バ美肉バトラーEITO

元とろろ

急げエイト! 超速の1時間MMバトル!

「ぎゃあー! オレの動画がー!?」


 雷もかくやという絶叫が地下室の防音壁に吸い込まれた。

 声の主は小学生離れした大柄な少年だ。

 同じ部屋にいた二人の少年が彼の背後からPC画面を覗き込んだ。


「ど、どうしたんだよマッスル!?」

「君の動画になにが……これは!?」


 かくして三少年の顔が驚愕に染まる。

 マッスルと呼ばれた少年の名は金剛マスラオ。

 真っ先に声をかけた小柄な少年が伽羅倶利きゃらくりエイト。

 最後の一人、冷静沈着な不動イチイさえもが冷や汗をかいている。

 果たしてマッスルが見た物とはなにか。

 それを語る前にまずは彼ら自身について説明をせねばなるまい。


 そもそも三人は同じ小学校、同じ学年の気の置けない友人同士であり、バ美肉バトラーしては良きライバルでもあった。

 いや、バ美肉バトルこそが単なるクラスメイトに過ぎなかった彼らの間に友情を育んだ最大の要因であったろう。

 この日も三人が集まったのは動画編集の為である。

 金剛家の大きな邸宅にはかつてマッスルの兄、タケオが楽器練習に使用していた地下室があった。現在はそのタケオ兄さんの好意で大きな編集ブースと個室の収録ブースに改装して彼らが使っているのである。

 互いの動画制作には口出しをしないものの、完成した動画についてはそれぞれ可愛いと励まし合い、また時にはコラボ配信などの取り組みを行うこともあった。

 そのように日頃から助け合い様々な苦難を乗り越えてきた彼らに新たな危機が迫っていたのである。


「そんな! マッスルの『バーチャルアルミ球で色々やってみた』シリーズがランキング圏外に……!」


 そう、かつてはバズりにバスり一世を風靡したバーチャルアルミ球、今は過疎ジャンルとなったその分野において三人は新規参入しジャンル内ランキングに食い込んでいたのだ。昨日まではそのはずであった。

 今画面上に表示されているランキングにマッスルの動画は一つたりとも存在しない。

 エイトの動画もランキング内底辺を彷徨っている有様だ。


「それより見てくれ、エイト君、マッスル君。君の動画をランキング外に追いやった新登場の動画は全て一人のバ美肉バトラーによるもの。しかもこれらの大量の動画の投稿日は全て昨日の深夜から現在となっている。この投稿者の名前に僕は全く見覚えがない。とてつもない未知のバ美肉バトラーが現れたんだ」

「なにぃ!?」


 自身はジャンル内最上位をキープしているイチイは冷静に指摘した。

 確かに画面に並ぶ一連の動画サムネイルには彼らが知らない一人のバ美肉バトラーが小さく映っている。


蓮桃れんとうハヤテ……!」


 それが動画タイトルに添えられたバ美肉バトラーの名前だった。

 そのチャンネルに飛べばヘッダーやアイコンに蓮と桃のモチーフを各所に取り入れたピンク髪片メカクレロリ忍者のイラストがはっきりと描かれていた。


「こいつ、今も生放送してやがる!」


 マッスルは反射的にライブ配信画面を開きチャットした。

 チャット欄には高身長金髪狐耳和服美女のアイコンと共にコメントが流れて行った。

 ハヤテの3Dモデルの片目が一瞬横を向き、口元がピクリと動く。


「え、こんこさん来てる? あっ本当だ、こんこさーん! えー『短期間に大量動画作成すごい!』えへへ、ありがとうございます!」


 明らかにハヤテはマッスルのバ美肉体である金剛こんこを認識している。

 ランキングから追い落としたことも把握していると見ていいであろう。

 だがランキングの変動はバ美肉界の常。そして大量の動画投稿という波状攻撃戦術も尋常ならざる動画作成速度という実力によるもの。マッスルが文句をつける筋合いではなく、彼もそれはよく理解している。

 悔しさに顔を歪めながらもこの新人をマッスルが改めて称えようとした、その時である!


『今度はオレとバ美肉バトルだ!』


 チャット欄に投じられたメッセージ!

 そのアイコンは各所に羽をあしらった赤髪片メカクレノースリーブファンタジック和服美少女!

 すなわち倶利伽羅くりからカルラ、伽羅倶利エイトのバ美肉体である!


 はっと振り向いたマッスルの背後にエイトの姿は既にない。

 イチイは閉じられた収録ブースの扉を無言で指さした。


 一方ライブ画面上では大きく見開かれたハヤテの片目に電光エフェクトが走り、その顔は今まで見せずにいた哄笑の表情パターンを現した。


「ハハハハハ! カルラさん、あなたも見ていましたか! あなたとのバ美肉バトルはやぶさかではありません! ですがどうでしょう、ただのバ美肉バトルではなくお互いのバ美肉体データの無償配布を賭けるというのは!」


 バ美肉体データの無償配布!

 恐ろしい提案だ。

 バ美肉体はバ美肉バトラーの分身である。真実の自分であり、理想の自分であり、あるいはそれ以上のものだ。

 自作したデータであればそれは我が子同然であり、親が子を自分以上に想うことは世の習いである。

 仮にママがバ美肉バトラー自身でなかったとしても、それ即ち養子に等しい間柄であり、一心同体に過ごす親子の絆においては出自の差などはないも同然である。

 それはともかくバ美肉体データの無償配布、それ自体は例のないことではない。

 しかしそれはバ美肉バトラー自身の責任と決断によって行われるものであり他人に強制されることがあってはならないのだ。


 そして何よりもエイトには倶利伽羅カルラを他人に渡せない事情がある。

 倶利伽羅カルラは自作データではない。エイトの父、倶利伽羅セブンがエイトのために作り上げたバ美肉体なのである。

 そしてセブンはカルラの完成と共に姿を消した。ただ一言、「悪の手に渡すな」とのメッセージと共に。

 その言葉はエイトに不安と高揚をないまぜにした不思議な予感をもたらした。

 予感は程なく的中した。彼の前にはカルラを奪い去ろうとする闇バ美肉バトラーが次々に姿を現し、数多の激闘が繰り広げられた。

 カルラのデータ内には解析不能のブラックボックス部分があり、敵はそれを求めているのだと察せられたが、エイト自身にもその秘密の正体は未だわかっていないのだ。

 無償配布が行われればセブンが恐れた「悪」も当然ダウンロードするだろう。その結果なにが起こるかは予想がつかない。世界に危機が訪れるなどということもあり得ないとは言い切れないのだ。


 懸念事項はもう一つある。カルラのデータが無償配布された場合、それを自身のバ美肉体として利用するバ美肉バトラーが複数現れることが予想される。

 エイトがそれらの中で埋もれないためにはなんらかの手段で差別化を図る必要があり、最も有効なのは新たな3Dモデルの開発だ。

 だがエイトのモデル作成技術は未だ父に及ばない。今の倶利伽羅カルラ以上の倶利伽羅カルラを作ることはできないのだ。

 無償配布はあまりにもリスクが大きい。

 だがしかし。


『日時と勝負形式は?』


 間髪入れずに倶利伽羅カルラのチャットコメントが流れる。

 伽羅倶利エイトはどんなバ美肉バトルも受けて立つ。

 倶利伽羅カルラならそうするからだ。

 小さな収録ブースの中で、エイトはアイコンのカルラと同じ不敵な笑みを浮かべていた。


「では30分後に! 1時間MMで!」


 ハヤテは狂喜した。

 マッスルとイチイはその獰猛な笑みに寒気立ち、エイトはこの新たな好敵手がほんの少し自分に似ていると感じ期待を寄せた。


 1時間MM。MMとは即ちモデルメイク。1時間のライブ配信の中で新たな配信用モデルを作成し、残り時間はそのモデルを使った任意の内容で配信を続けるという形式のバ美肉バトル。

 勝敗は配信開始から1時間丁度の時点での「高く評価」の数で決まる。コメントや低評価についてはプラスにもマイナスにも考えない。


 エイトは既に3Dモデル作成ソフトを立ち上げ配信準備を進めている。

 マッスルとイチイは各々のPCでライブ待機画面を睨んでいた。評価自体は公正に行うつもりでいるが、二人が別々に高評価すればそれで二票となる。

 画面に映るのは二つのウインドウ。カルラとハヤテ、それぞれの静止画が表示され、左下に被るように「あと1分後にライブ配信」、「リマインダーを設置」といった文字が浮かぶ。二窓と呼ばれる視聴法であった。

 1分後の文字は59秒後に変わり、カウントダウンの数字は刻々と減る。

 マッスルの握った拳がぎりりと鳴った。

 イチイの眉間に皺が寄る。動画タイトルの下、待機中の人数の差を彼は見逃さなかった。

 ハヤテは先程までライブ配信を行っていた。その視聴者たち、心情としてはハヤテ寄りの視聴者たちがそのまま居残っているのだ。

 カルラもSNSでバ美肉バトルの告知をしたがあまりにも急すぎる。

 どれだけのチャンネル登録者やフォロワーが集まるかは未知数だ。


 そして約束の刻限が来た。


 静止画の待機画面がお馴染みのデモ画面に切り替わり、カウントダウンは「倶利伽羅カルラを待っています」、「蓮桃ハヤテを待っています」の表示に変わり、その画面すらも一瞬の内に切り替わった!


「映ってる? 映ってるね? よぉみんな! オレは熱血バ美肉バトラー倶利伽羅カルラだ! 今日もメラメラ熱く行こうぜ! ということでね、急な配信だけど集まってくれてありがとう! 今日は蓮桃ハヤテちゃんとのバ美肉バトル、形式は1時間MM! なんでまず雑談しながらモデルを作って、その後は流れでなんかやる! いつも見てる人も初めての人もあったらコメントしてくれ!」


 淀みのない挨拶から流れるような動画趣旨説明! その間にもカルラの画面上では3Dモデルが変化していく。

 使用ソフトは「V人体錬成」。短時間でバ美肉体を作り出すことが可能なアバター作成に特化したソフトだ。

 ゼロからのモデリングではなく予め用意された何通りかの体型、服装、髪型、顔付きを組み合わせて素体とし、それに対して各種パラメータ設定や部分加工を施すことで独自のバ美肉体とすることができる。

 1時間MMにおいては常套手段であり両者が同じソフトを使用するのは必然であった。


 そしてハヤテもまたカルラに劣らぬ手際で配信を進めていく。

 二人はそれぞれの素体の身長や肩幅をいじり、衣装を試し、表情の基本セットを設定した。流れるコメントを拾い、雑談をしながらだ。

 双方とも大まかな形は定まった。

 共にバ美肉体としてはオーソドックスな10代半ばのイメージの美少女体型。ひらひらして可愛いが袖など削れる部分は削った服。そして髪型は片メカクレ!

 奇しくも同じ系統のバ美肉体である!


「なあイチイ、なんでどっちも片メカクレなんだ? なにもない所から作るなら片目や片耳を隠すことで左右のパーツ配置バランス調整が楽になるんだろうが素体を使うV人体錬成じゃ手間は変わらないだろ?」

「視聴者を意識しているんじゃないかな。二人とも日頃から使っているバ美肉体が片メカクレなんだ。このバ美肉バトルを見ているファンの多くが片メカクレを好むと考えてもいいはずだ」


 マッスルに問われたイチイは額に手を当てながら応じた。


「いや、それだけではないのか。これはもっと根本的な――」

「あっ顔のパーツはかなり雰囲気が違うぜ!」

「これは……ギザ歯三白眼か!」


 その通り、ここにきて二人のバ美肉体に大きな差異が産まれた。

 カルラの配信画面で造形されるバ美肉体には今や逆三角形の半目三白眼とややだらしなく開いた口から除くのこぎり状のギザ歯が備わっていた。

 青みがかった黒髪には緩やかなウェーブがかかりさながら墨の川が流れるようであった。

 紫の小さな瞳には横長のハイライトがぎらついて攻撃的な印象を生み出していた。

 対するハヤテは。


「やはり速いな」


 イチイが感嘆の呟きを漏らす。

 ハヤテの作るバ美肉体の髪型は丸みを帯びた銀のショートカット。

 円形のフォルムで形作られた大きな青い瞳の中には同心円状のラインが引かれている。

 わずかに上がった口角がアルカイックスマイルを生み出していた。

 そしてハヤテは既に服装の調整に取り掛かっている。

 白を基調とした基本衣装にメタリックな縁取りや蛍光ブルーのポイントを加えている。加工はわずかながら簡素なシルエットがかえって未来的な印象を与えていた。


「ハヤテはカルラの画面をよく見ている。カルラは元々の活発なイメージからの派生で攻撃的な印象の見た目にして元々のファンの支持を確保した。ハヤテはその逆を突くことで支持者の取り合いを避けたんだ。加えて言えばハヤテのバ美肉体は多少冷たい印象があるがそこまで極端なものでもない。むしろ視聴者が自分のイメージを投影しやすいニュートラルな造形だ。明確な好みのない中間層も自分側に取り込むことを狙っているんだ」

「そうなのか?」


 実際にハヤテの視線は度々横へ向いていた。配信に使っていない第二のモニターでカルラの様子を逐一確認していたのだと思われた。

 そうこう言う内にハヤテのバ美肉体の完成である!

 チャット欄には『可愛い』、『88888』、『これハヤテちゃんの好みだろ』などその出来栄えを称える言葉が流れていく。


「これで今回使用するバ美肉体は完成ということで、ここからはこのバ美肉体で配信を続けていきます」


 宣言通りハヤテの画面ではV人体錬成が閉じられ準備中の大きな文字が書かれた画面が表示される。その画面も速やかに切り替わった。

 背景は先程のライブで使用していたものと変わらないが画面中央で微笑むバ美肉体は完成したばかりのそれである。


「内容はいつも通りバーチャルアルミ球技です」


 新生ハヤテは心なしか常より落ち着いた口調で喋りながら、どこからともなくバーチャルアルミ球を取り出した。

 その時である!


「そうそう、最初にも言ったんだけど今は蓮桃ハヤテちゃんとバ美肉バトル中だ! よかったら二窓してくれよな!」


 意外なカルラの発言!

 視聴者数は依然としてハヤテ側が上回っている。それをさらに増やすというのか!?

 カルラのチャット欄に流れる『カルラ君がそう言うなら』などの文字列!

 同時にハヤテの配信の視聴者数が増していく! これでは差が開くばかりだ!

 だが、その時!


『カルラ君が二窓しろっていうから来ました』


 ハヤテのチャット欄にその言葉が流れ、そして!


『二窓か』

『カルラ君もなんかやってるの?』

『しょうがねえな二窓するわ』


 それらのコメントが続くと同時にカルラの配信の視聴者数が増した!

 視聴者が、逆流している!


「なんでだ!? どうしてハヤテのファンがカルラの配信に移っているんだ!?」

「いや、二窓だからね。移っているわけじゃない。考えてみてくれ。ハヤテは昨晩から活動を始めたばかりの新人バ美肉バトラーだ。ハヤテのファンはそもそもがそんな新人をチェックするほどの重度のバ美肉ファンたちなんだよ。彼らは他のバ美肉バトラーに対しても少なからず興味を持っている。ハヤテを推す心は変わらなくても二窓を誘われれば断る理由は特にないんだ! もちろんその誘いをハヤテの配信のチャットで直接呼びかけるわけにはいかないが見ての通り視聴者が知らせてくれた!」

「そうか、カルラはそこまで考えて……!」


 マッスルは友人の力を再認識し眩し気に目を細めた。

 カルラはV人体錬成を閉じて新たなソフトを立ち上げた。その名は「Vアイテムクラフト」。バ美肉体を利用した直観的な操作が売りのバーチャルものづくりソフトだ。


「ここからはこのモデルに合わせる小道具を作っていくぜー!」


 ギザ歯三白眼の新モデルがバーチャル大槌を振り上げバーチャル金床上に叩きつける!

 バーチャル玉鋼が見る間に形を変えていく!


『刀?』

『刀だね』

「刀だぜ!」


 コメントを拾いながらも手を休めることなく一心不乱に作業が続けられていく。

 確かにエイトのアバター作成技術は父に及ばない。

 だがエイト=カルラがバ美肉バトラーとしてバーチャルアルミ球を作り続けた経験は父をも超える。

 Vアイテムクラフトによる小道具制作ならばバーチャルアルミホイルをバーチャルゴムハンマーで叩き続けた経験を活かすことができるのだ!


「ウオオオォ!」


 形のできたバーチャル刀身にバーチャル焼刃土を塗り、焼き入れ、焼き戻し!

 リアルでは時間のかかる作業もVアイテムクラフト上では時間経過設定により超倍速の進行が可能だ!

 だがバーチャルアルミ球技を続けるハヤテには大きく出遅れている!

 急げエイト!

 急げカルラ!


「どうだ!」


 バーチャル湯舟から取り上げられたのは美しい波紋のバーチャル刀!


「まだだ!」


 すかさずコンソールから色調整!

 バーチャル刀に浮かぶ刃文は溶岩を思わせる赫々たるファイアパターンとなった!


「これで完成だぜ!」

『すげえ』

『おおー』

『88888』


 湧き上がるカルラのチャット欄!

 一方ハヤテのライブは。


「ふう」


 ハヤテは息を整え体の力を抜いた。

 バーチャルアルミ球を片手に持ち胸の前に構える。

 上体を下げると同時に後ろ手に振り上げ、四歩の助走。振り子めいた動きでバーチャルアルミ球をスパット目掛けて投げ込んだ!

 優美なるストレートボール!

 ハヤテが行っている球技はバーチャルボウリングだ!

 しかしレーンを転がるバーチャルアルミ球は不自然に軌道を乱しガターへ落ちた。


「げぇー!?」


 何度やってもガターに落ちる!

 チャット欄を『www』、『ドンマイ』、『ボウリング下手王だわ』、『ボール歪んでない?』などの文言が流れていく。


「ボール歪んでます? いやそれはないと思うんだけどなあ……」


 ハヤテは怪訝な顔で手元に戻ったバーチャルアルミ球を確かめる。

 磨き抜かれた表面は凸面鏡と化し、映る顔は丸く歪む。

 しかしそれは途切れることのない一つの球面であり、いくら手の中で転がそうと傷も曇りも見つからなかった。

 ハヤテが不安を抑えきれぬ中、カルラのライブは新たな展開を迎えていた。


「じゃあ残りの時間でね、このバーチャル刀を使って、いつものバーチャルアルミ球を割って、断面がどうなってるか見てみようと思います!」

『割っちゃうの?』

『もったいない』

『中身見たいのはちょっとわかる』

『そのなまくらでできるの?』

「なまくらじゃねーよ! 名刀だよ多分! えー、まあ実際ね、これで斬れるかも含めて実験だから見ててくれよな!」


 コメントを拾いつつ準備を進める。

 バーチャルアルミ球をバーチャル万力で挟み固定。

 それを正面に見据え、バーチャル刀を上段に構えた。

 バーチャルアルミとバーチャル玉鋼、硬度で上回るのは後者である。

 しかしバ美肉体の両拳を合わせたほどの大きさを持つバーチャルアルミ球にとって柔らかさは決して脆さではない。

 強度は低くとも靭性は高い素材がその形状によって非常に割れにくいものとなっていた。

 およそ尋常の刀であれば滑らかな球面に受け流され、仮に滑ることなく捉えてもその厚みにより衝撃を受け止められるだけだと思われた。

 斬れるはずがない。


 マッスルとイチイは息を呑んだ。

 ハヤテの視線も横へと泳ぐ。

 ミュート、あるいは配信事故の如き静寂がその場に満ちる。

 チャット欄も凍り付いたように動きを止めた。

 カルラの呼吸と共に動く胸と動画タイトル下の「55分前にライブ配信開始」の文字だけが時が進むことを示している。


 そして、風が吹き、火の粉が舞った。


 吹いた風は太刀風であり火の粉は炎色の剣閃であった。

 カルラの腕の揺らめきを見て取れるものがどれだけいたか。

 見切れなかった者がほとんどではあったが、その胸には得体のしれない熱狂が灯り、凍った時が動き出した。


 バーチャルアルミ球は、両断されていた。


『!?』

『お前まじか』

『カルラ君そんなんできたの!?』


 チャット欄は驚愕と感嘆の嵐。


「ほら見ろ! オレにかかればこんなもんだぜイエーイ!」

『調子に乗るな』

『今日は調子に乗ってもいいよ』

『これはほんとにすごい』


 今日一番の盛り上がり! 増える高評価! そしてまだ終わりではない!


「それじゃあ断面を見てみるぜ!」

『そういやそういう話だったね』


 カルラは二つのバーチャルアルミ半球を掴み上げバーチャルカメラに向けて見せた。

 果たしてその断面は!


『おおー』

『こんな風になってるのか』

『結構汚いな』


 輪郭は正円を描き、外周近くはざらざらとした粒子の見えるバーチャルアルミ塊となっている。

 だが中心部近くには不格好な小空洞が口を開け、くしゃくしゃに丸めたバーチャルアルミホイルそのものの醜いテクスチャをさらしていた。


 ああ、空洞!


 ハヤテは全てを悟った。

 人力で作るバーチャルアルミ球の内部には晶洞にも似た空間があったのだ。ハヤテの持つバーチャルアルミ球もカルラの物と作り方は変わらない。やはり同じ空洞を備えているのだろう。

 そのために重心がずれバーチャルボウリングにおいて真っ直ぐ転がることがなかった。

 いや、思い起こせばこれまでに行ってきたあらゆるバーチャルアルミ球技で確かにその兆候があったのだ。

 バーチャルゲートボール、バーチャルゴルフ、バーチャルお手玉、バーチャルビリヤード、バーチャル蹴鞠、いずれにおいてもバーチャルアルミ球がまっすぐ転がったことは一度としてなかった。

 バーチャルアルミ球はバーチャル球技にそもそも不向きだったのだ。


 ハヤテの手が空を掻いた。その動作は誰も知らぬどこかでハヤテの実体がマウスを動かしクリックした動きだった。

 カルラの配信の高評価数が確かに一つ増えていた。


「時間だね」


 イチイは安堵のため息を漏らした。

 高評価の数はカルラが上回っている。見ている間にも両者ともにその数は増えているが上昇ペースは緩やかだ。

 配信の山場も越えて、その差が覆ることはもはやないと思われた。

 画面上のカルラは配信を終わらせるまとめのトークを始めていた。


 そしてハヤテは。

 ハヤテは意外にも決然とした表情で再びバーチャルアルミ球を手に取っていた。第10フレームが残っているのだ。

 ハヤテはバーチャルアルミ球を片手に乗せ、それを転がしてもう一方の手に乗せる。その動作をしきりに繰り返し重心を確かめているようだった。


「行きます」


 構えが変わっていた。両手でボールを挟み持ち右脇に添える。やや屈みながら上体を捻り、更に両腕をDNA二重らせんの如く捩じる。


「なんだあの構え? あれじゃあ真っ直ぐ投げられないだろ?」

「ああ、真っ直ぐには投げないんだ」


 マッスルは困惑したがイチイは理解していた。

 ハヤテの狙いは重心のずれによる軌道の変化をより強い力で補正すること。即ち高速回転により曲線を描くカーブボール!


 ハヤテが動く! ステップ、スイング! 左手が離れると同時にすくい上げる右手が回転をかける!

 竜巻めいた回転を伴うバーチャルアルミ球がバーチャルレーンに着弾! 三日月形の軌道を描きバーチャルピンへと迫る!


 カコォン!


 今日のゲームで初めて、澄んだ音がバーチャルボウリング場に響いた。

 倒れたバーチャルピンは九本。ストライクならず。

 ハヤテはバーチャルボールリターンから受け取ったバーチャルアルミ球を再び投球。

 残った10番バーチャルピンの横をすり抜けバーチャルレーンの奥へと消えた。

 最終得点は9点。決していい結果とは言えない。

 ハヤテは諦観のこもった表情で膝をついた。だが。


『逆パーフェクト回避してよかった』

『最後惜しかったね』

『ドンマイ』


 チャット欄に暖かなコメントが流れていく。

 そしてその時、カルラの手が密かに空を掻いた。

 高評価数が、並んだ。


『今回は引き分けだな!』


 チャット欄を確認したハヤテはふっと息を吐いた。


「はい! じゃあ、今、丁度1時間経ちました! 私とカルラさんの1時間MMの結果は両者の高評価数がぴったり同じということで! 今回はドローです!」


 憑き物が落ちたようなハヤテの笑顔の横に『おつかれー』、『88888』などのコメントが流れる。

 ハヤテが程々に力の抜けた穏やかな視線を注ぐ中、再び熱血バ美肉バトラーのコメントが現れた。


「『また今度バ美肉バトルかコラボしようぜ!』、はい! また今度よろしくお願いします! それじゃあ今回の配信はここまでですね。ありがとうございました! よかったらチャンネル登録もお願いします! またね! さよなら!」


 二つの配信画面はチャンネル登録を促す終了画面へと切り替わった。戦いは終わったのだ。

 配信を終え編集ブースに戻った伽羅倶利エイトにマッスルとイチイが笑顔を向けた。


「勝てはしなかったけどデータは守れたな! でもあっちの活動にも影響はないだろうし、しばらくランキングは今のままか~!」

「マッスル君も早く新作の動画を出さないとね。でもライバルが増えるのは悪いことばかりじゃないさ。結局のところ蓮桃ハヤテは闇バ美肉バトラーというわけでもなかたようだしね」

「確かにそんなに悪い奴じゃなさそうだったな。でもよぉ、じゃあなんであいつはデータの無償配布を賭けるなんて言い出したんだ?」

「それは、なんでだろうね?」

「なんだよ、お前らわかってなかったのか?」


 エイトは大げさに目を見開いた。


「純粋にカルラのデータに興味があったんだろ。いや、同じ性癖のバ美肉バトラーが戦うのに理由はいらねえ……あいつも俺と同じ、片メカクレとバ美肉バトルが好きなだけさ!」


 エイトは鼻の下を擦りへへっと笑った。

 イチイはそっと蓮桃ハヤテのチャンネル登録を行った。

 呆気にとられるマッスルの机でPCが穏やかなハードディスク回転音を立てていた。

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