古代人の信仰
大橋 知誉
古代人の信仰
村岡は小型飛行機の後部座席に腰を下ろし、物思いにふけっていた。眼下には見渡す限りの砂漠が続き、とても生き物がいるとは思えない風景が広がっている。
それでも砂に適応した数百種類の生物がここに住み着いているというから驚きだ。そいつらにも興味がそそられるが、村岡の専門は“現在”ではない。過去なのだ。
村岡は国から派遣された古代遺跡調査団の一員だった。新しい発見があると、いち早く現場へと駆け付け、発掘作業の指揮を執ることになっている。
村岡たちが調査しているのは、各所に痕跡を残してはいるものの、その全貌が謎に包まれた古代文明の遺跡である。
彼らがこの地を去ってから気が遠くなるほどの月日が流れ、今はその記録は失われてしまっている。だから、村岡たちは残された遺跡や出土品から、彼らの信仰や暮らしを紐解いていかねばならないのだ。
彼らの残したものにはいつくか共通点があり、広い範囲で共通の信仰があったと考えられている。
頻繁に出土するのは、3つの目を持つ異形の神の像と、数百キロにおよび配置された柱、それからさまざまな絵が描かれた板である。
この板は腐食が激しいものの、かろうじてそこに描かれている図柄が確認できる。それらの板は、朽ちていながら人々を引き付ける魅力があり、きっと当時は鮮やかな配色の美しいモニュメントであったと想像が膨らむ。
板に描かれた絵は解読が進められているが、どうやら何かしらのマーク、紋章のようなものなのではとの意見が有力だ。それぞれの家系や部族を現す紋章のようなものだったのかもしれない。
紋章の板以外に注目すべきは、先に述べた3つ目の神だ。その形状から、水、土、火を現していると考えられ、我々はこの神に「三位神」と名をつけた。
三位神の像はいたるところから出土している。それはこの神が人々の生活にすっかり浸透していたことを示している。像の大きさと形状はほぼ統一されており、数百メートル、時には数十メートルごとに配置されていたようだ。
そのそばには柱の痕跡が必ずあることから、この神は柱の上に掲げられていたのではないかと考えられている。
三位神を崇めていた古代の人々はいったいどんな暮らしをしていたのだろうか。これだけたくさんの像を作っていた人々だ。きっと生活のそこかしこに信仰があり、神々と共に生きる人々だったのではないだろうか。
これから向かう遺跡に、これらの謎の答えがあるのではないかと村岡は本能的に感じていた。
前方に目的地が見えてきた。
そこは地上に巨大な建造物の跡が残る区画で、研究者仲間の間では「王家の台地」と呼ばれている。
ここの遺跡は地下へと伸びる構造となっていることは前々からわかっていたのだが、長年の間、実際に地下へ続く通路は見つかっていなかった。
その構造と規模から、かつてこの一帯を支配していた王族の墓ではないかとの説が有力だが、まだ肝心の王の棺は見つかっていない。
今回、今まで瓦礫に埋もれて手つかずだったエリアの発掘を進めていく過程で、とうとう地下へと続く階段を発見したとのことだった。
村岡の胸は期待に膨らんだ。
この遺跡を残した文明は本当に謎だらけなのだ。たくさんの建造物を残しているが、誰が何のために作ったのかわからないだけでなく、どうやって作ったのかさえもわかっていない。その信仰の意味するものが少しでもわかれば、多くの建造物の役割がわかってくるのに。
村岡を乗せた小型飛行機は遺跡群の近くに設置された滑走路から地上に降り立った。まずは発掘隊の基地となっているテントへと向かう。
テントに入ると、既に現場のスタッフが集結しており、村岡に説明を始める準備が整っていた。早速説明を受ける。
現在までの最下層である「王座の間」の南側に、いままでにないほど頑丈に閉じられた扉が発見され、数か月かけてこじ開けた結果、地下へと続く回路がその姿を現した。
扉には、この地域に頻繁に出現する紋章が物々しく描かれており、今までの推測のとおりに、これが王家の紋章であるならば、この下には重要な施設が隠されているに違いない。
回廊に土砂などはいまのところ詰まっていない様子で、徒歩で確認が可能らしいとのこと。あまりに奥が深そうなので、下へと続く階段を確認したところで現地スタッフは調査を中断し、村岡の到着を待つことになった。
一通りの説明を受け、村岡は現場へと入った。
洞窟探検用の設備が用意されていて、村岡は慣れた手つきでそれらを装着していく。
すっかり準備を終えると、村岡は古の人々が作り出した空間へと足を踏み入れた。
王座の間までは、足場ができてるので、簡単に入ることができた。発掘作業がほぼ完了している王座の間には照明が入っているので、細部まで観察することが可能だ。
入口の正面には巨大な壁画が鎮座している。幾何学模様のように見えるこの絵は「神々の楽園」と考古学者によって命名され、神々の世界を現しているのではないかと言われている。
その前には、さまざまな装飾のついた台座がいくつもあり、祈りの祭壇だったとの説が有力だ。ここで人々は、王の魂、もしくは自分の魂が、楽園へと導かれることを祈ったのではないだろうか。
瓦礫が崩れた部屋の一角に、今回発見された扉が重々しくその姿をさらしていた。例の紋章がついている。
現場スタッフに促されて回廊の中に入ると、ひんやりとした空気が村岡を迎え入れた。ここから先はまだ照明が来ていない。村岡はヘッドライトを灯して前へ進んだ。しばらく行った先から下へ向かう階段が始まっている。
よし、行くぞ。村岡はスタッフ数十人を従えて、階段を降り始めた。
階段はどこまでも続いていた。途中で別の部屋などは出現せずに、階段はひたすら地下へ地下へと続いていた。
これはいよいよこの遺跡の中枢へと向かっているのではないか。今までさんざん探して見つからなかった王の棺もあるかもしれない。
早まる気持ちをどうにか抑えつつ、村岡は約5万年前の人間が建造した謎の神殿の階段を一歩ずつ降りて行った。
何十分も降りただろうか。ようやく階段が終わり、第二の扉が出現した。
そこにも当たり前のように例の紋章が付いていた。
5万年もの長い月日を、誰にも見られずにじっと開けられるのを待っていた扉だ。この扉は村岡に開けてもらいたがっている。
扉を調べると、がっちりとロックされていて人の手では開けられそうにもない。村岡は開錠班を呼んで扉を調べさせた。
「ここのロックは520タイプです。上層の扉と同じタイプですが、我々にはすでに経験があります。数十分で開けてみせましょう。」
開錠係の班長は、この道のエキスパート。安心して任せることにした。待つこと数十分。ガチャリ、ギギギギギィイィィィという音と共に第二の扉が開いた。
調査班一行は、村岡を先頭に扉の中へと入る。
そこは思いの他巨大な空間で、数万年の長い間閉じ込められていた重たい空気の臭いが漂っていた。
ヘッドライトの明かりに照らされて、その部屋にあるものが闇の中から浮かび上がると、調査班は息をのんでそれらを見渡した。
地下、およそ500メートルほどに作られたその巨大な空間には、おびただしい数の円柱の物体が並んでいたのだ。
円柱の物体はちょうど人の高さほどのもので、棺ともとれるような不気味さを伴って均等にびっしりと並べられている。
円柱の中には何か入っているようだった。
この場で開けてみるべきか…。それとも地上に持って行って開けるべきか…。
村岡はは悩んだが、ひとまず一番手前の円柱を少しだけ開けてみることにした。よく見ると、ここにある円柱のひとつひとつにあの王家の紋章がついている。
これはよっぽど大事なものなのだろう。数万年にわたって反映した王家の人々の遺体が入っているかもしれない。
村岡が発掘班を呼び、この円柱を開けることができないか確認した。発掘班は円柱の表面を軽く叩いて中に何か入っているらしいとの意見を述べた。
開けることは可能だが、この棺のようなものに傷をつけてしまうことは避けられないとのことだ。
発掘班の一人が、「これらは棺と考えてほぼ間違いないが、これほどの数が一ヶ所にまとめられているのは少々不自然だ。何かの伝染病で死んだ人たちだとしたら、開けない方がよいのでは?」という意見を述べた。
それに対し、また別のメンバーが「確かにこれは異常な光景だが、仮に伝染病での死者だとしても、葬られてから数万年が経っている。いかなるものであっても、毒性は残っていないのではないか。」
確かに危険はある。
しかし、どうしたってひとつは開けてみないといけないだろう。これほどの数をすべて地上へ運び出すとすると、莫大な費用がかかる。そんな費用をかけてまで、これらの全てを調査する必要があるのかどうか、まずはここで一つ開けてみるのは間違っていない。
村岡は、一刻も早く円柱の中を確認したい気持ちを、研究のためと都合よく解釈して、実行することを決めた。
念のために全員に防毒マスクをつけさせて、発掘班に円柱の開封を命じてしまった。
ここに埋まっていたものが、悪魔の物質であると彼らが気が付いたころには、村岡を含む数十人がこの物質の犠牲となっていた。
化学班が解析したところ、この物質の毒性は10万年も消えないそうだ。そな毒を作り出すなんて、古代文明人は悪魔そのものだったのかもしれない。いったい何のためにこんな猛毒を大量にため込んでいたのだろうか…。
彼らが滅びてしまったのは、この毒のせいなのだろうか…。想像するのも恐ろしい。
この事件をきっかけに、古代文明の発掘は世界的に禁止となり、すべての遺跡が封印されることとなったのは言うまでもない。
古代人の信仰 大橋 知誉 @chiyo_bb
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