第13話 祝勝会(上)
キラからの突然の呼び出しに何の意図があるのか掴みかねたが、他にすることもなかったので、待ち合わせ場所に指定されていた《YDD》内の料理店に向かう。
囚われていた《WHO》はともかく、《YDD》内ではあまり食事をしてこなかったが、どこの世界にもVR料理マニアは存在するらしく、このゲーム内の食事処の情報をまとめたデータを頒布・販売している人たちのことを聞いたことがある。
店に入ると、《YDD》内のスタンダードな店とはレイアウトが異なっていることに気付いた。
通常、この手の店はもっと多くの席があるはずなのだが、中央に大きなテーブルが数台置かれているだけで、椅子がほとんどなかった。
存在感を放つ中央の巨大なテーブル上には、これまた見たことが無いほど多くの料理が所狭しと並んでいた。
店に入った俺に対して、先客たちから視線が注がれる。
人垣の中から、見慣れた金と黒の髪の女性が手に二つのドリンクを持って現れた。
「ミラ、ようやく来たわね。今日はここを貸し切って打ち上げよ! もう始めちゃったけど」
「打ち上げ? 世界大会の?」
思わず肩を竦めた俺に、怒りながらドリンクを押し付けて来た。
「当たり前じゃない! それ以外に何があるの? そもそも事前に告知していたはずだし……」
そう言えばそんなことを聞いた覚えがあるような無いような。
告知がかなり前だったのですっかり忘れてしまっていた。
周りを見ると、確かに俺が所属しているチームの人たちと、チームの関係者っぽい人たちのアバターが立っていた。まあ、ソロ部門の人以外とは殆ど接したことがないのだが。
「ランマルは呼んだ方が良いのか?」
「えっ……うーん、一応うちのチームの打ち上げだからやめておいた方が無難かな。VRで打ち上げした後、リアルでも知り合いな人たち同士はリアルでも打ち上げするみたいだし、ランマルさんとはその時に勝利の喜びを分かち合えば良いと思う」
「なるほど。それもそうだな。リアルだとランマルに会うことは難しいが……まあ、あいつは大会運営からのギャラで勝手に打ち上げしているだろ」
「あ、リアルの住所を知らないパターン? ところで、ミラって東京に住んでいるのよね? パパが何度か会いに行ったことがあるって言っていたし。それなら……」
一旦言葉を区切ったキラは、周囲をせわしなく確認した後、声をひそめて囁きかけてきた。
「ミラってこの後時間ある? リアルでも打ち上げをやるからあなたも来なさい。これよりも豪華な料理を奢るから、ね?」
今並んでいる料理もかなり高い(あくまで《YDD》内の相場で高いという話)と思われるが、これよりも豪華なものを出すと明言する辺り、流石に社長令嬢だけはある。
高級料理を食べる機会なんてほとんどない俺からすれば確かに魅力的な誘いなのだが、恐らく行けないだろう。
それも、あまり他人に言いふらせるような理由じゃない。俺も周囲の様子を窺ってから返事をする。
「申し訳ないが、今住んでいる場所の門限が厳しいというか、保護者の許可が下りないと思われるので行くことは出来ない」
意外だったのか、数秒間動きを止めていたキラが恐る恐る言葉を返して来た。
「えっ、ミラのおうちってそんなに厳しいところなの?」
厳しいだろうな、拘置所だぞ。……とは口が裂けても言えないので代わりに頷く。
「で、でもそんなに遅くはならないし、記念なのだから説得出来るんじゃないの? 交通費も出してあげるから、保護者の目を盗んで来なさいよ」
保護者の目、と聞いて部屋に備え付けられた各種センサーや、外への通路に大量に設置されてある監視カメラなどを思い起こす。うーん、無理。
ただし、これも正直に言えるわけがないため、ゆるゆると何度か首を横に振る。
業を煮やしたのか、キラの声のボリュームが大きくなった。
「世界大会ではあれだけの活躍が出来るのに、リアルでは意気地なしなのね! そもそも、保護者が必要な年齢じゃあるまいし……! ミラも十八歳以上の成人でしょ?」
ん? 何か勘違いされている気がする。
小さく溜め息をついて相手の勘違いを訂正する。年齢のヒントぐらいは言っても大丈夫か。
「残念ながら俺は十八じゃないぞ。未成年だ」
「嘘でしょ? じゃあ十八歳の私や、大学中退したハッシュは、未成年のあなたのことを先生扱いしていたって言うの?」
俺が頷いていると、人垣から言動の軽薄さを体現したかのような薄い紫色の髪をした男が出て来た。
ハッシュは俺を見るなり、
「あれ、誰か、自分のこと呼びました? ……っと、先生じゃないっすか。世界大会、マジ感動しましたよ」
と言いながら何故か握手してきた。
「自分の名前が聞こえたんで来てみたんすけど、何か有ったんすか?」
キラが頭を抱えながら説明する。
「へぇ~、うちの講師って高卒じゃなくてもなれるんすね。ま、あの実力なら当然っすよ。でも、確か《WHO経験者》に囚われていた若い学生たちって、国が補助として作った学校に通っているものだと思っていたんすけど、ミラ先生は行ってないんすか?」
おお、まさかハッシュがあの施設について知っているとは思っていなかった。
彼の言う通り、国はそういう学校を作ったらしいし、普通の病院に入院していた頃に小春さんたちからその話を聞かされていた。
しかしながら、俺が入学を拒否し、警察たちも何故か止めなかったので通わなくてもよくなったわけである。
第一、俺の素性が他の《WHO経験者》に知られたら、高確率でイジメどころの騒ぎじゃなくなるだろう。
「あぁ、別にアレは強制じゃないみたいだったからな」
ハッシュは何度か頷き、
「先生の選択は正解だったと思いますよ。この業界は長く続けることが難しいですからね、若さは重要っす」
「私が若くないみたいに言うのはやめなさい。それに、ハッシュもまだ若いでしょうに……。というか、若さが重要だからこそ、引退後も見据えてある程度の学歴を持っておくべきだと思うけど」
「それはそうなんすよね。自分も一応大学に籍置いてるわけですし?」
「ロクに授業出てないくせに偉そうに……!」
尚も言い争っている二人を眺めていると、誰かから肩を叩かれた。
振り返ると、見覚えのある赤髪のアバターが立っていた。ヴォルフである。
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