VACHIKON

エリー.ファー

VACHIKON

 逃げなければならない。

 後ろから鳥が飛んでくる。

 烏でも、鳩でも、雀でもない。

 見慣れない鳥である。

 白鳥である。

 童話であるとか、動画サイトで見たことはある。白くて、綺麗で優雅であって、見ていて心が豊かになる。

 だというのに。

 今の私はその白鳥に追いかけまわされている。

 かれこれ、十二日経過している。

 私も寝ずに走り続けている訳であるし、白鳥も一切の休憩なく追いかけてくる。これは驚異的だろう。

 普通、十二日も追いかけまわされたら体の限界が来て動けなくなるものだと思うかもしれないが、その点は心配しなくてもいい。私はこんなこともあろうかと二年ほど動きっぱなしでもいいように体を改造しているのである。

 最初は魔王に連れ去られた妹を助けるために改造であったが、もしもトラックに追いかけまわされることがあったら、大量のノートパソコンに後ろから襲われることがあったら、海苔、ゾンビ、マイク、コードレスイヤフォンなど、世界がどのような変化をして敵に回るか分からないものばかりである。

 私は非常に先見の明があると言っていいだろう。

 このような形で、準備はなされている訳であるからして、賢いと思う。自画自賛してみる。うん、悪くない。

 その瞬間、後ろから何かが飛んできた。

 狙いは外れたようであるからそれは良かったのだが、一体何がこちらに向かっていたのか目をこらして、それを見る。

 矢である。

 しかも、その先には黄緑色の液体が塗られている。毒だと思われる。

 後ろから追いかけてくる白鳥は、弓矢を使うことができるようである。

 しかし、聞いたことがある。とりの唐揚げ屋から逃げてきた鳥が追いかけてきた店主を矢を使い射殺したという話。

 あれは本当だったのだ。

 冷静に考えれば白鳥ほど賢く、高貴な存在であれば弓矢など使えて当然である。また、憎しみを持っているのであれば矢に毒を塗るなど当然の話。

 これは、私と白鳥の戦いなどではないのである。

 もはや、人類と白鳥の戦いなのである。

 きっとこの白鳥は弓矢の技術を仲間たちに教えることだろう。そうなれば、弓矢を使える白鳥たちが人間を追い詰める様になる。

 どう立ち向かうべきか。

 いや。

 今は分からない。

 分からなくてもいいのだ。

 私がしなければいけないのは、この状況から逃げきることであり、白鳥のロックオンから外れることである。第一に優先するべきなのは命である。その後が人類の未来なのだ。

「そこの人間、止まりなさいっ」

 白鳥が叫ぶ。

 人の言葉を使っている。などとびっくりはしない。弓矢を使える白鳥であるからして、この程度朝飯前ということだろう。

 得るものばかりでは、失ったものがなんであるかは一切分からないはずである。そこが隙として機能するのではないか、と踏んだ。

 しかし、やはりこの状況ではその情報と推察は全くと言っていい程役に立たない。

「何故、私のことを殺そうとするのですか、白鳥さん」

「君は知る必要などないっ」

「いや、教えてください」

「いやいや、教えないっ。白鳥、いやひいては動物すべてを巻き込んだ戦いにこれから発展するきっかけなど軽々に答える訳にはいかない」

「全面戦争ということですか」

「そうだっ」

「人間も大きなくくりでは動物の中に入っていると思いますが、そういうことではない、ということでしょうか」

 白鳥が黙る。

 弓矢も飛んでこない。

「それとこれとは話が別だ。いや、別か。うん、別だと思う」

「歯切れが悪いな鳥頭」

 矢が飛んでくる。

 ということでその数年後人類は滅亡するが、それはまた別の話。

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