第4話 デスゲームで100人殺した少年(菊池小春視点)
森本未来(もりもと みらい)くんを保護してから早二週間強。彼の動きを見るため、社会復帰の手助けをするため、新しい訓練方法を取り入れるため等の諸々の理由を込めて、上司に申請していたものがようやく結実した。
一番手を務めたミラは、警察学校の中でもかなりの実力派と目されていた雄斗を危うげもなく倒した。
アレが、家の中での移動にも少し困っている未来くんの真の実力だというのだろうか。それ以前に、あの殺気の籠った視線……現場でもあれほどの恐怖を感じたことは無かったから、私も思わず足が竦んでしまった。
しかも、手足から徐々に封じて安全確実な一殺。多数の《WHO経験者》への聞き取り調査の結果から薄々察していたのだが、明らかに手慣れている……!
ミラは殆ど疲れた様子も見せずにプロゲーマーの二人とハイタッチをしていた。
「お前中々やるじゃねぇか。特に初撃のアレ、どうやって躱したんだ?」
「やり口が本物の殺人犯よりエグそう……」
未来くんは、二人の言葉には敢えて反応せずに、取りあえずハイタッチだけしている。
あの二人は、未来くんのことをどこまで聞かされているのだろうか。いや、あの二人だけじゃない。ここにいる人たちの中で、どれだけの人が《WHO》内の未来くんの話を知っているのだろう。恐らく、ほとんどの人は知らないはずだ。
真の情報を知っている人たちは、《WHO》から生還したプレイヤーたちと、《デスゲーム事件》の捜査に関与していた私や数十人の同僚ぐらいに限られるだろう。ここにいる警察学校の生徒たちは、先輩たちを情報源としなければ、ほとんど何も知ることは出来まい。
初戦が終わったので、プロゲーマーのキラとヴォルフも一対一で試合を行った。
ヴォルフは危うげのない試合運びだったが、キラはギリギリで勝っているという印象だ。普段あまり運動していなさそうな若い女性という点を加味すれば、警察相手に健闘している方とも言える。
流石は対人ゲームのプロゲーマー、と称賛したくもなると同時に、我々の訓練が足りないのではないか、と悔しさも覚える。
未来くんは、同僚のヴォルフと、キラの戦闘についての話をしていた。
「キラは半分コネ枠だからなぁ。……いや、一応光るモノは持っているから侮れないんだけどさ。あ~、早く俺も《YDD》でミラと戦ってみたいぜ」
「コネ枠? 何だそれ?」
「あ、聞いてないのか? キラは、俺たちプロチームに出資してくれている企業の社長令嬢らしいぜ。だからコネで入れてもらっているって噂に繋がるわけよ。まあ、何度も言うけど、プロライセンスの水準から見ても下手なわけじゃないし、たまに良い動きもするんだけど」
私にまで会話の内容が聞こえるのだから、キラにも確実に聞こえているだろう。
「ちょっと! その話をするのはやめてくれない?」
「別に、キラが何枠でも俺たちは気にしてないって。な、ミラ?」
人懐っこく肩に回された腕を少し鬱陶しそうに払いながら、未来くんが小さく答えた。
「あー、だから契約を書き換えられるわけね。ま、俺にとって重要なのは、俺がプロをどれだけ長く続けられるかどうかという一点だけだからな。それに、昨日の戦闘での終盤の動きはレベルが高かった」
「だろ? キラの火事場の馬鹿力は中々馬鹿に出来ないんだよ。つーかお前らもうやり合ったのかよ。俺も誘ってくれって、マジで」
キラは、ふぅと溜め息をついて、
「まあ、それならそういうことにしておいてあげる。今度からは安易にその話題を出さないことね」
大卒で既に社会人二年目に突入している私よりも圧倒的に若そうな三人のやり取りを見て、少し微笑ましく思うものの、今は仕事の時間だから、緩みかけた気持ちを引き締める。
「皆さん。代表者同士の戦闘を見て色々と学ぶことがあったと思います。では、これから規定時間になるまで乱取りにしましょう。出来るだけプロゲーマーの皆さんと戦って、普段は得られないような経験を積極的に積んでみてください」
そう声を掛けると、生徒たちも動き始めた。
血気盛んな生徒ほど、未来くんやヴォルフのような明らかに強い人に挑んでいる様子である。
女性は女性同士キラと戦っている。向こうに女性プロゲーマーがいてくれて良かった。異性と戦うのは、どちらもやりにくいだろう。いずれは経験した方がいいのだが。
それにしても、一回目の試合を見て、士気が下がらなかったことは後で褒めなければならないだろう。いや、彼に関する情報を殆ど知らないから気軽に戦えるのだろうけど。
私も余っている生徒たちと戦う。指導教官という立場があるので、相手が自分より体格に恵まれている男であっても簡単に負けてあげることは出来ない。
数回の戦いを終えて時計を確認すると、ほぼ終了時刻間際だった。
「それじゃあ、次が最後の戦闘ということにします」
全体にアナウンスを終えて、次は誰と戦おうかと見回していると、未来くんと目が合った。
ここに来ても無敗を誇っている未来くんに対して、生徒たちは完全に怖気づいたのか、相手を名乗り出ている人はいない。ヴォルフも無敗なのだが、未来くんほど相手を完封しているわけではないので一応挑戦者がいた。
このままでは彼が完全に孤立してしまう。
こちらは一応依頼者なのだから、相手を無下にするわけにもいかない。
「ミラくん、良ければお相手願えるかな? 私は生徒たちと違って《YDD》でも手合わせ出来るから皆に譲ろうかな、と思っていたけど、ミラくん暇そうにしていたから」
未来くんより先にキラが反応した。
「ちょっとミラ、あの女の人と知り合いなの?」
未来くんがどう答えるのか少し気になったが、かなり淡々としたものだった。
「まあね。だからこういう依頼が来たとも言う」
「ふーん。なるほどねぇ」
あっさり引き下がったキラと入れ替わるように未来くんが歩み出て来る。
最後の乱取りをしろ、と言ったはずなのに、周りの生徒たちは試合をせずにこちらを見守っていた。後で注意をする程度にしておこう。今は目の前の相手に集中したい。
「ミラくんには悪いけど、私にも警察としてのプライドがあるから本気で倒させてもらうよ」
私が警棒を構えても、未来くんは緊張感の欠片もない様子を保っていた。
《WHO》の影響か何かで、第二次性徴を正常に完遂出来ていないようにしか思えない少女のような姿をした少年アバターが穏やかに微笑む。
「だからダメだって、小春さん。俺はね、そういう生ぬるい覚悟の連中にゲーム内の戦闘で後れを取ったことがないの。殺す気で来ないと。……ま、俺は俺を殺す気で来た連中にも後れを取ったことがないんだけど」
普段はリビングでご飯を食べているか、部屋でゲームをしているかの二択みたいな生活を送っている未来くんの、どこからこんな血生臭い話が出て来るのだろう。
いつもの様子とのギャップに思わず困惑する。
「でも……そうは言ったって……」
「まあまあ、そんなに遠慮しないでよ。俺に《WHO》内の出来事の聞き取り調査をしに来た時に、小春さん言ってたでしょ? 《WHO》内で身内の人が死んだからあのゲームを恨んでいる、って。あの時ぐらいの気迫は欲しいかな」
何故、今その話をするのだろう。確かにそうだ。私はあのゲームを恨んでいる。
だから、自ら志願して《デスゲーム事件》の捜査班に加えてもらった。
とは言え、この場でそういう話題をして欲しくは無かった。普通の教育を受けた人たちなら、この場でその話をする必要性も感じないはずだ。やはり、森本未来という人間は《WHO》の中で何か良くない影響を受けて育ったのかもしれない。
だからこそ、この場でそういうものを断ち切った方が良いのかもしれない。どれだけプロとして実力があると自惚れていても、上には上がいて、現実は大抵の場合、ままならないものなのだと教えてあげなければならない。
気付けば、自分の視界が歪んで、足元に何かが滴り落ちる音が聞こえて来た。
どうやら、感情をストレートに読み取って出力するVR空間の特性がいかんなく発揮されて、私は涙を流してしまっていたらしい。
「菊池教官、大丈夫ですか?」
周りの生徒たちが心配の声を掛けてくれた。
「ちょっと試合をする人のメンタルじゃねぇな……お姉さん、休んだら?」
「そうですよ。無理してまでやる必要ないですし」
強面のヴォルフも、基本的に誰に対してもツンツンした態度を取っていたキラも私を心配してくれた。
それなのに、
「いいね。……その涙、悲しみではないだろう? 悔しさとか、怒り、無力感の類だ。そういうのは一度、ここでぶつけてみるといい。なに、命までは取らないし、物理的にも取れないよ」
未来くんは彼らと全く正反対のことを言い始めた。そして、悔しいけど、未来くんの言葉は正鵠を射ていたのだ。
袖で涙を拭い、警棒を構え直し――若干思考した後に投げ捨てた。
最初から拳銃を取り出す。名はM360J《SAKURA》――二十一世紀初頭から使われているモデルのものだ。装弾数はたったの五発。されど、ナイフ一本の武装しかないミラ相手には十分。
これは普段の訓練では絶対に有り得ない光景だが、それでも今はこうするしかない。
こうでもしないと、怒りが収まらない。
「菊池教官……その……良いんですか? 向こうに何か言われたら教官の立場が……」
私のことを慮ってくれる生徒の声を、未来くんが遮った。
「その心配は要らない。ただし、銃を使うのなら、その中に入っている弾全てを避け切ったら俺の勝ち、というルールにしてくれ」
「そう? それじゃあ、そのルールで行きましょう。公平を期すために先に言っておくけど、私が撃てる弾は五発分だけ。……姉さんの無念、晴らせてもらうから」
近くにいた生徒に審判を頼む。そして、戦闘までのカウントダウンが始まった時、心配そうな表情を浮かべている生徒たちとは対照的に、相手のゲーマー集団が一様に余裕そうな表情を浮かべていることに気付いた。
まさか、銃に対して何か対抗策が有るとでも言うの?
試合開始の合図とともに、挨拶代わりに一発お見舞いする。
しかし、その弾丸は簡単に避けられた。先ほどからの余裕そうな表情に気付けていたおかげで、ほとんど動揺することなく、二発目も放つ。これでも射撃には自信がある方だ。
弾丸は大体狙った通りの位置に飛んで行ったが、これも紙一重のところで躱された。
大きく躱された一発目よりも、かなり近くを押さえることが出来ている。さらに、二発目の回避のために、ミラの体勢はかなり崩れていた。
ここで叩き込まなければ、もう当たらない!
引き金を引く直前に、良心が咎める。無垢な少年を一方的に撃っても良いのか、と。
しかし、良心を即座に捻じ伏せる。あいつは……森本未来は自ら「《WHO》で百人のプレイヤーを斬った。この記録は一位タイだ」と語った人間だ。それも、悪びれる様子もなく、むしろ誇らしげに。
私の姉がどういう事情でゲームオーバーになってしまったのかは分からない。姉の死と未来くんが関係ない可能性の方が高いということも理解はしている。けれど、VR空間内でのトレーニング中に、銃で撃った程度では誰からも文句を言われないような人間であることもまた、間違いない。
たとえ現実で、現行法で裁けないのだとしても、この時、この場では私が正義の執行者として裁きを下す!
だから、撃つ。
だが、その弾丸はミラの左腕の下と横腹ギリギリをすり抜けてどこかへ飛んで行ってしまった。あの一瞬の葛藤が無ければ当たっていたかもしれないのに、と思うと悔しさがこみ上げてくる。
このままズルズルと距離を離されれば当たる確率が下がるばかりだ。ならば、残りの二発は近距離で撃つ。ミラを倒すにはこれしかない。
小柄で体力も少ないミラに追いつくことは難しくなかった。だが、なかなか腕を掴ませてはくれない。多少妥協して、このまま撃ってしまった方が良いだろうか。
九割当たるだろう、という場所で引き金を一回引くと、今までに聞いたことのない金属音が響いた。気付けば、目の前にはナイフを振り抜いた未来くんの姿がある。
恐ろしいことに無傷だった。まさか、銃弾をナイフで弾いたとでも言うの?
「あぁ……あなたは、本当に……」
焦りと恐れがない交ぜになり、無意識的に指を動かす。
引き金が完全に引かれる直前に、未来くんがナイフを投げる様子が見え、次の瞬間、ナイフがあらぬ方向へと飛んでいくのが見えた。
ナイフと銃弾がぶつかったのだろう。それ以外の解釈では、ナイフが変な方向へ飛んで行ったことも、未来くんが無傷で立っていることも説明出来ない。
これが、他の《WHO経験者》が口を揃えて恐れる《百人斬り》のミラ。
「しょ、勝負あり!」
審判の判定によって試合終了となった。
「こんなことが起きるなんて……」
座り込んでしまった私の方にゲーマーたちが集まって来る。
「現実でも同じことが出来るかどうかは分からない。でも、ゲーム内ならこの程度は出来るってだけさ」
「そうそう。一直線にしか飛んでこない弾丸なんて多少早くてもカモみたいなもんだ」
「範囲魔法は対抗策が限られるから面倒だけど、銃なんて早い弓矢みたいなもんでしょ? ある程度のプレイヤーなら大体対処出来るよね」
銃弾をナイフで弾いたことについて、何でもないことのように話しているゲーマーたちの話を聞いて、生徒たちもドン引きしていた。
時間もほとんど残っていなかったので、簡単に挨拶を済ませてログアウトする。
あの子はやっぱり拘置所で管理すべき存在なのかもしれない、と改めて思わされた。
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