第29話 ギルド《ゆうとぴあ》
俺の言葉を合図に、前から、横から、背後から、八人のアバターが一斉に走って来る。
素早く相手のそれぞれのスピードを確認して、一番早い奴が間合いに入った瞬間、《富士山》を出現させた。
世界大会でもやった奇襲攻撃だが、あの時とは間合いの長さが違う。
《富士山》は刃渡り三メートル七十七・六センチ、柄も含めれば四メートル半ぐらいは届く。
ほぼ半年ぶりだが、実に手に馴染んだ。
相手の腹部を貫くような場所に出現した長刀が、相手の体力を容赦なく削っていく。
しかし、まだまだ遠くだったので、串刺しになっていた相手は一旦離れた。
一人を相手にしている間にも、どんどん別の敵が近付いて来る。
この状況を観客席から見れば、だるまさんが転んだをやっているようにしか見えないだろう。
その場を回転しながら、相手の足元を次々と薙ぎ払っていく。
しかし、動きが読まれているのか、皆簡単に跳び越えていた。
だが、最後に跳んだ相手だけは逃がさない。
「まずはお前から」
真上に跳んだ相手に合わせて、俺も《富士山》を振り上げる。
近付きながら股下に刃を入れ、素早くそいつの両足を切り落とす。
足を真っ赤に光らせて地面に倒れた相手の武器を刀で抑えながら、そいつの頭上を踏み越えていく。
ついでに、刀を突き立てて相手の残り体力を削り切った。
そのまま放置しても良かったが、回復されるのも面倒だったのでキッチリ倒す。
これで、相手が作った包囲殲滅陣から脱出出来たわけだ。
振り返ると、また広がりながらこちらに迫って来ていた。
これがモンスター戦なら、俺を追いかける過程で相手が一直線にまとまるのだが、そうは問屋が卸してくれないらしい。
「おっと。いつものトレインのようにはいかないか。確かに、モンスターよりは賢いらしい」
数名が突進系のスキルで一気に間合いを詰めて来た。
しかし、システムでデザインされた単調な動きなら、予備動作を見れば躱せる。
今回は間合いが広いので、もっと楽だ。
一人、二人と躱し、三人目の攻撃を避けながら、その突進コースに刀を置いておく。
相手の顔が鍔のところに来る頃には、完全に体力を削り切っていた。
「む。誘われたのは俺の方だったか?」
俺が相手を一人串刺しにしている間に、突進スキルの第二波が迫っていた。
しかし、俺は別にその場に固定されているわけではないので、闘牛士のようにヒラリと躱す。
躱すついでに、まだ消えきれてなかったアバターの顔がグリンと捻じ曲がった。
方向転換しながら、状況を掴み直す。
なるほど。また包囲されたというわけか。
だが、何度やられても結果は同じ。
そう構えていると、六人が同時に突進系のスキルを使い始めた。
下手をすれば全員が同士討ちしかねない暴挙だが、的確に少しずつ軌道がズレていることが感覚で分かった。
今の場所に立っていれば、六人をほぼ同時に対処せざるを得ないようになるだろうが、移動してしまえば対処すべき人数が減る。
故に、目の前と真後ろの相手だけを注視して前方に進む。
前方から来た相手の攻撃を避け、しゃがみながら、後ろから来る相手の足を切り飛ばす。
そのまま回転して、先ほど避けた相手の足も切り落とし、地面に倒れていた相手にも追撃を叩き込む。
もう一周して確実に二人とも倒そうかと思ったが、投擲スキルによって武器が投げ込まれたので素早く退却。
退路にいた方の敵だけはもう一撃喰らわせて確実に倒す。
こういうことをしばらく繰り返していると、相手が残り三人にまで減った。
しかし、相手の中で立っているのはただ一人。
最初に名乗りを上げたユウヤだけであり、残り二人は足を真っ赤に光らせながら地面に倒れている。
ユウヤがAIとは思えないほど苛立った声で叫んだ。
「クソッ。何で全然届かないんだ!」
それをせせら笑いながら、足元に倒れていたアバターの体力を刈り取る。
これで一対二だ。
もう一人は瀕死なので実質一対一なのだが。
「また貴様はそうやって簡単に人を殺すのか!」
「人? 君たちは人工知能が動かしているアバターだろう? 今更気にすることか?」
「チクショウッ!」
突進技を軽く躱すと、突然足を掴まれた。
遅れて、か細い女性の声が聞こえた。
「まだ、このままじゃ終われない……」
相手の武器の動きを注視しながら、淡々と独り言をつぶやく。
「ん。まだ削り切っていなかったな」
ジャンプしながら腕を振りほどき、武器を持っている方の腕を刀で地面に固定する。
すると、さっきまで俺の足を掴んでいた方の腕で、先ほど倒したはずの別の相手が持っていた武器を掴んで攻撃してきた。
その腕を踏みつけながら問う。
「おい、その武器はお前のやつじゃないだろう。どうしてまだ消えていないんだ?」
踏みつけられている女性が微笑を浮かべながら、
「孤独な人。結婚機能も知らないのね」
「結婚機能? ……アイテムボックスとかが共有されるとかいうアレか。つまりその武器は、さっきの男が消えてもまだお前が使えるということだな」
問答をしている間に、再びユウヤが突撃してきた。
今下手に動くと、この女に足を攻撃されるだろう。
しかし《富士山》は相手のもう片方の腕を縫い付けるために使っている。
「ミラ! その首もらった!」
迫りくるユウヤを見ながら、俺は腰に付けていた刀に手を掛けた。
刀系基本スキル技《居合い斬り》が発動して、ユウヤを切り伏せつつ、先ほどの女性の攻撃可能範囲からも脱出する。
ユウヤが呆然とした表情で振り返る。
「ミラ、お前、居合いも出来たのか……。畜生。みんなと頑張ってトレーニングを続けたのに、また負けちまった」
ユウヤを攻撃している間に、俺が《富士山》を刺しっぱなしにしていた女性も消えていた。
刀を鞘に納め、地面に刺していた《富士山》も回収しながら、もう消えかけているユウヤに声を掛ける。
「確かに良い連携だった。やはりギルドは全員揃った方が強いな。ほぼ無傷で勝った俺が言うのもアレだが、お前たちはそこまで弱くない。何故なら、俺にこの……」
一旦言葉を切る。
勝利の喜びとは別の笑いが出そうだったからだ。
「……この《ヤバみがマジ卍(大)》を抜かせたことを誇るがいい……ククッ。駄目だ、この名前を声に出したら笑っちまう」
もう顔ぐらいしか残っていないユウヤが今日初めて笑顔を見せた。
「プッハハ……なるほど。俺を斬ったのはそんなに酷いネーミングセンスの刀だったのか。仲間たちへの土産話が増えたぜ。じゃあ、そっちの脇差は?」
「誠に遺憾ながら《ヤバみがマジ卍(小)》だ。あいつのネーミングセンスはどうかしている」
「ハハハ……笑って死ねるのはありがたい。また仲間たちにも聞かせてやろう。俺たちに勝ったからには、他の奴らに負けるんじゃねぇぞ。まかり間違ってもあっさり死んでくれるな。最低最悪の死にザマじゃなきゃ俺たちは納得しねぇ。ま、せいぜい必死に足掻くんだな!」
ユウヤが笑いながら消えたことにより、ギルド《ゆうとぴあ》の面々は全滅した。
観客席から盛り上がった人々の声が聞こえて来る。
その喧噪に紛れ込ませるように、刀を鞘に仕舞いつつ一言。
「どうせ、どんな死に方でも納得しないだろうから死んでやらねぇよ」
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