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――そして端的に言って、朝の湯浴みから服の支度などをするまでの間に、オルテンシアとしてどう生きて来たのかの記憶はちゃんと戻ってきた。良かったー。
起こしに来てから延々と世話を焼いてくれてるのは、専属メイドのシルエラ。どうやらオルテンシアはかなり彼女を信頼していたみたい。学園には連れて行けないみたいだけど、その分学園での出来事を話す事を楽しみにしていたようだ。それが半ば愚痴になりかねない気がするが、今は考えてはいけない。
そして、両親との仲。良くも悪くもない、と言ったところだ。父は少々厳格で、母も教育ママのような人。その期待に応えるべく、オルテンシアなりに努力や研鑽を積んで、王子の婚約者となったわけだ。
そして王子の事は……何だろう、嫌な記憶しか浮かんでこないんだけど。何であんな、嫌われてるんだろう、オルテンシア。別に巷の悪役令嬢みたいにくっついたりとかしてないみたいなんだけどな。
つーか王子、腹黒かよ。本編じゃそんな素振り、欠片も見せなかったくせに。
何にせよ、あんなのなら確かに熨斗つけてヒロインに差し上げたいわな。……それはヒロインが気の毒になってきたぞ。いや、ヒロインが王子ルート目指さなきゃそれでいいか。
私のやるべき事は、シナリオ通りに、下っ端の統率が出来ない悪役令嬢を演じ抜く事。それだけだ。
さて、それじゃあ……行きますか! ゲーム本編!
馬車に乗り込み、学園へ向かう。今日は入学式なので、必要な書類を入れた鞄のみだけだ。明日からは教科書などが入るのだろう。
おろしたての綺麗なドレス制服は、三年間でその色を変える。一年は青寄りの薄紫、二年はオレンジ、三年はシックな茶色だ。
そしてクラスはリボンタイで決まる。六組に分かれ、成績で振り分けられるのだ。
二年目以降は年度最終考査によって振り分けられるので、一年の時に優秀なクラスだった人間が、二年の時は中くらいにまで落ちてたりする。
なお、オルテンシアはずっと首席のままだった。王子ルートでなければ、だが。
別に首席を狙ってはいないけど、あの両親が転落した娘を見てどうするかは、想像がつく。手ひどい扱いを受ける未来などやってられないので、ゲーム本編が終わったら出家でもして、小さな修道院に行こうかなあ。
そして着いた先には、あのユグドラシル学園。城も大きいが、この国で二番目に大きな建物と敷地を持つのは、この学園である。なお、遠目に見える大きな樹が、ユグドラシルの枝と呼ばれる、世界樹の一部が育った姿だ。ここからでも見えるって事は、相当な大木だろう。
高く幅広い門は今は開かれており、門番が一人ずつチェックしている。入学初日なので、不審者がいないか見ているようだ。これは初日のヒロイン目線でも描かれていた。
「ごきげんよう。本日より、一年の「アルコン」所属となります、オルテンシア・イルミナルと申しますわ」
門番といえど、国から任された職務を全うする一人だ。礼儀を欠いてはならない。
丁寧な礼と挨拶、それから入学許可証を見た門番はしっかり頷いて告げた。
「確認致しました。どうぞお入りください。ようこそ、ユグドラシル学園へ。よき学び、そしてよき未来を」
綺麗な礼で先へと促す門番に頷き返し、私はとうとう、ゲームの舞台、その一歩を踏み出したのであった。
校舎は三つの棟に分かれている。中央が貴族、右側が中流階級、そして左側がお金の無い家から来た、特待生枠だ。どれも六つのクラスに分けられるが、それなら何故全部まとめないのかというと――貴族達の下らないプライドのせいである。
平民と居る時点で空気が汚れるとか、品位が下がるとか、自分本位なごり押しにより、学園側も妥協案を出したらしい。権力怖っ。
校舎に入ってすぐ右に行けば自分たちの教室だ。ちなみにさっき言ったクラスだが、全部で六種類は、鳥の名前らしい。
上から順に、アルコン、ミラノ、アギラ、ファルテ、ブーオ、クェルボ。攻略サイト曰く、名前系は大体がスペイン語由来だそうだが、アルコンは鷹でクェルボが烏、くらいの記憶しか無い。まあ、興味どころか関係すら無いからね……。とはいえ、オルテンシアは完璧主義だ。覚えなければいけない。
さて、目的の教室までが遠かった。直線の廊下を徒歩で何分かけさせんのよ。もう予鈴鳴り始めたじゃない。もっと早く着くと思ってたのに。
――と、背後から慌ただしい足音。もしやこれは――ぐふっ!?
「「きゃあっ!!」」
二人の声が重なり、そして廊下にどしん、と重みある音が響く。まだ人目があるこの場所で、初日から恥をかくなんてっ……! いや、よく考えたら合ってたわこれで。
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