第26話 “この門をくぐる者、一切の希望を捨てよ”
数日経ち、ついに期間限定イベント《ゴースト・アリーナ》終了まで残り二日となった。
この前日に海外勢が挑んで相手の種類をかなり減らしていた。
しかし、海外勢の猛攻も、アイギスとグレイスによって阻まれた。
未だにスワローテイルが控えているのだから、敵の種類があと二百を切ってもまだまだ向こうの方が余裕なのだろう。
逆に、人間側の目ぼしいプレイヤーは、世界チャンプのヴィクターも含めて、ほとんど敗退したと言ってもいい。
こんな調子だったので、ネットでは人間の敗北を説く者と、俺たち《WHO経験者》の超上位勢が参戦して事態をひっくり返すことを熱望する者の二種類の人が現れていた。
ヘイズたちの都合により、攻略は夜からとなっている。
夕食時、小春さんが久しぶりの笑顔を見せながら話しかけて来た。
「
「あの人は強いし、初見殺しもいいところの武器を持っているからね。何も知らないまま戦おうとしたら、まず勝てないだろう」
少し早めの夕食を食べ終え、食後の休憩時間も取り、《ゴースト・アリーナ》攻略に備える。
小春さん含め、《デスゲーム事件》関係の警察たちも観客席から試合を観る予定らしい。
ヘイズたちとの集合予定時刻より少し早い時間に、《ゴースト・アリーナ》の建物の前で《ヤバB》から装備を受け取る。
俺が頼んでおいた靴と手袋はその場で装備し、スワローテイルが発注していた装備は一度アイテムボックスに仕舞った。
「助かった。これで《ゴースト・アリーナ》もそれなりに戦えると思う」
「まあ、たまにうちの店の宣伝してくれたり、採寸させてくれたりしたらそれで十分だよ」
何度もウインクをしてくるが、そんなことでは誤魔化せないほど《ヤバB》の採寸が俺にとってのトラウマになっている。
「宣伝はともかく、あまり採寸はされたくないな……」
「えー、私のクリエイティビティとエネルギーの源なのになー。《WHO》の頃から少しずつ成長しているのを見ていると、成長期っていいなーとか、自分の子どもを見ているような気分になるよね……まだ子どもを持つような年齢でもないのに」
誰に会っても大体子ども扱いされているような気がする。
まあ《WHO》の時から《クオンタム・センチネル》が現実世界の俺の身長を定期的に測定して、アバターの方にも随時反映してくれていたおかげで、ゲームクリア後の現実世界での俺の身体への違和感が最小限に抑えられたため、あまり文句は言えないのだが。
デニールと少し話していたら、後ろから声を掛けられた。
「ミラ、少し早いんじゃない? ていうか、待ち合わせ場所ってここで……だ、誰?」
振り返ると、キラが何かヤバい人を見るような目でデニールを指差しながら立っていた。
実際ヤバいやつだから仕方ない。
「あれ? ミラちゃん、私に黙って新しい女を作ったの?」
「おい、《ヤバB》変なこと言うな、マジで」
「も、もしかしてミラの《WHO》での彼女さん……? いや、ミラには彼女がいるようには思えなかったけど……五年もゲーム内で過ごしたら流石に彼女の一人ぐらい……でもなぁ……この髪色はセンスが……」
何か小声でブツブツ言っているキラに対して、
「私はミラちゃんの彼女じゃないですけど、まあミラちゃんの全身を味わった経験ぐらいはありますねぇ。私とミラちゃんの関係はそんな感じだと思ってくれれば良いですよ」
「え? ちょっ……全身を味わう……?」
何故かキラが俺の方を睨んでくる。
「おい、何でそういう変な言い回しで説明しようとするんだ。……ったく、こいつはデニール。俺たちのギルドが《WHO》時代にお世話になっていた武具職人で
「そ、そうなの……?」
デニールが何か言う前に、別の所から声がした。
「おー、《ヤバB》やん。元気してた?」
「うん。ランマルも久しぶり」
ランマルが到着してデニールと普通に話し始めたので、キラの誤解も多分解けたと思う。
そして、待ち合わせ時刻ほぼピッタリに、全身黒ずくめの男と亜麻色の髪の女性で構成された若いカップルが現れた。ヘイズとハルナである。
ヘイズは挨拶もそこそこに、
「俺たち二人は警察の人から頼まれてここに来たのだが……ランマルたちもなのか?」
「ウチはミラちゃんから頼まれて来たって感じやね。警察通せば金くれるんかいな……」
恨みがましそうにこちらを見て来るランマルの視線を受け流しつつ、
「警察には色々お世話になっていてね、警察が最初に《ゴースト・アリーナ》攻略を依頼して来たのは俺だ。んで、アイギスを引っ張り出すためには君たちが必要ということで警察の人を相手に駄々をこね続けて君たちを引っ張って来てもらったというわけ」
ハルナがデニールとキラの方をチラッと見て、
「えっと……そっちは武具職人のデニールさんでしょ? じゃあ、そっちの子は……?」
キラが返答する前に、デニールが明るく、
「私はミラに届け物をしに来ただけで、《ゴースト・アリーナ》への挑戦権は既に失われているから頭数に入れないでね!」
その言葉に続いて、
「私はミラと同じプロチームに所属しているキラと申します。一応ミラからは同行の許可をいただいていますが……」
そこまで言って、キラがヘイズとハルナの顔色を窺う。
俺としてはこの二人の方が重要なので、彼らから許可が下りなければキラを置いて行くことになる。
「ねぇ、キラちゃんは何のために《ゴースト・アリーナ》に行くの? それだけ聞かせてもらえたら私は大丈夫」
「俺からは……君に何が出来るのかを聞かせてもらおうか。あまりこういうことは言いたくないが、あそこはたとえプロであっても、普通のプレイヤーがどうにか出来るような領域じゃない。君に敢えて無力感を味わわせても良い気分にはならないからな」
言い方からして、キラが何を答えても、あの二人が同行を拒否することはないだろう。
つくづく甘いというか、懐が深いと言うべきか。
キラがこちらを見て来たので、頷いて発言を促す。
「私は、《フローティング・アサイラム》に乗って、この世界の果てに挑みたい。《ゴースト・アリーナ》なんて通過点でしかないの。積み重ねた経験や戦闘スキルでは皆さんに及ばないかもしれないけど、私だけは体力がゼロになった後のことを考えずに戦える。だから、私も連れて行ってください!」
ヘイズとハルナが顔を見合わせる。
二人が頷いて、
「《ゴースト・アリーナ》は通過点でしかない、か。良い答えだ。役割を自覚している点もプロらしい。こちらこそよろしく頼む」
「私からもよろしくね。でも、もうちょっと素直になった方がいいかも。キラちゃん、ミラくんと一緒に戦いたいだけでしょ?」
クスっと笑みを浮かべているハルナに対し、キラが顔を真っ赤にして詰め寄る。
「だ、誰もそんなこと言ってないじゃないですか!」
じゃれつく二人を横目に、ヘイズと二言三言打ち合わせをして、闘技場の門に手を掛ける。
ついに、地獄の門が開かれる時が来た。
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