第19話 (ゲーム実況者スカルチノフ視点)旧友との再会(下)

「前衛職とタイマンでここまで戦えるのだから、お前は間違いなくジュンスケだな。それを信じた上で問おう。このイベントに登場するのは《デスゲーム事件》で死んだアバターで合っているな?」

「そうだよ。どういう理屈か知らないけど、僕たちは脳の中の情報をこっちに吸い上げられているみたいなんだ。だから、あの頃同様の姿を見せることが出来ているだろう?」


 なるほど。その過程で脳にダメージを負って死んだということか。

 脳裏に、とあるアバターの顔がチラついて反吐が出そうになる。

 常に冷めたような表情をしていた白髪交じりのオッサンの顔。


 その名はアイギス――《WHO》製作者の芦田が使っていたアバターだ。


 こんな事のためにリアルのジュンスケを殺したのか? それとも、こうしておけば俺たちが赦すとでも思っているのか?

 しかし、今はその話を掘り下げても仕方ない。


「確かに、驚くほど昔とそっくりだな……。さて、次の質問だ。《WHO》からデータを引き継いだアバターに対する特殊演出、とは何だ?」

「今も起きているように、《WHO》で因縁があったアバターが敵として選出されやすい、というものだよ。中でも、自分がPKした相手は確定出現する。そいつが特殊演出さ。僕の手はすっかり汚れてしまっているけど、君が《WHO》でPKをしていなくて良かった。放送事故になっていたかもしれないからね」


 PK――プレイヤーキル。意図的に相手を殺すという許されざる行為。

 たちが悪いことに、このPKを楽しんでいるギルドも存在していた。

 デスゲームなのに……いや、デスゲームだからこそ、か。


 ともかく、俺は確かにPKをせずに済んだが、その代わりジュンスケはPKギルドの連中とやり合って数人倒した後に、最後の一人と相打ちになって死んだ。


 あの時、俺が手助けしようとしても、


「スカルチノフは、人を殺したまま生き延びても、呑気にゲーム実況出来るほどメンタル強くないでしょ? だから手を汚すのは僕だけで良い」


 と頑なに救援を拒んでいた。

 その善意に頼り切っていたから、俺が見殺したのも同然なのに、今も文句一つ言わずに質問に答えてくれている。

 ジュンスケの顔から視線を少し逸らして質問を続ける。


「ところで、このイベントが終わったらお前たちはどうなるんだ?」


 ジュンスケは即座にあっさりと答えた。


「僕たちが動くと結構サーバーに負荷を掛けることになるらしいから、また凍結されるか削除されるかの二択だろうね。まあ、実際どうなるのかは、権限の弱い僕には分からないんだけど」


 今まで人間らしい表情を見せていたのに、自分の存在の抹消の可能性を平然と口に出すところが恐ろしくて寒気がする。


「……これが最後の質問だ。何か言い残したことはあるか?」


 ほとんど間を置かずに、ハッキリと答えた。


「スカルチノフ、今も人気あるんだろ? 多くの人に届けたい情報があるから、幾つか言っても良いかな?」

「あぁ、構わない。古参ファンが支えてくれているし、《WHO経験者》の肩書きが宣伝にもなっているからむしろ昔より視聴者多いぞ。……いつもご視聴ありがとうございます」


 この機に乗じて、リスナーに対して感謝を述べておく。

 それは良かった、と呟いて、


「まず一つ目。実はこのイベント、対戦相手を名前や顔写真で指名出来るんだ。《WHO》からデータを引き継いだ人は特別演出が優先されるけど。つまり、ゲーム内での名前が分からなくても写真で分かるはずだから、遺族の人は是非会いに来てあげてね、って話。他の人に倒されていても、指名すれば会えるよ」


 俺もリスナーに対して繰り返し宣伝しておく。


「一つ目から中々重い話をぶち込んでくれたな。まあ、本物にとても似ていることは俺も保証する」

「二つ目は、ちょっとした注意点。このイベント、難易度が高いと言われているけど、サービス開始初期に死んじゃった人相手なら簡単に勝てると思わない?」

「言われてみれば、確かにそうだな」


「でも、実は僕たち、所謂ディープラーニングとやらで皆の戦闘データから色々学ばせてもらっているんだよ。参考にさせて貰っている戦闘データは途轍もない量で、ビッグデータとも呼べるほどだ。だから、そう簡単に倒せるとは思わないでくれ」

「おいおい、さっきまで人間だと主張していたのに、いきなり人工知能っぽい話が出て来たな」


 ジュンスケは少し目を伏せて、


「何かから学んで成長するのは生身の人間も同じだよ。さて、最後の一つ。これでもう《ゴースト・アリーナ》の全ての情報が明かされることになるよ。再生数伸びるね」

「何でお前が俺の再生数を気にしているんだ」

「実は、《WHO》からデータを引き継いだ人に対しての特殊演出が、さっき話したやつ以外にもう一つあるんだ」

「もったいぶらずに……」


 早く言え、と言おうと思ったが、その声は物理的に中断させられた。

 ジュンスケがその場で飛び上って、飛び蹴りを食らわせてきたからだ。

 地面を転がっていた俺の身体が一気に引き戻される。


 鎖で繋がれていることを逆手に取られたのか。

 そのまま、鎖を上手く使って鎌を持っていた腕を封じにきた。


 前衛と後衛の戦力差があるとはいえ、やけにあっさり捕縛できたな、とは思っていたが、まさかここまでが向こうの狙いだったのか?

 だとしたら、相当狡猾だ。

 俺が配信の撮れ高のために、すぐには倒さずに情報収集をすると予測していなければ出来ない芸当。


 拘束された両腕のままでは使えない弓の本体を捨て、矢筒から弓矢を引き抜いているのが見えた。その矢まで薄っすらと光っている。


「弓ってそういうスキルまであるのかよ!」

「これが弓矢によって近接戦闘を行うスキル、《ネイキッド・アロー》だ。覚えておくといい」


 恐らくかなりの状態異常を付与させるタイプの弓矢が振り下ろされる瞬間、鎖鎌の柄から鎖部分を外して転がる。

 鎖を逆手に取って俺を拘束していたジュンスケの攻撃が外れ、反撃のチャンスが訪れた。

 がら空きの首に、鎌系基本スキル《スラッシュ》を当てて残りの体力を削り切る。


 体力がゼロになって、アバターが消滅するまでの間に、ジュンスケは最後の言葉を遺した。


「その鎖が着脱出来るなんて聞いてないぞ。……それにしても、君のリスナーさんたちに見せたかったな。僕の勇姿と、スカルチノフのアバターのコピーが僕たちの仲間として登録される瞬間を」

「おい、俺のコピーが何とかって話が例の二つ目の特殊演出ってことで良いんだな?」


 末端から光の粒子に置き換わっているジュンスケは意外にもカラッとした笑みを浮かべた。


「そう。向こうからデータを引き継いできたプレイヤーには、こっち側に立つ資格もあるということさ。この後も頑張れ……いや、楽しめよ。これはデスゲームじゃないんだから」

「そうさせてもらう。一部の化け物には頑張っても勝てる気がしないからな」

「ハハッ。なら、化け物退治の専門家を呼びなさい。じゃあね」

「あぁ、じゃあな。俺以外のやつには負けるなよ」


 ジュンスケが消えた後、リスナーに向かって締めの挨拶をする。


「この動画で《ゴースト・アリーナ》の概要が良く分かったかと思います。それと、ジュンスケは本当に良い奴で、当時一部で暴れていたPK専門ギルドの連中から俺を守りながら散りました。そういう奴なんです、あいつは……」


 涙混じりの鼻声になっていて、このままだとリスナーさんたちが聞き取りにくいはずなのでどうにか涙を抑えようとしているのだが、一向に収まる気配がない。


「クソッ! もし俺がこの場で殺人者と罵られる未来が来るのだと知っていても、俺はあの時にジュンスケを助けておくべきだったのに、俺はあいつを見殺しに……!」


 闘技場の渇いた地面を何度か殴る。

 地面に突き立てた拳のすぐ傍がポツポツと濡れた。

 荒い呼吸を整えて、挨拶を最後まで完遂させる。


「ジュンスケは俺の昔の動画に何度もゲスト出演していたので、もしあいつのファンがいるなら戦ってみてください。あいつ、誰かとゲームの対戦をするのが大好きだったので、それが一番の供養になると思います。ご視聴、ありがとうございました!」


 最後は半ば叫ぶようにして終わらせた。

 コメント欄を眺めると、あいつのファンらしき人のコメントが幾つも見つかって、でもその人たちは俺を責めていなくて、だから配信を終えてからも、俺は独りで泣き続けた。

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