第10話 あるべき場所へ2

桜華殿に着くと白桜は紫苑に何も話すことなく去っていった。


渡り廊下を戻っていく白桜の後姿をぼんやりと見つつ紫苑は先ほど議会で話合われていた内容を思い返す。


白桜とは人間でいう5~6歳ほどの歳の差でこのくらいの年齢差であれば婚姻を結ぶのに支障はない、兄と妹という立場ではあるが鬼の一族はもともと女鬼があまり生まれないため腹違いの兄妹で婚姻を結ぶことも珍しくない話だった。


しかし、紫苑はもともと何を考えているか分からない白桜のことが苦手であったし、今は何より月天のことを何よりも大切に思っている。


紫苑は行き場のない不安とこれから自分はどうするべきなのか考えがまとまらず部屋の隅に座り込む。


「紫苑……どうしたの?何か嫌なことでもあったの?」


紫苑が座り込んでうつ向いていると母がやってきた。


紫苑の母は鬼の嫁とりで里に連れてこられてからこの桜華殿に監禁されている。


母はいつもぼんやりと景色を眺めているだけで植物のようだと一族の者たちはいつも言っているが、実際はいつも紫苑のことを心配して紫苑がこの屋敷で暮らしやすいようにと助けてくれている。


「母様……実は先ほど白桜兄さまと議会に連れていかれまして……」


紫苑は先ほどあった妖狐の里での話や白桜との結婚の話を母に伝えると母はいつもの穏やかな表情を少し険しくして何か考えるように押し黙った。


そして、いつも穏やかな母が見たこともない真剣な表情で紫苑に話しかける。


「……紫苑、あなたはこのままここで暮らしていたい?ここは最低限の食事や着るもの、寝るところには困らないこのままここで暮らしていくと言うなら遠くない未来あなたは白桜の妻となることになるでしょう」


「私は……白桜兄さまの妻となるのは嫌です。できるのならこの里を出たい」


今までどんなに屋敷の者につらく当たられようが弱音一つ吐かなかった紫苑が生まれて初めて自分の口からこの屋敷を出ていきたいといい、紫苑の母はその姿を見て意を決し紫苑に自分が今までずっと考えていたこの里から脱出する方法を話すことにした。


「いい?紫苑、この話は私たち二人だけの秘密よ……」


紫苑の母はこの屋敷に連れてこられてからずっとこの里を脱出して元いた人間の里に帰る機会をうかがっていた。


しかし、紫苑が生まれ鬼の一族の血を強く引いているとことを知り逃げることを諦めていたのだが、紫苑が時渡りの力を覚醒させ鬼の力も目覚めたとなると一刻も早くこの里から逃げたほうがいいと判断した。



「もうすぐ白桜の次期当主襲名披露が行われるはずよ、襲名披露の日は私たちはこの桜華殿にいることになるわ。いつもは見張りも多くてこの桜華殿から出ることは難しいけどこの日だけは屋敷の者ほとんどすべてが母屋に集まるからここを出るなら最大の好機よ」


「でも母様、ここから出てどこに行くの?」


「桜華殿を出て裏山を登るとそこに鬼神様を祀った神社があるでしょ?そこの大鳥居は私が昔住んでいた人間の世界とつながっているの。私の神通力の残りを使えば私たち二人であれば何とか渡れるわ」


「けど……人間の世界に行ったら私はこんな姿だから母様に迷惑をかけてしまうわ」


「大丈夫よ、向こうに渡ったら私の力をすべて使ってあなたの中にある鬼の力を封じるわ。力を封じたらここでの記憶も一緒に封じられてしまうけど、人間として私たちは一からやり直せるわ」


紫苑の母は監禁されてからずっと自分が本来持つ巫女の力を隠し続け何もできないか弱い人間のフリをしていつかくる好機を待っていたのだった。


「母様……私、月天のことは忘れたくないよ……」


紫苑は切ない表情を浮かべる。


「紫苑、確かに月天君のことは気がかりだし忘れたくない気持ちはわかるわ……けど、鬼と妖狐どのみち相いれない者同士憶えているだけ辛くなるだけよ。それに先祖返りと言うなら白桜と同じで一族の中から純血の妻を娶って当主となるのが運命だもの……」


母にそっと抱きしめられ頭を撫でられると今まで堪えていた感情があふれ出て紫苑は声を殺して母の胸の中で泣いた。



◇◇◇



母とこの里を出ていくことを決めて数日が経過すると母が言っていた通り白桜兄さまの次期当主襲名披露が行われる日程が決まった。


次期当主の襲名となると七つの上里から当主やその世継ぎが集まり年に一度の顔見世の時のように里中が慌ただしくなる。


今回の白桜の襲名は異例の若さでの襲名となったためどの里の当主たちも興味津々で早々に出席の返事がそろった。


そんな慌ただしい雰囲気の母屋とは違いこの桜華殿は相変わらずゆったりとした空気が流れている、そんな空気を変えたのは母屋からやってきた白桜だった。


「紫苑、こんなところにいたのか」


紫苑はいつも桜華殿の自室に引きこもっていることが多いのだが、この日は毬をついて庭で遊んでいた。


「白桜兄さま……」


紫苑は毬をつくのをやめ白桜の方へ振り向く。


白桜は部屋の中から手招きをして紫苑にこちらに来るように促す。


毬を手に持ち白桜の側まで行くと白桜はいつも通りの何を考えているか分からない無表情のまま話し出す。


「四日後の襲名披露だが妖狐の里からは天鼓様とその世継ぎである月天が来るそうだ。襲名披露の前日からこの屋敷の客間に滞在するそうだがお前はその期間中この桜華殿から出ることを禁じると父上から言付かった」


紫苑は月天がこの屋敷に来ると知り嬉しさがこみ上げるが、襲名披露の日に母と一緒にこの里を出ていくと決めたため様々な感情が混ざり合ってなんと返事をしたらいいのか分からなくなる。


(月天にせめてもう一度だけでもあって話がしたい……けど、母様との計画のためにはできるだけ目立つ行動は控えないと……)


「……余計なことは考えずお前はここに居ればいい、話はそれだけだ。それとあまり薄着で外に出るな」


白桜は返事もせず黙りこくってしまった紫苑をしばらく見て、それ以上何かを言うことなく去っていった。

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