第21話 運営が最も恐れた女
「最後の一人の名はスワローテイル。《運営が最も恐れた女》と言われただけはある。あいつは、芦田ですら把握しきれなかったシステム上の欠陥を、元デバッガーの経験と精神力を活かして使いこなしたやつだ。何をやってきてもおかしくない」
「ここにきて更にぶっ飛んだやつが来ましたね~」
おっと、ここで更に悲しいお知らせをしておかなければならないことを思い出した。
「良いかハッシュ、スワローテイル以外の四六〇一人は、どこかのモンスターかプレイヤーによって殺されているのだが……このスワローテイルだけは、死んでいないのによく分からない技によって現実世界に帰って来なかった唯一のプレイヤーなんだ。アイギスもグレイスも、《WHO》内でそいつを殺した連中を《ゴースト・アリーナ》に引っ張っていけば勝てるだろう。しかし、《WHO経験者》は誰一人としてスワローテイルを倒したことがない。それを意識して臨めよ」
「それヤバいじゃないっすか……ところで、そのスワローテイルってどういう特徴が有るんすか? ランダムで出て来たら絶対チェンジをしてもらおうと思うんで……」
戦闘に負けるとイベント参加権を剥奪される、という疑似的なデスゲーム仕様が有る限り、ハッシュのように敢えて強者を避けるのは賢明な判断だ。
「あいつは、薄い水色の髪をしている。んで、武器は持っているかもしれないし、持っていないかもしれない。あいつは素手で戦うためのスキル《徒手空拳》を持っているからな。武器を手放すな、盗られるぞ。……まあ、試合が終わったら返してくれるだろうけど」
「うっす。先生の教えを守って頑張ります!」
ビシッと敬礼してからハッシュが帰って行った。
ランマルもハッシュもログアウトしたが、キラは依然として残っていた。
無言のまま残っているキラに対し、若干呆れながら声を掛ける。
「お前もそろそろ帰れ。アドバイスは聞いていただろ? さっきの情報があれば秒殺されて笑われる展開だけは避けられるだろうよ」
なおも数分間の沈黙を続けていたキラが、おもむろに口を開いた。
「……何でミラは《ゴースト・アリーナ》に行けないの?」
俺だって行きたいのは山々だが、その感情を呑み下して淡々と答える。
「止められているからだ。それ以上でもそれ以下でもない。雇われている以上、上の方針には一応従う。……そもそも、あそこに行くと解雇どころの騒ぎじゃなくなるはずだからな」
この答えでは満足出来なかったのか、キラが声を荒げた。
「それはもう聞いた。私が聞きたいのは、騒ぎになる理由についてなの!」
「お前には言いたくない」
「何で?」
何故、か。愚問だな。
薄ら笑いを浮かべながら答える。
「お前、社長令嬢だろ? 解雇される瞬間を早めたくないんだ。察してくれ。つーか、そんな理由ぐらいネットでちょっと検索したら大量に出て来るだろ。デマも多少はあるみたいだけど、大体合っていると思ってくれて構わないぞ」
キラが無言のまま、ずんずんと近付いて来た。
じりじりと後退していた俺の背中が壁に当たると、キラが大きく半身を引いて、そのまま殴りかかって来た。
しかし、キラの狙いが顔面付近の壁であることが分かったので、避ける必要は無かった。
壁が大きな音を立てる中で、それでもブレない視線と視線が至近距離でぶつかり合う。
「ネットの噂なんてもう見飽きるぐらい見た! あなたの口から真実を聞きたいの!」
「俺が嘘をつくかもしれないぞ?」
当然の可能性を示唆しても、キラの決意は揺るがなかったようだった。
「それでもあなたの口から聞かせてもらいたいの!」
「クソみたいな話を何度も見てきたはずだろう? 逆に、何故それらを見てもまだ俺に対して友好的に振る舞えるのか……ああ、客観的証拠がないから、というお題目があったか」
「それだけじゃない!」
予想外の言葉が返って来たので、無言で言葉の続きを促す。
「ミラは世界大会で圧巻の強さを見せたし、配信も好調だから、もう立派な稼ぎ頭なのよ。それに、私やハッシュたちに対しても色々優しく教えてくれているし……とにかく、あなたは私にとって信用に足る存在で、ビジネス的にもそう簡単には手放せないのよ」
果たしてそうだろうか。
確かに会社のスタッフさんたちの話によれば、俺の配信は謎の海外人気もあってかなり好調らしい。
仕事だからキラやハッシュにも色々教えているし、教わってもいる。
けれど、会社がそう簡単に手放せない、というキラのセリフは簡単には信用できない。
世界大会の前に、拘置所まで面会に来てくれたキラの父親――
「もしネットで炎上してワシらの手に負えなくなっても、最悪解雇してしまえばいい」
と言っていた。
多少の稼ぎをもたらしたとしても、自分達にまで炎上の火が延焼してくる事を黙って見ている人ではあるまい。
「……何と言われても、今お前に話すつもりはない。今日はもう帰る」
ログアウトのための準備を始めると、か細い声が聞こえて来た。
「私は……何が起きてもミラの味方だから、それだけは覚えておいて」
その言葉だけ聞き届けてログアウトした。
期間限定イベント《ゴースト・アリーナ》が開幕して早くも一週間。
俺は闘技場に近寄らずに、イベント参加者たちの動画を漁っていた。
相手を指名出来る事もあって、わざわざ最強クラスであるアイギスやスワローテイル、グレイスなどと戦っている奴らがいるのかと思っていたが、どうやらあの三人だけロックが掛かっているらしく、プレイヤー側から指名できないらしい。
イベント開催者の「無謀な挑戦はするな」という優しさをひしひしと感じる。
しかしながら、一般的な《YDD》プレイヤーたちは、他の敵相手にもかなり苦戦しているようだった。
イベント告知時には、
〈敵がたった四六〇二種類www《YDD》運営はアクティブユーザー数を数え間違えているんじゃないのか? アクティブ何千万やと思ってんねんwww〉
と強気の姿勢を見せていた匿名の人々たちも、一週間経って折り返しに入ると、
〈まだ敵が半減してないのに中堅ユーザーがことごとく返り討ちに遭っている件について〉
〈【悲報】《YDD》プレイヤーさん、人工知能相手にボロ負け……〉
などとお通夜ムードを漂わせ始めていた。
そんな中で俺が探していた動画というのは、《WHO経験者》の試合動画である。
スカルチノフのように、自ら配信しているような動画だけではなく、観客席にいた人が録画して流している動画も根気よく探した。
「《ゴースト・アリーナ》特殊演出」などのタイトルが付いていることが多いので検索しやすい。
そういう動画は大抵コメント欄が荒れている。
荒れる原因は単純明快。
その《WHO経験者》が人を殺していたことが分かるからだ。
〈人間の屑。こんな奴らも取り締まれないような警察と法律は無能、ハッキリ分かるんだね〉
〈殺人者が隣に住んでいるかもしれないとか怖すぎだろ。コイツ、どの面下げてここに立っているんだ?〉
〈個人情報特定した。拡散しろ。絶対に許すな。正義の鉄槌をくらわせろ〉
などと穏やかじゃない書き込みが目につく。
そして、叩かれている《WHO経験者》が勝てば、
〈死者への冒涜。死体蹴りはマナー違反だぞ〉
〈こんなの普通の人間が出来ることじゃない。あいつは間違いなくサイコパス〉
〈警察見ているか~? これが証拠だぞ〉
などのコメントが書きこまれ、逆に負ければ、
〈引っ込めクソ雑魚! 相手を増やすな。お前のプレイヤースキルがゴミでも、敵になったら人工知能パワーで強くさせられるんや!〉
〈今すぐ指名して狩ってやる。ゴミ掃除の時間だ!〉
〈懺悔のつもりか? 負けて許されると思うなよ!〉
など、正反対の書き込みがなされていた。
そして、たまに複数人を殺めてしまったプレイヤーが登場したら、その炎上ぶりは他のプレイヤーの比ではなくなる。
まさに、ネット炎上による火刑だ。
そして、その火刑場は常に、新しく良質な燃料を求めていた。
〈全ての犯罪者を洗い出せ!〉
〈全《WHO経験者》は《ゴースト・アリーナ》に来て、無罪かどうかを世間に証明しろ〉
〈我々一同は、《WHO》クリアのためにアイギスを殺した英雄ヘイズの参戦も待っているぞ〉
〈噂に聞く《百人斬り》のミラはまだ来ないのか〉
〈ミラのやつ完全にだんまりで、所属会社に問い合わせても、知らぬ存ぜぬを貫かれる。でも、この疑念を晴らすには、《ゴースト・アリーナ》に来るしかないからな〉
くそったれ。人の気持ちも知らないで。
俺には、もう一度言葉と刃を交えたい人たちがいるってのに。
でも、この調子ではアリーナに行った瞬間、プロゲーマーとしての将来はほぼ絶たれることになるだろう。
ゲームしかしてこなかったと言っても過言ではない俺からすれば、自分の将来を投げ捨てるのと同義だ。
今を優先するか、将来を優先するか。やめておいた方がいいことぐらい分かっている。
だが……。
そんな葛藤続きのある日の朝、少し遅めに起きると、朝食のフルーツが乗った皿の横に一枚のメモが置かれていた。
たまにあることだが、小春さんからの伝言である。
「今日の午後はゲームをせずに待機していてください。警察として、あなたに話があります」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます