第6話 地区大会・全国大会
国内大会は地方大会の時点でも大いに盛り上がっていた。
「結構プレイ人口多いんだな、このゲーム」
大会のライブ映像を《YDD》内のバーで眺めながら、赤くツンツンした髪が特徴的なヴォルフに話しかける。全体的に彩度の低い服装に、抑制された店内の照明が合わさって周囲の空間に溶け込むような佇まいだ。忍者的な戦闘スタイルが滲み出ている。
「俺たちは基本的に一部の人間としかプレイしないから、ミラが意外に感じてもしょうがないさ。発売日から数ヶ月は品薄状態が続いてな、あの頃はお祭り騒ぎだった。そもそも、ハードの《ヴァーチャル・アーク》が品薄だったからな……」
懐かしそうに目を細めてヴォルフが語っているものの、このゲームの発売日は、今から一年以上前だから、その頃《WHO》内を駆け回っていた俺には全然想像できない。
「あの頃は転売屋どもと熾烈な争いが起きて……まあいいや」
今見ている試合は、千葉会場の大会だ。
県大会、地区大会が行われ、その後ようやく全国大会が開催され、全国大会の上位者が世界大会に進むようになっている。だから、俺がエキシビションマッチに呼ばれている世界大会はまだまだ先だ。
具体的に言えば、今が2035年の11月であり、12月末までには地区大会まで終わり、2036年の1月に全国大会、2月に世界大会というスケジュールになっている。
大会のエントリー期間の問題で、俺たち《WHO経験者》はこの大会に参加できないが、ゲーム内で開催されている小規模な個人主催の大会では何度か《WHO経験者》の姿を見たことがある。この前ハッシュが言っていた《ダブルウエポン》が確認されたのも、その類の試合だ。
アイツも《YDD》のプロプレイヤーを半ば一方的に倒していたような気がする。
「おっ、次がキラの試合だな」
ヴォルフの言葉が聞こえて、バーに設置されているモニターに意識を戻す。
ゲームの発展とともに、様々なジャンルのeスポーツが開かれるようになっている中、《YDD》の大会は何を競うのか。
一番簡単なルールは、今見ている試合のように一対一で戦うデュエルだ。
他のルールではチーム戦や、指定されたモンスターの討伐に掛かった時間でタイムアタックを行うようなものもあるが、やはり人気なのは一対一。
ルールの単純さに加え、レベルによるステータス差や、課金による装備差を出来るだけ極端にせず、初心者に対して敷居を下げるという《YDD》の運営思想が幸いして、プレイ人口が増え、世界大会も開催出来るような人気タイトルになったわけである。
そういう蘊蓄話を断片的にヴォルフから聞かされながら、キラの試合を観戦する。
「今日は余裕そうだな」
「仮にもプロだぞ……県大会レベルでも負けそうな奴をメンバーに加えてイメージダウンさせてしまうほど上の人たちも馬鹿じゃないってわけだ」
流石にプロだけあって、他のプレイヤーを寄せ付けていない。この前の警察との訓練の時のような危うさも無かった。あの時とはアバターの性能が全然違うので、当然と言えば当然なのかもしれないが。
このゲームは誰でも気軽に参加出来るが、普段から訓練しているプレイヤーと、それ以外のプレイヤーでは流石に力量差が見られる。実力と運を兼ね備えた者たちしか全国大会や世界大会に出場することは出来ない。
だから、これから先の大会に出て来るような猛者たちの動きに期待したいが……まだまだ《WHO経験者》の方が動きにキレがあるように見える。
「このギルドって、チーム戦とかもするのか?」
「そりゃ、チーム戦専門の選手もいるっちゃいる。その中で、俺たちは一対一に専念することになっているだけだ。ルールが変われば選手に求められる技術も変わって来るからな。……もしかして、ミラはチーム戦希望だったのか?」
「いや、そもそも組む相手もいないし。俺たちは一応同じギルドに所属しているけど、それでも俺はキラやヴォルフと同じチームで戦うようなことはしたくないな」
ヴォルフが無言でグラスをテーブルに置く。普段かなり温厚に見えるヴォルフも今は少し怒っているように見えた。怒りを抑えてもらうためにゆっくりと事情を話す。
「君たちの実力を疑っているわけじゃない。ただ、昔組んでいたギルドのチームと比べると、絶対に劣るという確信があるからやりたくないだけだ。もうあのメンバーと共に戦うことが出来ないことは残念だよ」
溜め息をついたヴォルフは、
「そうか。俺も、お前がそこまで言い切るチームを見られないことが残念だ」
とだけ呟いた。
リアルでのリハビリが進むとともに月日も流れ、《YDD》の地区大会や全国大会も終わった。
全国大会まで行くと、俺が所属しているチームのプロゲーマーや、競合他社のプロゲーマー等、参加者の九割ぐらいがプロゲーマーだった。
ハッシュのようなネタ系配信がメインの人の多くは、地区大会辺りで脱落しているようだった。
熾烈な競争の果てにヴォルフが世界大会の出場権を得ていたことに感心する。ただし、世界大会への出場権を得られる全国大会のベスト四の中に、キラの名前は無かった。その一歩手前で敗れている。
「悔しいよぉ……悔しい……」
俺たちが観戦している部屋に戻って来た直後、キラは跪いて泣き始めた。
外見に似合わず面倒見の良いヴォルフがキラの背中を撫でる。
「そうだな。その悔しさをバネにして、また頑張るしかないさ」
「あと一歩、あと一撃……足りなかった……!」
泣き続けるキラのもとに、チーム戦に出場していた同じスポンサー系列のプレイヤーたちも集まって色々声を掛け始めた。
それを一瞥して、さっきの試合を振り返る。先ほどのキラの発言に違和感を覚えたからだ。
試合の終盤、追い込まれたキラが一転攻勢を始めて相手を押し切ってから、更なる追撃を仕掛けるシーンを何度か確認する。
押し切られた相手は、意図的に距離を取った。だから、キラが追撃を当てるまでには三歩必要だった。その一歩目を踏み出した時には、既に相手の迎撃準備が完了しており、返り討ちにされて決着。
ならば、足りなかったのは一歩じゃない。三歩である。
それに、運良く一撃当てていても、恐らく相手の体力はギリギリで残っていたはずだ。
だからこそ相手は防御を捨てて、キラの残りの体力を削りに行ったわけである。
「おい、ミラも何か言ってやれ」
ヴォルフに言われて渋々キラの方に近付く。
「キラ、さっきの試合で足りなかったのは、正確に言えば三歩だ。それと、一撃では相手の残りライフを削り切れなかっただろう。二撃入れるなら、もうちょい歩数が増えるかも」
「それ、今言うことか?」
ヴォルフに軽く叩かれる。他の人たちもこちらを睨んできた。
「これ以外の言葉はほとんど皆が先に言っていたから、別に俺も同じことを言う必要はないだろう?」
「そういう考え方もあるかもしれないが、労いの言葉ぐらい有っても……」
かなり多くの人から圧力を掛けられたので、項垂れているキラに、
「必要か?」
とだけ尋ねる。
「要らないっ!」
俯いたまま何度もキラが叫ぶ。
「要らない! ただの挨拶とか、中途半端な励ましとか、そういうの要らない!」
何か来る、と思って横に飛ぶと、俺が先ほどまで立っていた場所にキラが飛びかかっていた。地面に倒れたキラが涙を浮かべた瞳でこちらを睨んできた。
その姿を見下ろしながら、
「残念。あと一手足りなかったかな」
ぐぬぬ、と唸った直後に再び飛びかかって来たので避ける。
「少し雑になったな」
「うるさい。次は捕まえる」
何度かキラを避けると、流石に気力を失ったのか地面に倒れ伏したまま動かなくなった。
その体勢のまま、
「ミラは……よくやった、とか、次頑張ろう、とか言わないんだね。でもその代わりに、あの時の自分に足りなかったものをいち早く教えてくれた。それってさ、期待してくれているってことなんだよね?」
「少し気になったから考え直してみただけだ」
「気になった、ってどうして?」
どうしてだろう。今問われるまで全然そんなことを気にしたことはなかった。
目を閉じて思考を辿る。
色々考えている間に、《WHO》時代の記憶にまで辿り着いた。
あまりにも――《YDD》よりも現実に近いあの世界で、俺は先ほどのキラみたいな心の底からの後悔を出力した表情を何度も見た。
本物の悔しさを再現するために、本物よりも本物らしく作られた表情を。
そして、そういう表情を浮かべたアバターがいる時は、大抵の場合、ろくでもない光景が広がっているのだと相場が決まっている。誰それがゲームオーバーになった、誰かが死んだ、誰かとの約束を果たせなかった、大切なものを奪われた……そんな具合に。
今までそういうものをあまり気に掛けずに過ごしていたが、どこかでそういうものに対する拒否感があったのかもしれない。あの光景を出来るだけ繰り返したくない、という思いがあったのかもしれない。
「そうだな。後悔を繰り返さないために、すぐに原因を……っと」
せっかく答えている途中だったのに、再び飛び掛かられた。慎重に言葉を選んでいたため、初動が遅れ、左足を捕らえられた。
「今度は、捕まえた」
あまりに眩しい笑顔を浮かべていたので、暗い話を溜め息とともに押し流す。
「……よくやった。不意打ちが上手くなると他のプレイヤーからは滅茶苦茶嫌われるが、かなり勝率が上がるからオススメだぞ」
俺がこういう言葉を言うことが意外だったのか、キラは一拍遅れて反応した。
「ありがと……って、それ経験談なの? 嫌われ系プレイヤーになれ、とか褒め言葉になってないし、絶対なりたくない! その上で私が絶対ミラを倒す! 約束、忘れてないよね?」
「はいはい、引退引退」
「一生無理みたいな顔すんなー!」
キラの悲鳴を聞き流しながら予定表を確認する。
全国大会が終われば、残すところは世界大会のみ。エキシビションマッチに呼ばれている身としては、まだ見ぬ強者たちとの邂逅が待ち遠しく思えた。
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