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 それから一年後。私はゲームをクリアした。オールコンプではない。クリア止まりである。

 親に誕生日プレゼントしてもらったのだが、もちろん今回は楽しむ為ではない。悪役令嬢など不要なのだと理論武装する為の資料だ。

 タイトルは『世界樹のエストレリア』。攻略キャラクターは八人居て、舞台は魔法学園ユグドラシル。ヒロインはそこに入学し、攻略キャラと愛を深めつつも、悪役令嬢の嫌がらせを何とか乗り越えていく、という内容らしかった。が。


 ――正直に言おう。私はこのクリア止まりの時点で、負けを認めるしかなかった。


「まさしく悪『役』令嬢……。その手助けが無いと、ヒロインが成長しないっ……!」

 そう、人気乙女ゲームを数多く輩出しているだけある会社が作ったゲームなのだ。油断はすまい、と思っていた。

 だが、このゲームの底意地の悪さといったらない。

 まず、この世界では髪の色で魔法属性が決まる。その属性も、混ざる。赤なら火だけだが、ピンクにすると、火と光が使える。光はこの世界だと治癒などに使われ、白が強いほどその力も強まるという。どうりで、最初の髪色からやたら選択肢が多かったわけだ。

 属性説明は長くなるから省くとして、次は攻略対象。

 これまた、癖の強いキャラが多彩だ。なお、一周目は誰ともエンディングに辿り着けない仕様になっている。もうここで私の心の天秤は傾きつつあったが、気を取り直して二周目、騎士だの義理の兄だのとクリアし、最後に悪役令嬢である「オルテンシア」の婚約者である王子を攻略しようとしたが、恐ろしい難易度だったとだけ言っておこう。

 私一人なら徹夜が続いたが、母親という、よき理解者のおかげで何とか出来た。

 この王子を攻略するコツは三つ。成績、魔法、そしてラスボスの悪役令嬢を倒す事。その為には一日たりとも気を抜いてはいけない。常に鍛錬、勉強、アプローチのルーティーン。おかげで、五周する羽目になったが、こればかりはお母さんに「おめでとう」と祝われた程だ。

 だが、すっきりしない。何故なら、悪役令嬢のモノローグが不思議な程あるのだ。


『元は平民……わたくしが、未来の王妃として、導かなくては。そう、例え嫌われても……』

『ああ、また勝手に取り巻きの方々が……あれでは、もう使い物にならないでしょう。仕方ないわ、わたくしが何かお古を用意して……。はあ、王子などに嫁ぎたくはないというのに、どうして周りはわたくしの事ばかり。うんざりするわね』

『これで、これで、わたくしは解放されるのね。ああ、なんて幸せ。悪役も、そう惨めではないのですわね――』


 これらを、ヒロインは知らない。知るのはプレイヤーのみという、とんでもない仕打ちなのだ。

 そして全てのキャラを攻略してもなお、悪役令嬢オルテンシアの未来は不明なままである。そう、不明。幽閉でもなければ、処刑でもない。なんてこった。逆に怖いわ。

 それを見ていた母親が、怪訝そうに呟いた。

『お母さんの見立てなら、こういう場合は大抵、救済の為のルートが開かれるはずなのだけれど……ヒントが少なすぎるわねえ』

『無いわけじゃない、ってこと?』

『ええ。何となく気になってる事はあるんだけれど……それだけじゃ分からない、と言うべきね。せめて攻略サイトくらいあればいいのだけれど……』

 そこで言葉を止める母親の配慮に、私は苦笑する。

 残念ながら、このゲームの真髄に気付かない、悪役令嬢という餌に釣られただけのお花畑ちゃん達が、かつてないほどこき下ろしまくり、他プレイヤーへのネガキャンを始めやがったのだ。

 私もさすがにSNSで声を上げたが、それはごく少数派だったし、何よりアンチの活動に火を注いだようで、これでもかとろくな検証もしないまま悪意ある切り取り動画などを作ったりし出した。

 公式もこれはまずいと思ったのか、サイトにて重大告知を実施した。


『いつも弊社のゲームをプレイして下さり、ありがとうございます。この度新たにリリースしたゲームにつきまして、難易度が高過ぎるというお声を多くいただいております。つきましては、急ではありますが、次回発売される雑誌『乙女ステーション』にて隠しルート及び条件などをある程度ながら公開致したく思います。引き続き、『世界樹のエストレリア』をお楽しみいただければ幸いです』


 これは買うしかない。そう決めた私は学校の帰りに馴染みの書店へ向かった。運よく残っていた最後の一冊を購入し、急く気持ちで信号を待つ。よし、青になった、と左右確認もせずに駆け足で踏み出した私の背後で、悲鳴のような声がして。


「危ないっ!!」


 体を引っ張られたと思ったら、視界一杯の光。そして――全身の衝撃が、二回。

 クラクション、うるさい。私は帰るんだ。でも、なんで? 動け、ない。

「人がひかれたぞ!」

「警察を!」

「その前に救急車!」

 ――ひかれた? そうか、私……。ああ、もう、最悪だなあ……。


 それが、私こと雨野 陽花の最期だった。

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