第14話 祝勝会(下)
ヴォルフはうちのチーム内で最も良い成績を残したため本日の主役とも言える。
交友関係も広そうなので俺が店に入った頃には人だかりに囲まれていたが、こっちに来たということは、その辺のやり取りにひと段落ついたのだろう。
「よう。お前の生徒は騒がしいな」
「生徒だと思ったことはほとんどない。同じプレイヤーだよ」
意外そうな表情を浮かべたが、すぐに表情を戻した。
「俺もそういう話をしようと思っているわけじゃなかった。そう、本題は世界大会の件だ。お前の戦闘スタイルにあんな名前が付いているとは驚きだ。……ネトゲではあまりお目に掛かりたくない単語だから猶更、な」
恐らく、「大縄跳び」のことを指しているのだろう。
ネトゲで大縄跳びと言えば基本的にマイナスイメージしかないプレイヤーの方が多いはずだ。
大縄跳びは誰か一人でも躓けば失敗する競技だ。跳ぶ人数や跳ばなければならない回数が増えれば増えるほど難易度が高まっていく。
ネトゲ界隈では、規定通りの動きをしなければ即死してパーティーが壊滅するようなギミックが多分に含まれるえげつない難易度のクエストを指すことが多い。
攻略法が見つかるまでは多くの人々が手探りで挑む。
しかし、一度攻略法が確定すると、攻略wikiや上級プレイヤーが作った攻略用の記事・攻略動画などで予習して臨まなければ、失敗した人が烈火のごとく怒られるようになるのである。
「でも、世界大会で俺がやったのは大縄跳びじゃなくて、ただの縄跳びだ。縄の長さがあの時とは違う」
「おいおい、アレが更に長くなるなんて笑えない冗談だ。それと、お前も十分強いが、あのランマルというプレイヤーも強いな。《YDD》でラグを感じたのは初めてだ」
「アレがあいつの隠してたスキルだ。慣れるとランマルのラグに乗っかれるようになるから便利だぞ」
「以前、『昔のギルドの方が強いから俺たちとはチーム戦をしない』とか言っていただろ? 俺に弓矢を当てた時の連携や、最小限の言葉で意思疎通を図る姿を見て、その言葉の意味がようやく分かった。チーム戦部門でも、あれほどの連携を見せたチームはそうそうなかっただろうよ」
その辺のチームよりも仲間と一緒に戦う時間が断然長かったので、連携のクオリティの高さに差が生まれても仕方ない。
「そうか。……そうだ、すっかり言い忘れていたが、世界大会ソロ部門四位入賞おめでとう」
「表彰台に上がれないし、賞金も上の三人に比べれば少ないから、おめでとうと言われると微妙な気持ちになってしまうが……前回大会よりは成長出来た。素直に受け止めよう」
そう言ったヴォルフがグラスを胸元まで掲げた。身長差があるので、俺は自分の顔ぐらいのところまでグラスを持ち上げる。
二つのグラスが触れ合って、チンと小さく音を奏でた。
規定時間まで、仮想の飲食を楽しみながら様々な人と話をする。規定の時間になると、お開きとなって退出する人々が増えて来た。
「おっと、俺もそろそろ夕食の時間だからログアウトさせてもらおうかな」
「じゃあな、ミラ。次こそ勝つ。待っていろ」
そう言ってヴォルフの方が先にログアウトしてしまった。
「先生、明日から配信業も始めるんすよね? 分かんないことがあったらドンドン聞いてくださいよ!」
「あぁ、頼りにしている」
ハッシュまで先にログアウトした。
俺が先に退出する予定だったのに、結果的に皆の方が早いのは解せぬ。
首を捻りながらウィンドウを操作し始めると、キラが遠慮がちに聞いて来た。
「本当に、この後のリアル打ち上げには来れないの?」
「これから夕食なんだよ。今住んでいる場所は色々と厳しい場所だからな、申し訳ない」
すっかり人が少なくなった部屋で、キラは露骨に溜め息をついた。
「はぁ……。よく知らないお偉いさん方と食事するのは堅苦しいから好きじゃないんだけど、しょうがないなぁ」
「おい、俺をそんな場所に引きずり込もうとしていたのか。そういう場所に行ったことがないから社会的に死ぬところだった……。まあ、何で俺が行けないのかはお前の親父さんに聞けば教えてくれるかもしれんぞ。じゃあな」
「ん。バイバイ」
夕食時、俺より先に食べ終えた小春さんが話しかけて来た。
普段から俺より早いが、今日は俺がVR内で割と満腹になりかけてペースが落ちていたため、いつもより俺とのスピード差が出ていた。
「未来くんやっぱり強いのね。世界大会を勝ち上がった猛者たちを全然寄せ付けていなかったもの」
「別に。あいつらが昔の俺たちの事を知らなかったから一方的な試合運びになっただけで、《WHO経験者》が相手なら多少苦労することもあったと思うし、ヴィクターたちと再び戦う機会があればもっと互角の展開に持ち込まれるかもしれない。それだけだ」
「ふーん」
小春さんがあまり興味無さそうに相槌を打ってから、今までとは打って変わって、声をひそめて別の話題を振って来た。
「それよりも未来くん、自分のことをネットとかで調べた?」
「いや、調べてないな。わざわざやるほど興味ないし、エゴサするなと色んな人から言われているからね」
「うん。それでいいの。結構厳しいことを書いている人もいるし、デマみたいなことまで書かれているみたい。《WHO》のデータ解析って規格外の暗号で守られているから、全然進まないのよね。だから、私たち警察ですら《WHO》内部で何が起こっていたのか、聞き取り調査で得られた範囲でしか知らないのに……噂ばかりが広まっていく」
悔しそうに呟いた小春さんに質問する。
「デマねぇ……逆に興味が湧いて来るな。一つぐらい教えてくれないか?」
小春さんはかなり動揺した表情を浮かべ、数秒考えた後、
「一つだけ教えるから、絶対に自分では調べちゃダメよ」
と答えた。軽く頷くと、スマホを弄って一つのエピソードを紹介してくれた。
「その……一番デマっぽいものを選んでみたけど、ミラがゲームマスターのAIに三度捕まって、三回とも刑期が終わるより早く出て来た、って話はどう?」
久々にその話を聞いて笑ってしまった。
「あっはは。そいつは確かに事実と異なるな。俺じゃなくて別のプレイヤーの逸話だ」
「そんなプレイヤーもいたのね……」
呆れた様子で呟く小春さんに、正しい情報を教えておく。
「名前をスワローテイルと言う。俺やランマルと同じギルドに所属していた人さ。んで、その三回目には俺とランマルとグレイスというプレイヤーも一緒に牢屋にぶち込まれていたから、俺たちも確かに脱走したことになる。それで俺のエピソードみたいになっちゃったのかな?」
小春さんが苦笑いを浮かべる。
「一回は脱獄したのね……。言うまでもないことだと思うけど、ここからは脱走しないでね」
「脱走してもメリットがないからね。……この程度のデマで溢れているのなら、一安心だな。好き勝手書き散らされているだけだと思えば、大したことじゃない。明日からの配信業も気楽にやれそうだ」
「絶対にアンチの言葉を鵜呑みにしないようにしてね。逆に、不要に煽るような言動もしないこと。いい? 警察を含め色んな人たちが、一部の《WHO経験者》に関する誹謗中傷に似た書き込みに対して、客観的証拠がないから慎むように、と数ヶ月に渡って注意喚起して鎮静化を図ってきた結果が今の状態よ。それだけは覚えておいて」
夕食前の打ち上げや、世界大会運営スタッフの努力などを思い出すと、俺が多くの人々に支えられていることが実感出来た。
彼らの努力を無駄にさせないためにも、俺自身の保身のためにも最大限の配慮をしていかなければならない。
決意を新たにしながらご飯を食べていると、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている小春さんと目が合った。
「それに私は、未来くんが、ネットに書かれているような悪事を働いたような人だなんて思えなくなったから……。証拠が無い時は、推定無罪の原則っていうものが適応されるの。出会ってすぐの時は未来くんのことを疑っていたこともあるけど、数ヶ月一緒に暮らしていたら、同年代の男の子とあまり差がないことや、未来くんが残酷なことに手を染めるような人間じゃないってことが分かってきたから。だから、私は未来くんが善良な人だと信じているよ」
自分の箸の動きが止まりかけた事に気付いて、意識的に動きを再開させる。
小春さんの微笑みに対して俺も含み笑いで応えながら、やはり真実は当事者たちにしか分からないのだと再確認した。
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