第9話 あるべき場所へ
白桜と月天の激しい衝突から一夜明けると屋敷の庭は何事もなかったかのようにいつも通り美しい花や草木でにぎわっていた。
白桜はまだ眠り続ける紫苑の髪を優しく撫でると誰にも見せることのない表情で優しく微笑む。
「お前が無事でよかった……」
紫苑は急激な妖力と神通力の覚醒によって体内の気のバランスが乱れしばらくは目覚めないだろう。
昨日の内に鬼の屋敷と父へは使いを送った、きっと今日の午後には迎えがやってくるだろう。
「白桜様、天鼓様がお呼びです。鬼のご当主様もいらしておりますので……」
障子越しに声を掛けられ出ていくとそこには黒狐の半面をつけた天鼓の側仕えがいた。
白桜はいつも通りの無表情を作ると部屋を後にした。
◇◇◇
呼ばれて着たのは初日に挨拶を交わした部屋だった。
中に入るとすでに父と天鼓がおり天鼓に視線で座るように促される。
「いやぁ~、悪いとは思っているよもちろん。お詫びと言ったらなんだがこれから100年鬼の里へ呪術師を派遣してもいい」
息の音さえ聞こえない静かけさにみちた部屋に天鼓のおどけたような場違いな声色が響く。
「いらん。白桜の七妖参りもここが最後、無事にすべての儀が執り行われ神通力も高まった。予期せぬこととはいえ紫苑も力を目覚めさせることができたようだからな」
鬼の当主はそう言うと天鼓の顔を正面から見据える。
「しかし、何もなしで済ませるというにはいささか事が大きすぎる。この度の件を水に流す代わりここでみた紫苑の力については一切他言せぬことを誓え」
鬼の当主はその真っ赤な瞳で天鼓をみる。
「もちろんだとも、それくらい譲歩しないとね」
天鼓がそう言うと鬼の当主は話は終わったとばかりに席を立ち部屋を出ようとする。
白桜もその後に続き立ち上がると天鼓に声をかけられた。
「妖狐の一族は一度気に入ったものはどんな手を使ってでも自分のものにする。大切な蝶が誰かにとられないように屋敷の奥底に閉じ込めておくんだね」
天鼓は今まで見せたことがないほど残忍な笑顔を見せるとそのまま部屋を出ていく白桜を見送った。
◇◇◇
天鼓との謁見を済ませたあとは用意された牛車に紫苑を運び込み妖狐の里を後にした。
屋敷に戻ると寝たままの紫苑は監視付きで桜華殿へと運ばれた。
紫苑が目覚めたのは妖狐の里を出てから五日目のことだった。
「う……んん……」
紫苑は目覚めると全身に感じたことのない妖力と神通力がみなぎるのを感じた。
褥から出るとそこは妖狐の里ではなく自分が暮らす鬼の里にある桜華殿だと分かる。
「戻ってきちゃったんだ……」
紫苑は妖狐の里であった出来事を思い返し痛む胸を押さえる。
「月天……無事かな?あんなに屋敷をめちゃくちゃにしてひどいことされてないかな……」
最後まで自分をかばってくれた月天のことを思い紫苑は涙する。
紫苑が一人で悲しみに暮れているといつの間にか部屋に入ってきた白桜に声をかけられる。
「父上がお呼びだ」
白桜は相変わらず表情がなく淡々とした口調で告げる。
白桜に連れられるまま父の元へ行くとそこには父の側近達や里の中でも重役を担う者たちがそろっていた。
(いったい何が行われるの?)
屋敷でこれだけの顔ぶれが集まるのは次期当主の襲名や当主の正妻を娶る時くらいだ。
「そんなところで立っておらず二人とも座りなさい」
重役の一人がそう声をかけると従者が音もなく白桜と紫苑の座る場所を用意する。
「では全員揃いましたので始めさせていただきます」
父の側近がそう言うと今回起きた妖狐の里での一件について話されていた。
「……結果として白桜様の正妻となるものが見つかり良かったではないですか、ここ数百年純血の女鬼は生まれておりませんから」
重役の一人が嬉しそうに目を細め紫苑の方を見る。
紫苑は急に自分に集まった視線に動揺していると父から信じられない言葉が飛び出す。
「では白桜の正妻には紫苑をあてがうこととする、異論のあるものはおらぬか?」
座敷にいるほとんどの者が異論はないと頷く中、一人だけ異を唱えたのが代々当主に仕える一族の中でも発言権が強い蒼紫だった。
蒼紫は鬼の一族の中でも数少ない青鬼の血を引いており短く切りそろえられた髪は濃紺で瞳も青みがかっている。
歳もまだ若く現当主である紫苑の父に仕えてからまだ数年ほどだが父や重役たちからも厚い信頼を寄せられている。
「御館様の意に異論を唱えることをお許しください。私は白桜様の正妻には鬼以外の血が混じる紫苑様はふさわしくないと考えます。確かに時渡りの力は一族にとっても重要なものですが力を残すということであれば正妻ではなく側室として召上げればいいのでは?」
先ほどまで静かだった座敷が蒼紫の提案一つで空気が変わったのが分かった。
「大切なのは血濃く保つことです、。白桜様は歴代の中でも貴重な先祖返り、純血の女鬼が生まれるまで正妻の座は開けておくのがよろしいかと愚考します」
蒼紫の提案は一族の中でも純血を重視する一派の後押しとなり、意見は割れ白桜の正妻については次回の集まりまで持ち越しとなった。
「白桜と紫苑は戻ってよい」
父である当主にそう言われ紫苑は呆然としたまま白桜に連れられ桜華殿へと戻った。
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