第20話 先輩からのアドバイス(上)

 スカルチノフの生配信を最後まで見届けた俺たちは、一斉に息をついた。


「何やアレ……このイベントを企画した奴は《フローティング・アサイラム》に屍者の帝国でも築こうとしとるんかいな」

「あの敵はアレっすね……いわゆる哲学的ゾンビってやつっすね。めっちゃ人間っぽいのに、中身が人間かどうか分かんないってやつ。自分、ホラーゲーム苦手なんでキツイっす」

「まだ外見がキモいタイプのゾンビじゃないだけマシよ。マークを見れば敵か味方かぐらいは分かるから問題ないわ」


 三人が感想を述べた後、ランマルが俺に向かって諭すように言った。


「敵の正体はともかく、アレが《WHO》からデータを引き継いだプレイヤーへの特殊演出ねぇ……悪いけど、まだプロゲーマーを続けたいなら、ミラちゃんは《ゴースト・アリーナ》に行かん方がええよ」


 意外なことに、キラもハッシュもその理由を尋ねて来なかった。

 《WHO》をやっていない人が簡単に介入できるような話題でもないからなのかもしれない。


「配信無しでやれば良いんじゃないか?」


 俺の安易な考えはすぐに否定された。


「あそこにはぎょうさん観客がおんねんで。すぐバレる。どれだけオフラインに近い環境を構築しても、闘技場の観戦機能がある限り、見つかるのは時間の問題や。録画してネットに流すのは簡単やで?」

「しかし、グレイスとスワローテイルに再会するためには……」


「再会言うても、人工知能みたいなもんやで。……まだイベントは始まったばっかりなんやから、もうちょっと考えとき。ミラちゃん一人の問題やない。今まで辛うじてミラちゃんの悪評が深刻なレベルで《YDD》プレイヤーに広がらなかったのは証拠が無かったからや。スタッフさんたちのことも考えて動かなアカンよ」

「んなこと言われても……」


 だが、ランマルが言っていることも一理ある。

 あの《ゴースト・アリーナ》に行けば俺の過去の罪は暴かれ、プロゲーマーとしての立場は一瞬で危うくなる。

 たとえ警察や法律に罰せられなくても、ゲーマーたちによって罰せられるわけだ。


「……分かった。少し考える。でも、お前も安易に行くなよ。お前が倒されて敵になったらシャレにならん」

「ま、ウチは無理して行く必要あらへんからね」


 一旦言葉を区切ったランマルが、真顔になって俺の両肩を掴んだ。


「……ミラ、もし《ゴースト・アリーナ》に行かなければならないと判断したら、必ずウチを呼びや。あの二人には……いや、もう一人厄介なラスボスさんも入れたら三人か。ともかく、あの三人には一人じゃ勝てへん。勿論、ウチ一人でも……」


 顔を覗き込んでくるランマルのプレッシャーに押し負けて、ゆっくりと頷く。

 それを確認したランマルはいつものようにタバコを吸い始めた。

 人が四人いるとは思えないほど静かな部屋の中で一本吸い終えたランマルが立ち上がる。


「これだけ言っておけばウチは満足や。後はそっちの三人で自由に話し合ってな」


 ランマルがログアウトした後も、数分間沈黙が続いた。

 視線を向けるとすぐに目を逸らされるので、仕方なく俺の方から切り出す。


「俺は諸々の事情で終盤まで行くかどうか考えることにするが……お前らは好きなタイミングで《ゴースト・アリーナ》に挑戦していいぞ」


 意外とすぐに返答が返って来た。


「言われなくてもそのつもりっす! リスナーさんからも結構要望が多かったっすから、やらないわけにはいかないんすよ」


 しかし、元気に返答をくれたのはハッシュだけで、キラの方は黙っていた。

 ハッシュもキラの方を見て、再びこちらに向き直った。


「自分たち《YDD》プレイヤーは、相手の出現率がランダムなんすよね? 何かヤバい敵とかいますか?」

「ああ。万が一、奴らと出会った時に初見殺しで死なないように少しは教えておく」


 ハッシュがメモの準備を終えたことを見計らって、


「動画を見る前に《三チ》と《七雄》の話をしたな? 多くのプレイヤーは、運営が作ったイベントだから最終的には勝たせてくれるだろう等と楽観的に考えているかもしれないが……《三チ》の中の二人と《七雄》の中の一人が向こうにいるから、実は向こうの方が《WHO経験者》の戦力より強い」


 事実を簡潔に伝えると、ハッシュはげんなりした表情を見せた。


「うげー、そんな強い人たちがリタイアしているのに、よくゲームクリア出来ましたね……んで、その詳細を教えてくださいよ」

「じゃあ、まず一番勝てそうな相手……つまり、《七雄》の一人を紹介しよう。名前はグレイス。この前お前たちも見ただろう? あの女性だ」


 今まで黙っていたキラがピクリと反応した。

 しかし、喋ることはない。


「先生の母ちゃんっすか? でも、結構前の出来事だからあんまり顔覚えてないんすよね。他の特徴とかあります?」

「あの人は俺と同じで武器が有名だったんだ。その武器の名を以て、彼女は《エベレスト》と呼ばれていた。何せ取っ手から先の部分が八メートル八十八・四センチ、取っ手を含めたらほぼ十メートルが攻撃可能レンジになるから、間合いの次元が違うぞ。気を付けろ」

「気を付けろ、で済むレベル超えてるんすけど!?」


 騒いでいるハッシュを意図的に無視して、さらなる注意点を伝える。


「あの武器は氷属性だから氷耐性が高い装備を整えておけ。……あと、あの武器の根本十センチぐらいの場所には、ボスクラス以外の敵を確率で即死させる棘が幾つか付いていて、《デスゾーン》と呼ばれている。ついでに……世界大会で俺がケビンを秒殺した不意打ち攻撃があっただろ?」


 武器を相手が重なる位置に出現させて無慈悲に体力を削り取るという技だ。

 ちなみに、運営が俺たちの試合を見てルールを改訂したため、次回からは使用不能になっている。


「ま、まさか……」

「そのまさかで、あの攻撃の発案者はグレイスだ。あの人の間合いに入ったら、相手が武器を持っていない時の方が危ないと思え」

「か、勝てる気がしねぇ……」


 ガックリと項垂れているハッシュに、少し明るい話題を提供しておく。


「でも、あれだけ長い武器だから両手じゃないと使えない。つまり、グレイスは盾を構えていないから、攻撃が通りやすい方だと思うぞ」

「ん? 通りやすい方……って、何かと比較しているんすか?」

「いいところに気付いたな。そう、《三チ》の二人に比べれば攻撃が通りやすいんだ。さて、次に戦いやすいのは、アイギスって名前の白髪のオッサン。芦田剛紀(あしだ こうき)って言えば通じるか?」


 今まで黙っていたキラが反射的に声を上げた。


「芦田剛紀って《WHO》の制作者の名前じゃない!」

「そうだよ。要するに《WHO》のラスボスでもあった人。《ダブルウエポン》のヘイズくんが倒しちゃったから、今回もバッチリ敵に回っている。かなりデカい盾を持っているからすぐわかるはずだ。《鉄壁》の二つ名は伊達じゃない。全然攻撃が通じない上に、全てのスキルを作った人だからスキルを使って攻撃しようとすると全部見切られるぞ。おまけに、隙あらば盾で殴って来るからな。剣技も中々だが、盾捌きの方がマジでヤバい」


 ここまで説明すると、ハッシュが唸り始めた。


「う~ん……。ここでラスボス芦田さんの名前が出て来るってことは、もっとヤバいやつが居るってことっすか?」


 いる。

 開発者兼ラスボスの想定すら超越していくバケモノが。

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