第27話 デスゲームの真実
俺たちが古代ローマ的な円形闘技場に足を踏み入れると、何もない空間に大きな黒い炎が燃え上がった。
今まで見た事のない演出だな……と思っていたが、炎の中から出て来た多くのアバターを見ると、実質的には例の特殊演出だということが分かった。
他のプレイヤーたちとはあまりにも規模が違っていたから別の演出かと思ってしまったわけだ。
この面子の中で《WHO》内に於いて殺人を行ったのは、俺とヘイズだけ。
「あれ? ヘイズってアイギス以外にも殺しているプレイヤーいたのか?」
俺が適当に話しかけると、ヘイズは怒りを押し殺したかのような声で、
「ミラ……お前、噂には聞いていたが、その数は……」
とだけ呟いた。
ヘイズの前に現れたのはアイギス含めて四人。
対して、その数十倍の数のアバターが俺の前に出現していた。
かつてないほどの敵の数ゆえに、観客席からも驚きの声が上がる。
最後に出現したアイギスとグレイスの間にスワローテイルも現れ、マイクを持って元気に喋り始めた。
「やっほー、ミラちゃん、ランマル、ヘイズくんに、ハルナさん! 後ろの子は、キラって名前か……うん、よく来てくれたね。私たちは君たちの挑戦を待っていたんだよ」
「俺たちを……」
「待っていた?」
ヘイズとハルナが呟いている後ろから、
「やっほー」
と気の抜けた木霊が返ってきた。
木霊じゃなくてランマルの声なのだが。
スワローテイルがチラリと隣を見ると、視線を受け取ったアイギスが話し始めた。
「ヘイズ君。《WHO》クリアおめでとう。このイベントは所謂イースターエッグのようなものだから、こっちも楽しんでくれれば幸いだ。君の顔色的には、あまり楽しんでもらえていないようで残念至極だが」
ん? 所謂と言われてもイマイチ分からないのだが……。
ヘイズが黙って何か考えている様子だったので、俺が代わりに質問する。
「おい、アイギス。イースターエッグって何だ? これ、AIが作ったイベントだと聞いているが……」
アイギスは講義でもするかのように淡々とした声音で解説を始めた。
「イースターエッグというのは直訳すればイースター……復活祭に使う卵のことなのだが、ゲームでは少し意味合いが変わって来る。簡単に言えば、我々製作者の遊び心によって組み込まれたセリフやイベント、機能などのことだ。こういうものは誰かが偶然発見して話題になるのだが、今回は《YDD》運営のAIが発見してくれたというわけだよ」
ゲームの運営面の知識があまりないので、分かるような分からないような、という感想しか浮かばない。
しかし、隣で話を聞いていたヘイズはもっと別のことを考えていたようだ。
「まさか、元から《WHO》がクリアされた後のことを想定してこんなイベントが組み込まれていたと言うのか? いや、それよりも前に聞かなければならないことがある。《WHO》内での死者が、どうしてこんな形で本物同然に動いているんだ?」
「なに、簡単なことだよ。《WHO》内でゲームオーバーになった人間の脳内の情報を《クオンタム・センチネル》で読み取り、それをベースに人工知能を形成することによって、より元の人間に近い人工知能を形成したというだけのこと。人間の脳はデータ化される時のダメージに耐えられないため、デスゲームという体裁を取らせてもらったのだよ」
ヘイズが何かを言いかけた時、それを遮るようにアイギスが再び話し始めた。
「勘違いされては困るのだが、人工知能の作成はゲームシステムの副産物に過ぎない。私の真の目的はタイトルにも表れている。私は、全てのVRゲームプレイヤーにとって、厳しい現実を忘れられるような安住の地を提供したかっただけで、それ以上でもそれ以下でもない」
ゲームのタイトル――《Warrior’s Haven Online》。
そう、これは「Heaven(天国)」じゃなくて「Haven(安住の地)」なのだ。ゲームプレイヤーにとっての安住の地、というのは、ゲーム以外にすることがないような環境のこと。
つまり、ゲームの中だ。
しかし、天国のようなヌルゲーでは面白くない。
それゆえのデスゲーム、といったところか。
俺の背後からランマルの質問が飛ぶ。
さっきスワローテイルに挨拶していた時とは声音に宿った真剣味が違う。
「つーか、今まであまり考えんようにしてたけど、何でヘイズとハルナって生きてんの? アンタとの戦いで相打ちになってたやん。この二人が生きていてグレイスが死んでるとか意味分からんのやけど」
言われてみれば確かに謎の部分だったな。
あの戦いでは奇跡のようなことが立て続けに起こっていたから俺の中ではそういうものとして自然に処理していたが、実際のところはどうなのだろうか。
質問を受けたアイギスが澱みなく答える。
「ふむ。先ほど説明した脳のアップロード作業なのだが、実はプレイヤーがゲームオーバーしてから、アップロード機能の起動までに少し時間がかかるのだよ。私を倒したヘイズ君と、その手助けとなったハルナ君、最後の死者となったグレイス君には特別なチャンスを与えようと思って個別に交渉したのだが、グレイス君だけは死を受け入れた……と説明したら理解してもらえるかね?」
「グレイスだけは自分の正義に殉じたってわけね」
そう言いながらタバコに火を付けて吸い始めるランマル。
ニコニコしているスワローテイルと、真顔を保っているアイギスに向かって、少し顔を顰めたグレイスが話しかける。
「そろそろ始めていいかしら? もう我慢できずにミラちゃんに飛び掛かろうとしている人たちもいるから……」
その声を聴いてスワローテイルが満足そうに頷く。
「おっと。我慢が出来ない奴は好かれないぜ? でも、血気盛んなのは歓迎だ。観客もそれなりに集まって来たみたいだし、そろそろ始めようか」
確かに、客席を見ればプレイヤーキャラと思われる外見のアバターが増えていた。
客席をぐるりと眺めたスワローテイルが慇懃に一礼する。
「参列者の皆様、お初にお目にかかる人がほとんどかな? 私は司会のスワローテイル」
顔を上げると同時に両手を広げ、声を張り上げた。
「そして、此処なるは明るく楽しい葬儀場。散りゆくはずの魂が、かつての因縁を求めて彷徨う場所。恨みつらみが降り積もり、あらゆるプレイヤーの救済を跳ね除けたこの仮想の地獄で、今宵も饗宴が開かれる! さあ皆様、今日はどうかお通夜のような空気ではなく、陽気に怒号と剣戟を飛ばして楽しみましょう?」
静かだった観客席が一気に沸き立つ。
多分、耳をすませば八割ぐらい俺への悪口なのかもしれないけど、何か叫んでいる程度にしか聞こえないので問題ない。
今はただ、この熱狂すら心地よく感じられた。
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