場がないことを知っているのか、挑んでくるように命令されているからなのかはよく分からないが、どれだけ他のアバターが一方的に倒されても、みんな逃げずに挑んできてくれたのでこちらから追いかける手間が省けた。

 そしてついに、


「三……二……一……ゼロ!」


 会場が一体となって相手の全滅を確認した。

 この盛り上がりは異様な光景にも思えるけど、それでも今はこの熱気が心地よかった。

 一狩り終えて、労うようにハイタッチを交わす。

 周りを見ると、流石にヘイズたちの戦闘は終わっていた。


 準備運動は終わり。

 ここからが本番だ。

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