時計をなくしたら永遠はあるのかと、わがままな命は囁いた

藤泉都理

時計をなくしたら永遠はあるのかと、わがままな命は囁いた











 おわりをかんがえたことはあるか。





















 走って、走って、走って。

 無我夢中に駆けているはずなのに、身体の一部の異変は正確に感じ取れていた。

 ほかは沸騰しているのに。

 足の指と踵だけが自分の身体ではないように、硬く、冷たい。

 まるで脈打つ鼓動を。

 酸素を運ぶ血液を拒んでいるように。


 これは警告だろうか。


 行ってもどうともならない。






 上から、

 真正面から、

 真横から、

 下から、

 

 一歩間違えれば激しくなる呼吸だが、ほとんどが、静かだった。

 心を落ち着かせようともしているようで、

 無関心でもあるようで、


 対して、自分はどうか。

 激しくなり、

 軽やかになり、

 浅くなり、

 深くなり、

 詰まり、

 咽び、

 吐息が漏れ、

 息切れを起こし、

 長い、永い、微かな息をくゆらせて、

 安堵の息を発して、


 わがままに命が囁く。

 

 永遠がほしい。


 寿命を知らせる時計さえなければ、

 すべてを急かせる時計さえなければ、


 永遠はあるのではないか。


 けれど、自分の右手首には腕時計が在った。

 彼の人の旅立ちを正確に知らせてくれるのだ。

 彼の人の眼前に立たなくていい時刻を知らせてくれるのだ。

 必要だった。


 走って、走って、走っていた足が、瞳に映る人物を認識して、おもむろに立ち止まる。


 ここには居ない人。

 自分を知らない人。

 自分が知っている人。


 唇が彷徨う。

 

 言いたい。

 言いたくない。


 永遠が欲しいのだ。


 立ち止まって、見ているのだ。

 怪しいと思ったのだろう。

 思ったのなら、さっさと居なくなってほしい。

 近づかないでほしい。

 声をかけないでほしい。


 逃げられないのだ。


 いくら、閉じ込めても。

 いくら、遠ざけても。

 いくら、手放そうとしても。


 いくら触れなければよかったと悔やんだとしても。


 できない。

 逃れられない。


 わがままな命が、

 躊躇いがちにふせた瞳に

 彷徨う唇に

 臆病な自分に

 言えと囁く


「わたしのかいなにとじこめようか?」


 痛みを訴える喉はまだ震えていた。

 きっと、眼前に立つ彼の人にこたえたのだろう。


 




 永遠が欲しいと叫んだ自分は、彼の人にこたえたのだろう。




















 灼熱の炎に炙られているように、痛くて、熱くて。

 凛冽の雪に曝されているように、痛くて、熱くて。


 彼の人のかいなに抱かれているのかと思ったが。


 遠くから呼ぶ声が耳に入って来て、億劫な瞼を持ち上げる。


 ああ。


 ああ

 温かい

 どうか

 泣かないでほしい

 泣いてほしい

 惜しんでほしい


 わがままな命が囁く


 永遠が欲しい











 



 自分の本の読者なのではないか。

 察した私は、ふと、提案していた。

 私の腕に抱いて、氷漬けにして、永遠に生きらせようかと。

 永劫の刻があれば、この子の本当の願いを叶えられるかもしれない。




 どうしてか書く気が起きなくて、休載している物語の続きを読ませてあげられるかもしれない。




 永遠が欲しいと叫び。

 続きが読みたいのに終わりを迎えたくないと叫び。

 あなたが紡ぐ物語をもっともっと読みたいと叫び。

 あなたが紡がなければ物語は終わりを迎えないと叫び。

 息を切らせる。


 ここで胸が熱くなって、書く気が起きれば大団円なのだが、あいにく、一読者の叫びを聞いても、物語の思考は生まれない。

 けれど、

 ここまで私の物語を欲している読者を無視する気も起きなくて。

 ふと、提案していたのだ。


 私の両腕に抱かれて、氷漬けにして、永遠を生きらせようかと。











 転生してから読みたい?

 転生する前に読みたい?


 最初で最後の出会いからどれほどの月日がたっただろうか。

 家族に見守られながら寿命を終えようとしているこの子に問うた。






 ふと、映像がよぎる。

 二度目より、一度目よりも、もっと、幼いこの子と手を繋ぐあたたかな情景。

 夕日の中、一本道のわき、斜面になっている草原に座って、一冊の本を取り出す。

 そして、優しく、語るのだ。






























「まさか息を吹き返すなんてね」


 雪女は自宅で寝ている子の頭を優しく撫でながら、一冊の本を手に取って、頁をめくって、語り始めた。

 この子の子が私の本を買ってきてくれたのだ。

 読みたいと言ってただろう。もう、目を逸らしてないで読めよ。息を吹き返したのはきっと読む為だ。

 そう、真剣に言われたこの子は、しぶしぶ頷いて、読んでと頼んだ。


 戦々恐々としていた心身が安らぎを得られたのは、三日後。

 若返ったのではないかと家族に笑われるくらいに、私の本をすごい勢いで読み返し、静かに読み返し、また怒涛の勢いで読み返して、ようやく、力を抜いたのだ。


 それから一年後の今日。

 この子は次の生を得るまでの眠りに就いた。


「次も読んでくれてもいいし、読んでくれなくてもいいよ」


 すべての本を読み聞かせて、私は衣を翻した。 











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時計をなくしたら永遠はあるのかと、わがままな命は囁いた 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ