第5話 講師としての仕事

「何で俺が学校の先生なんてしないといけないんですかね?」

「何で私がミラの生徒って扱いになっているのよ!」


《YDD》に二人のプレイヤーの声が木霊した。

 二人のプレイヤーというのは文字通りで、このゲームは設定によってほぼオフラインに近い環境を作ることが出来る。そういうわけで、自分と自分が承認したプレイヤーだけの世界も簡単に作れる。

 そうすると街が寂しくなると思われるだろうが、プレイヤーが減ってもある程度のNPCが代わりに出現するので、一応の賑わいは保証されている。


 ただし、木霊した声が二つだからと言って、この場には俺とキラしかいないとは言ってない。

 俺たちの木霊に続いて、息を吐く音と、白い煙が空へ吸い込まれていった。


「うーん、この味。ウチはこの一服のためだけにVRゲームをやっていると言っても過言やないで。……それにしても、ミラちゃんに新しいお友達が出来たみたいでうれしいわぁ」


 タバコの煙をくゆらせながら、関西弁の女性アバターが話しかけて来た。

 ショートカットでツーブロックの灰色の髪と、手に持ったタバコ。VR空間内のタバコはほとんど健康を害さず、規制も緩いため、バーチャル愛煙家も多い。


「ねぇミラ、この女の人、誰?」


 本人に答えさせると適当なことしか言わなさそうだったので、キラの質問には俺が答える。


「こいつはランマル。俺の《WHO》時代からの知り合いだ」


 実際の所、ランマルを動かしているプレイヤーは俺の遠い親戚らしく、その縁で《WHO》内の同じギルドに入れさせられたのだが、現実世界のことが絡んでくるような事情まで話す義務も必要もない。リアルで会った記憶もないし。

 逆に、リアルでのプライベートな事柄には極力触れないことがマナーである。


「ふーん。でも、うちの会社には所属していないよね? あなたが講師として私たちに授業をする場に、プロでも何でもない人を呼んでも大丈夫なの?」


 中々鋭いところを突いて来る。


「ああ。ランマルはプロじゃない。プロじゃないけど、俺と一緒に世界大会のエキシビションマッチに出場することになっている。何でプロじゃないランマルも世界大会に出るのか、って顔しているけど、俺が嘗てランマルと同じギルドに所属していたこともあるが……」


 チラリとランマルの表情を窺って、


「そんなことよりも重要なのは、コイツが《WHO経験者》ってことだ」

「え……?」


 呆然としているキラの背後で、薄い紫髪のヴィジュアル系バンドメンバー的な風貌の男アバターがようやく口を開いた。


「最強? マジっすか? 半端ないっすね~。自分、そういう人から色々教わることが出来るなんて光栄っす! あっ、ハッシュって名前なんで、気軽にそう呼んでください! ミラ先生、ランマル先生、これから宜しくお願いします!」


 かなりノリが軽い人だった。恐らく年上の人に先生と呼ばれると、何だか落ち着かない。


「ウチはあんたらの先生ちゃうで。にしても、ミラが先生かぁ……笑えるなぁ。ま、最強言うても、ウチより強いお二方が先に逝ってしもうただけや。あんまり期待せんといてな」


 キラだけでなく、ノリが軽いハッシュまで黙ってしまった。流石に二人死んだ話を初っ端から聞かされたら黙るのも無理はない。


「そうは言っても、あのスキル化け物だし、普通に戦ったらランマルが最強ってことで良くね? 俺の愛刀は何故かロックされてて使えないけど、あのスキルは今も使えるんだろ?」

「《ダブルウエポン》の坊やが戦っている動画を見た後に、こっちでもアレが使えることは確認したけど、世界大会までは隠しておく予定かな」


 ランマルの言葉に出て来たとある単語に反応して、ハッシュが声を上げる。


「もしかして、《ダブルウエポン》のヘイズさんとも知り合いなんですか? ヘイズさんが《WHO》クリアの功労者って話はネットで見ました。自分、ああいうカッコいいプレイヤーに憧れてプロゲーマー養成学校の門を叩いたんすよ」


 6000人を超える《WHO経験者》の中で最も知名度が高いのは《ダブルウエポン》という二つ名を戴く十代の男プレイヤーだ。プレイヤーネームはヘイズ。

 二つの武器を振り回して立ちはだかる敵を悉く倒し尽くした末にラスボスとのタイマンに勝ってゲームクリアを成し遂げた男だ。

 ヤツが完成形と自称する、右手にバスタードソード、左手にハルバードを構えた姿が脳裏に浮かぶ。


 メディアにも取り上げられたことから一気に知名度が上がり、《YDD》でも双剣を振り回すプレイヤーが急増したらしいが、二本で一枠の仕様になっているものを装備するのと、通常は一枠しか装備できない武器を二つ同時に装備する特権的スキルでは天と地ほどの差がある。


 要するに、ヘイズには武器の装備スロットが二枠あり、アイツがやろうと思えば双剣を二つ装備して四本の剣を振り回せるわけだ。やっているところは見たことないが。

 目を輝かせながら夢を語るハッシュの頭が平手で叩かれた。


「アンタが入ったのクリア前でしょ。以前、動画配信者になって一儲けしようかなと思った、とか言っていたじゃない。だからeスポーツコースじゃなくて動画配信者コースなんだし……」


 その情報は初耳だ。それ以前に、ハッシュの名前からして今日初めて知ったのだが。


「俺にはそういうことを教えるスキルは無いぞ。ゲーム実況の類もほとんど見た事ない。なのに何でそこのコースの生徒まで受け持たなければならないんだ……」


 溜め息混じりに呟いた俺に対して、


「プロゲーマーを目指すならネットで自分のことを発信する技術も必要やと思うで。上の人の心配りやろ。講師として教えることもあれば、生徒から教わることもあるってわけ」


 キラが訝しげな視線をランマルに送りながら、


「どうしてランマルさんはプロゲーマーにならないんですか? 実力も、ある程度の常識もありそうだから、かなりの即戦力になれると思いますけど……」


 その質問を豪快に笑い飛ばし、


「最初に言うたやろ? ウチはVRゲームを電子タバコのためだけにやってる、って。それ以外にゲームに対して求めることなんて無い。それに、大学五年も休んでしもうたから、単位も取らなアカンねん。五年休んでも除籍せえへんとか、ホンマ器広いわ、あそこ。ま、VRゲームには色々お世話になったし、今はVR関連の技術者でも目指そうかと考えてる感じやな」


 ハッシュが感心したような声を漏らす。


「大学の授業にほとんど出席してない自分とは大違いの意識の高さっすね」

「こ、これが《WHO》最強のプレイヤー……も、もったいない」


 キラは「タバコのためだけにゲームをするようなプレイヤーがデスゲームで最強だった」という現実を受け入れられないのか、首を何度か横に振っていた。


「最強と呼ばれるのはスキルのおかげや。ウチの運が良かっただけ……あっ、ハッシュくんも運が良ければそういうスキルを貰えるかもね」

「えっ、じゃあ、あの《ダブルウエポン》とかも運次第なんすか?」


 そろそろ教師っぽい話をしろ、と視線を寄越してきたので、俺がランマルの代わりに答える。


「あの手の強力なスキルは、習得条件が隠されていて、ブラックボックスと化しているらしい。しかも、噂によると、最初に条件を満たしたプレイヤーにしか付与されないとか。《YDD》は、《WHO》と類似したデータを母体に、企業の人間とAIによって運営・開発が行われていると聞いたが、そいつらが勝手に新しいスキルを追加していたら、何か手に入るかもしれないぞ」

「じゃあ、ミラ先生にも何かそういうスキルがあるんすか?」


 期待されているようだが、過剰な期待を持たれる前に否定しておかなければならない。


「残念ながら、俺はそういうスキルを持っていない。俺は持っている装備で有名になっただけだ。今は何故かロックされていて使えないけど、データが引き継がれているということは、《YDD》でも使える日がくるかもしれないな」


 期待外れだったのか明らかにテンションを落とすハッシュの隣で、キラが少し安心したような息をついた。


「レアスキルが無くても、ミラちゃん結構強いから侮れへんよ。何て言えばええかな……あの、第六感じみた《VR感》とも言うべき感覚はチートの領域やろ。いつもサラッと流してたけど、ウチもグレイスちゃんも、あのスワローテイルちゃんすら理解出来ないって言うてたし」


 俺とランマルにとっては懐かしい面々の名前だが、キラとハッシュは全く分からないだろう。ハッシュは首を傾げ、キラは露骨にげんなりした表情を見せた。


「あの強さってスキルで補正された結果じゃないの? 信じられないんですけど」


 と小さく呟いている。


「この辺の事情は気にするな。それより、この仕事は何をすればいいんだ? 一応、上からは適当に指導してやってくれ、と言われているのだが……何か希望が有れば聞くぞ?」


 キラは肩を竦めただけだったが、ハッシュは元気よく手を挙げた。


「んじゃあ、今から動画撮ってもいいっすか?」


 ハッシュの視線は、部外者に近いランマルの方に向いていた。

 一度タバコを吸い、


「それは却下。ウチら、ちょっとワケありで《WHO経験者》からの評判が頗る悪うてな、ハッシュくんの評判まで落としかねんから。世界大会の時に、その辺の反応を見てからじゃないと厳しいわ」

「あー、そういうことが完全に頭から抜けてたわ。うちのギルド、嫌われてるからな……申し訳ないけど、適当にレベリングでもするか」


 その後、少し気落ちしている様子のハッシュと、頭上に疑問符を浮かべていそうなキラを連れて、適当にレベリングなどを行った。一応、戦闘の手本を見せたり、戦闘の効率化に必要なことなどのアドバイスも色々言ったりしてみたが、これで授業になっているのだろうか。


 そもそも授業というもの自体が五年ぶりなので全く自信がない。こちとら履歴書上では卒業した扱いになっている中学校の場所さえも知らないような人間だぞ。

 吟遊詩人職に必要な楽器型の武器でゴリゴリ敵を殴っているハッシュの姿を眺めながら、小さく溜め息をついた。


 そういや、世界大会の最後を飾る試合だけに招待されている俺たちと違って、こいつらは予選とかもやらなければならないと聞いていたが、これでどこまで通用するのだろうか。

 早い地域だと、もうすぐ開催されるらしいが……。

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