第28話 因縁の戦いの、その前に
タバコを咥えながらしみじみとランマルが呟く。
「葬儀場、ねぇ……。確かに、ウチも《WHO》関係の人の葬式なんて行ったことなかったわ。てか、最終日に死んだ人の葬式すらあの時の体力じゃ行けんへかったと思うし」
観客席の盛り上がりに呼応するかのように、相手のアバターたちが装備を構える。
ただし、アイギスやグレイス、スワローテイルは装備を構えず、悠々とした態度を取っていた。
アイギスが自分の前に立っている三人のアバターを指差しながら、
「ヘイズ君。私と戦えるだけの力を君がまだ持っているかどうか、今ここで示したまえ」
俺は、遠くに移動しようとしたアイギスに向かって叫んだ。
嘲りの意を込めて。
「おい、アイギス! 二度も三度もヘイズと戦っても新鮮味がないだろ。俺と戦え!」
「私もミラ君と戦いたいと思わなくもないのだが、今回は却下させてもらう」
「はぁ? 何でだよ? ビビッてんのか?」
俺の挑発が観客席の方にまで届いたのか、客席の一部から笑いが起こった。
しかし、アイギスはその嘲笑を意にも介さず、
「いや、君なら理解してくれると思うだろうが……私は自分が負けたままだということが我慢ならないのだよ。以前の戦いで、私はヘイズ君とハルナ君の動きから、システムをも超越するような存在を確信させられた。そこに驚かされ、感動のあまり勝負にならなかったことも認めよう。だが、今は勝負にだけ集中できる。ただのゲーマーの一人として、負けた相手にリベンジさせてくれないだろうか」
「ただのゲーマーか。……それなら仕方ないな」
ふと、《WHO》最後の日のやり取りを思い出した。
ヘイズとアイギスの戦いが始まる直前、俺たち《ピアニッシモ》のメンバーは、どちらが勝つか賭けをしていた。
俺とランマルはアイギスの勝利を予想し、スワローテイルとグレイスはヘイズの勝利を予想した。
賭けた理由は全員バラバラ。
俺は、残っていた十八のエリアを攻略するため。
ランマルは純粋に二人の技量だけを比べて。
スワローテイルは、奇跡のような勝利が訪れた方が面白いから、という理由で。
グレイスは、ゲームクリア後に俺と一騎打ちをするという目的のため。
前回の賭けは俺とランマルが負けた。
ヘイズのパートナーであるハルナが、その身を賭して奇跡のようなアシストを決めたからだ。
でも、今回は違う。
誰の命もかかっていない。
だから純粋に、敗北者のリベンジを祈ることが出来る。
「アイギス。俺は、今回もお前が勝つ方に賭けるからな。負けるんじゃねぇぞ」
俺の言葉を聞いたアイギスとヘイズが苦笑した。
立ち止まったアイギスがウィンドウを数回操作する。
「海外のブックメーカーでは、もう我々の戦いで賭けが始まっているようだ。……フフッ、やはり私の方がヘイズ君より人気があるようだな。今回はミラ君も一稼ぎ出来るかもしれないよ」
と言いながら、海外のeスポーツ用のギャンブルサイトの画像を送って来た。
その画像を見たヘイズが不敵に笑う。
「おいおい、俺も賭けていいなら全財産を自分の方に賭けるぜ?」
「ふむ。二度も同じ手が通用するとは思わないことだ」
ヘイズが自分の担当の相手と向かい合い始めた時、
「おっと言い忘れていたね。君たちのアイテムボックスに今までロックされていた装備があるだろう? アレ、ここではアンロックされているから遠慮なく使ってね。それに、このイベントをクリア出来たら他の場所でも使えるようになるよ」
とスワローテイルがアナウンスして、彼女も俺たちからかなり距離を置いた。
最後に、グレイスが口を開く。
「ミラ、私ももう一度あなたと戦いたいけど、まずはこの人たちと戦ってあげてね」
グレイスが下がっていくと、俺たちとあの三人の間を阻むように総勢九十九体のアバターが装備を構えて並んだ。
誰もかれもが俺に対して殺意を向けて来る。
今まで戦った警官やプロゲーマーたちとは殺意の重さが段違いだ。
その視線を軽く受け流しながら尋ねる。
「一対一を九十九回繰り返せばいいのか? それとも、一気にこの数を相手にしなきゃならないのか?」
遠くからスワローテイルの声が聞こえて来る。
「基本は一対一だけど、ミラの好きにしていいよ。流石に数が多すぎるから」
なるほど。
そういうことなら好きにさせてもらおう。
ニヤリと歪みそうになる口を必死に抑えながら声をかける。
「おい、この中で真っ先に俺を殺そうという勇気あるバカはいるか? いるなら出て来い。すぐに返り討ちにしてやる」
「ミラ、あなた正気? 私も手伝うから……」
キラの声を手で制する。
「この程度の輩に対して後れをとるようなら、あいつらには勝てない。まだお前の出る幕じゃないよ」
数秒待っていると、敵アバター集団の中から八人のアバターが出て来た。
一番小柄な少年アバターが名乗りを上げる。
「我こそは、ギルド《ゆうとぴあ》が一番槍、ユウヤ! 貴様の命、もらい受ける!」
「んー? 何か聞いたことあるな、そのギルド」
他のギルドメンバーと思われる人たちも武器を構えて名乗りを上げた。
ユウ、ユウカ、ユウタ、ユウナ、ユウキ、ユウドリック、ユウジロウ……とてもじゃないが一発で覚えられるのはユウジロウとユウドリックぐらいだろう。
しかし、これだけ名前を聞けばある程度思い出せた。
ギルド《ゆうとぴあ》は、名前に「ユウ」という文字列が入っている人たちのためのギルドだ。
「うわぁ、えらい懐かしい面々やね……《ゆう族》と言えば古来からネトゲ界隈では実名プレイヤーの象徴。特に、ゆうたとゆうきに付けられた小学生プレイヤー的なイメージは、現代でも拭い難い呪いの一種やで」
ランマルもしみじみと呟いている。
「ああ、お前らアレか。俺がボス戦で何人か助けてあげたのに何故か俺を残りのギルドメンバー総出で殺しに来たギルドの連中だな。ようやく思い出した」
「何人か助けた、なんて耳障りの良い事だけを言うんじゃない! お前はそのために俺らの仲間を一気に三人も殺したじゃないか!」
「おいおい、俺があの三人を巻き添えにしてでも技を当ててなかったら残りの五人は死んでたぞ? この話は何度もしたと思うのだが……まあいい。また返り討ちにすればいいだけの話だ」
俺が腰にいつもの大小を差して手招きすると、《ゆうとぴあ》のメンバーたちは俺を取り囲むように広がった。
「あの時は五人だったが、今はギルドメンバーが全員いる! だから、今度こそお前に勝つ!」
広がったメンバーたちを見ながら溜め息をつく。
「人工知能だのディープラーニングだのと言っているが、元がバカなら大したことないな」
「何ィ? どういうことだ!」
「お前ら、幽霊なのに足をわざわざ付けてきただろ? そこがバカだって言っているんだ。足が無ければまだ勝てたかもしれないのに、哀れな連中だ」
一度大きく息を吸い込み、
「《大縄跳び》とかいうクソみたいな異名を忘れたか? 俺の首を獲りたければ――この死線、跳び越えてみせろ!」
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