第11話 エキシビションマッチ 《神の見えざる手》
俺がケビンの体力を削っている頃、ランマルも戦闘を開始していた。
どうしても数秒はケビンに付きっ切りにならざるを得ない俺を庇うため、三人を相手にすることになる。
しかしながら、相手はソロ部門の選手たちであり、先ほどまで敵同士だったのだから即席の連携が生まれることはなかった。
故に、三人が同時にランマルの負担とならずに済んだわけである。
データを重視する慎重派のヴォルフが様子見している間に、スージーとヴィクターがランマルに接近する。
《WHO》時代のランマルを知らない人なら誰もが絶対に当たると思った攻撃は、しかしランマルのすぐ傍を通り抜けていた。
しかもその時に、二〇三〇年代に入ってからは殆どお目に掛からなかった現象が起きていたのである。
「い、今のは一体何だったのでしょうか……」
実況の人の混乱した言葉が聞こえて来る。ケビンが光りの粒子となっていく中、コメントをチラ見すると、
〈あ? 今ラグった? それとも、俺の《ヴァーチャル・アーク》がおかしくなったのか?〉
〈おいおい、高い金払ってラグらないような回線にしているはずなのによぉ。それに《YDD》は軽くてサクサク動くのがウリじゃなかったのか?〉
という困惑した人々の書き込みや、
〈懐かし過ぎる。てか、《神の見えざる手》は何度見てもエグいよな〉
〈警告:お使いのデバイスは正常です〉
等のような、事情を知っている人たちの書き込みが流れていた。
予想通りの反応に思わず笑みがこぼれてしまう。
意図的に生み出されたラグ、これこそが、《WHO》最強の異名の功労者、《神の見えざる手》である。
ようやく戦線に合流し、わずかに隙を見せていたヴィクターに斬りかかる。
攻撃が当たる寸前、背後に気配が生じた。
恐らく、これまで機会を伺っていたヴォルフだろう。
忍者という職業に許された恐るべきスピードで背後まで忍び寄ってきたわけである。
だがまあ、相手は職業的に短刀しか使えない。
気配さえわかれば、この体勢からでも……。
ヴィクターへの攻撃を継続しつつ、背後の攻撃を左肘でいなす。
「チッ、勘だとしても気味が悪いな!」
「ミラ選手、ヴィクター選手にダメージを与えつつも、ヴォルフ選手の攻撃まで防いだ! 背中に目が付いているのか?」
体力を三割ほど減らしたヴィクターを優先的に狙うことにする。
だが、相手はハルバードを弓に持ち替えて、遠距離戦を行う気満々だった。
「ヴォルフ、どうにか引き付けろ」
「アンタに言われなくてもそのつもりだがね」
手数と素早さはヴォルフの方が有利だ。
合間合間に攻撃を試みるが、その度にヴィクターの弓矢が飛んでくる。しかも、ヴィクターは俺だけでなくランマルの方にも射撃を行っているらしい。《阿修羅》の猛攻を受けているランマルから苦情が寄せられる。
「ミラ、アンタはまだ余裕で処理できるかもしれへんけど、こっちはもう手一杯や。はよそっち片付けてな」
頷きながら、ランマルに向けて人差し指を立てる。
一度だけ協力しろ、というメッセージだ。
これでも伝わるだろう。
「のんびり会話している場合か?」
「こっちのセリフだぞ、ヴォルフ先輩」
何度も攻撃を捌くうちに、ヴォルフが忌々しそうに呟いた。
「よくもまあここまで耐え凌ぐもんだ」
「ヴィクターの支援がなければもっと早く決着がついていたと思うんだけどな」
「んだと? ……いや、勝てれば誰の手を借りても同じか」
忍者装束を着ていない時のゴツイ外見とは裏腹に、かなり冷静だ。
だが、いい加減どこかで勝負に出なければならないという意思は生じたのだろう。
露骨に隙を作った。
お膳立てされたのだから乗っかる。
当然、大きすぎる隙は他のプレイヤーも認知できるわけで、ヴィクターもタイミングを合わせて攻撃を仕掛けてきた。
矢が迫る中、《神の見えざる手》が発動する。
止まった一瞬のうちに、矢の正確な位置を探る。それさえ分かれば……。
「ここだ!」
身体を捻りながら腰の刀の柄を掴んで動かす。
弾かれた矢がヴォルフに命中する。
「鞘で弓矢の軌道を捻じ曲げやがった……。バケモンか、テメェ」
素早さに極振りされているヴォルフのステータスでは、この矢もかなりのダメージになる。
鈍ったヴォルフに刀を突き立て、走りながらヴィクターの方に方向転換する。
その過程で、盾として追加でもう一発受けてもらった。
「お前ら、後で覚えとけよ……」
ヴォルフのアバターが捨て台詞を残して消えていく。
「おおっと、ここでもう二対二になってしまいました! チャンピオンチームの数的優位は失われてしまいましたねぇ」
「それ以前に、ミラ選手はどうやって背後を確認しているのか気になりますね」
実況の人たちがしみじみと話し合う。
ランマルと《阿修羅》が繰り広げている一進一退の攻防を横目に見つつ、ヴィクターに接近する。
「弓では分が悪いか。なら」
周囲に浮いている武器の中から槍を引き抜いた。そのまま地面に刺して、足に力を込める。
これは槍の基本スキル技《ジャンプ》の構えだ。
俺を標的にするのは明らかに悪手。
ならば、距離を取るのか……いや、この距離ならランマルも射程に入る。
そこが奴の狙いか。
ならば阻止しなければならない。
俺も相手に合わせて地面に刀を刺す。
システムのアシストは得られないが、鍛えたステータスにものを言わせれば、ある程度は飛べる。
それも、《ジャンプ》が発動するより早く。
飛び上がったヴィクターの頭を押さえるように刀が振り下ろされる。
「まさかそんな技術まで持っていたとはな……!」
空中でダメージを受けたヴィクターは、予定していたであろう地点とは別の場所に着地した。
三人が立っている混戦地帯を目掛けて走り出す。
「ミラ、バトンタッチせえへん? やっぱ六本も相手するんダルいわ」
「そういえば、この《阿修羅》には目が四つあるとかないとかいう話はどうだった?」
「ウチが何か言うより、打ち合った方が早いやろ」
「そうだな」
六本の柳葉刀を構える女性に向き合いながら、試合前にランマルと話していたことを思い返した。
「ミラ、漢字ぐらいさすがに分かるよな?」
決勝戦を見ている時に、唐突にこんな質問をされた。
あまりにも脈絡が無さ過ぎたので、どの「かんじ」なのか掴み損ねた。曖昧な返事で濁しておく。
「え、ああ、そりゃぁ……」
「じゃあ、漢字を作った人、と言われている人物は?」
「それは小学校で習うのか? つーか、今の試合と何か関係あるのか?」
「あー、小学校では習わんかも。この試合に出ているプレイヤーとちょっと関係がありそうだから聞いてみただけ」
ヴィクターとカン・ジエのどちらかに関係がありそう? ……あ、響きが似ているプレイヤーがいたわ。
「そいつは六本の剣を使うのか?」
「使わへん。そこは異名通り《阿修羅》の領域や。てか、あの腕全部操作してるんかいな」
「俺の見立てだと、おそらく全部動かしてるはずだ」
「おー、こわ。……ま、とにかく、カン・ジエと呼ばれる伝説上の人物は、目が四つあるって話があんねん。色んなもんをしっかりと観察して漢字ってのが生まれてるんやから、そら目が四つあっても不思議やないってわけよ」
「つっても、名前はゲーム始める前に付けるもんだろ? たまたまじゃね? 神って名前のプレイヤーがいても、そいつが神みてーな強さを持ってる可能性ってほぼゼロじゃん」
「とにかく、スキルの派手さに気を取られたらアカンよって話。剣が三本でも六本でも、ウチのスキルがあれば簡単には負けへん。でも、目が四つもあれば話は変わってくるかも……ってわけや」
そんな話だ。
ランマルもカン・ジエも、体力を三割ほど減らしている。実力はほぼ同じらしい。
それが剣の多さ故なのか、目の良さ故なのか、見極めなければならない。
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