第8話 幸せが崩れる音4

白桜が振り向くと先ほど紫苑が時渡りの術をかけた金の繭にひびが入り殻が割れるかのごとく中から光があふれ出してきた。


あふれ出す光とともに繭の中からは先ほどとは比べることもできない強い妖力が漏れ出てくる。


「この妖力……先ほどまでのものとはわけが違う……」


白桜は先ほどまでの月天が纏っていた弱弱しい妖気ではなく、この屋敷の当主である天鼓をも上回るような強く禍々しい妖気を察し紫苑を抱えたまま一足飛びで距離をとる。


金の繭はパラパラと殻が全て崩れ落ち、その中から出てきたのは先ほどの黒髪に黒い瞳の少年ではなく息をのむほど美しい白銀の髪を持つまだ幼さを残す妖狐だった。


妖狐は周りをゆっくりと見渡すと距離をとるようにして自分のことを見る白桜をみつけ視線を止める。


「先ほどはよくもやってくれたな」


妖狐は淡々と白桜に告げると左手を白桜の方にかざし狐火を放つ。


白桜を取り囲むように燃え上がった狐火は先ほどのものとは比べものにならないほど強大で青白く燃え上がり白桜を追い詰める。


「ちッ、本気を出さねばこちらがやられるか……」


白桜はそうつぶやくと紫苑を優しく降ろし、自分のもつ妖力を開放する。


白桜の額からは三本の角が伸び瞳は爛々と輝きを増す。


白桜が自分に迫る狐火を自身の鬼火で相殺するとその場で妖狐とにらみ合う。


「まさかお前も先祖返りだったとはな……月天」


白桜は視線の先にいる月天にそう言うと月天は不敵な笑みを浮かべて答える。


「自分でも驚いてるよ、何の妖力も持たずゴミのように扱われていた私が皆が望んでも手に入らなかった先祖返りの血を受け継いでいたのだからな」


そう言うと月天は一歩ずつ白桜へと近づく。


「紫苑を返してもらおう」


「返すなど……可笑しなことを言う。紫苑は鬼の一族、妖狐である貴様とは結ばれぬ定め、紫苑のことを想うのならこのまま鬼の里に返してやるのが優しさというものではないのか?」


「貴様らがいったい紫苑になにをしてやった?下げずみの目で見られ泥をすするような思いで毎日を暮らす者のことなど恵まれたお前には分からないだろうな」


月天はその場から白桜に向けて術を繰り出す。


白桜も負けじと月天の放った術を受け流す、二人の力は均衡しており片方が術を放てばもう片方もまたその術をかき消す。


いつの間にか屋敷の庭は荒れ果て空には再び暗雲が立ち込めていた。



「はい、そこまでにしてくれるかな?」



張りつめた空気を壊すようにこの場にそぐわない調子で二人をいさめたのはこの屋敷の当主である天鼓だった。


天鼓の手には2mほどの大きさの錫杖のようなものが握られている。


僧侶のもつ錫杖と異なるのはその杖の先の部分にいくつもの小さな鈴のようなものが付けられていた。


天鼓は月天を自分の目で確認すると今まで見せたことのないような笑みを浮かべ長年夢見ていたものが手に入ったとばかりに熱にうなされたような表情を向ける。


「あぁ……私が当主の座についてから千年、ついに私は後継を見つけた。彼女には申し訳ないことをしたと思っているが全て期待通りに動いてくれて感謝しているよ」


天鼓は地面に横たわる紫苑を見て嬉しそうに言う。


「やはり天鼓様の差し金か、父が黙っていないぞ」


白桜は怒りのこもった瞳で天鼓を睨みつけるが、天鼓は意にする素振りもなく月天に向けて手に持った錫杖を掻き鳴らす。


錫杖に付けられた鈴の音が木霊するようにその場に鳴り響くと、月天は頭を抱え苦しそうにその場にしゃがみ込む。


「いったい何をした!」


月天は天鼓の持つ錫杖を壊そうと術を放つが先ほどと違いまったく力が入らない。


「これは魔封じの魔具でね、力の強い妖であればあるほど影響を受けるんだよ」


天鼓はそのまま鈴の音を鳴らしながら月天へと近づく。


月天は頭の中で鳴り響く鈴の音に意識が朦朧とし、ついにはその場に倒れこんでしまった。


天鼓はその場に倒れこんだ月天を抱えると白桜の方を振り返る。


白桜は先ほどまでの鈴の音のせいで頭を軽く押さえてはいたが横たえた紫苑の側により天鼓の動きを警戒している。


「やはり鬼の一族にはこの魔具もあまり効果はないようだね。しかし、通常は七日間かかる七妖参りをたった五日間で終わらせるなどさすが先祖返りと言われているだけあるね。

それに彼女の方も本来の力が覚醒したようだし、これで鬼の一族は次代も安泰だね。」


天鼓は悪びれた様子もなく白桜に話しかけるとそのまま月天を抱き屋敷の自室へと向かう。


「すでに父に使いは出した。後始末を終えればこの屋敷からは出ていく、これ以上私にも紫苑にもかかわるな」


白桜は背を向けて歩き出した天鼓にそう言うと紫苑を抱いて自分もまた与えられた部屋へと戻ったのだった。


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