第5話 幸せが崩れる音
「ねぇねぇ!次は月天が獣化して見せてよ!妖狐だから狐姿になれるんでしょ?」
紫苑は昔からふわふわしたものが大好きで特に動物にはめがない。期待に満ちた目で月天を見つめていると月天は小さくため息をつく。
「仕方がないな……あまりあの姿を見せるのは好きではないんだが」
しぶしぶといった様子で月天はすこし紫苑と距離をとり両手で不思議な印を結ぶと月天がいたあたりに霧が立ち込める。
人一人隠すほどの霧が掻き消えたかと思うとそこには一匹の黒い狐がいた。
毛並みはふわふわと長く瞳と毛色は漆黒だ、尾は一尾でどこから見ても黒い狐にしかみえない。
「わあー!可愛いー!!」
紫苑は黒狐だと分かるや否や両手でめいいっぱい抱き寄せて頬ずりする。
「いいこだねー」
すっかり上機嫌な紫苑とは正反対に表れた黒狐はすこぶる機嫌が悪そうだ。
黒狐は両の前足で紫苑の顔をぐっと押し返すとすかさず腕から逃げ距離をとる。
黒狐は紫苑の方をじーと見てからくるりと1回転中に舞うと再びぼんッ!と音を立てて霧が立ち込めた。
霧の中には先ほどまでいた黒狐ではなく人の姿をした月天が立っていた。
「……紫苑、姿形は狐でも中身は僕なんだからね!」
月天は少し照れたように先ほどまでの紫苑の行動に対して注意する。
「とってもかわいいね!黒い狐なんて私初めて見た」
紫苑はそれよりも先ほどの月天の姿が気に入ったらしく月天の注意など聞いちゃいない。
月天は諦めたように先ほどまで座っていた場所に再び座る。
「黒毛の狐は黒狐と呼ばれ、妖狐の中でもあまり好ましく思われてないんだ」
「そうなの?なんで毛の色が違うだけで嫌われるの?」
「黒狐は妖術の中でも呪術に秀でた者が多くそのせいで普通の妖狐たちからは嫌煙されている。屋敷の中でもすぐに分かるように黒狐で呪術に長けた者は黒狐の半面をしているんだ」
「そうなんだ……だから月天は妖狐の姿を見せるのが嫌なの?」
「そうだな。不要に周りの目を集めたくないからな」
月天はそう言うと話題を変えるように紫苑について尋ねる。
「そういえば、兄と一緒に来たと言っていたが紫苑の兄は七妖参りをしているのか?」
「そうだよ!白桜兄さまと一緒にこのお屋敷にきたんだ。兄さまは御廟所ってところに七日間お籠りになるって言ってた」
「紫苑は兄さんと年が離れているのか?」
通常、七妖参りは次期当主の襲名が決まってから行うことが多く、妖力・神通力ともに高い質が求められる。
「そんなに離れてはいないよ、月天よりも少し年上くらい」
「ッ!そんな若さで七妖参りをするなんて相当優秀なんだな!」
月天は自分とそれほど歳も変わらない人物が大の大人でもこなすことが難しい七妖参りをしていると聞いて驚く。
「白桜兄さまは初代の先祖返りだって屋敷の人たちも父上も言ってた」
紫苑は少しうつむきながら答える。
(そうか……優秀な兄がいるせいで余計屋敷での立場は悪いものになったというわけか)
「先祖返りとはまたすごいな。妖狐の里では先祖返りをしたものはここ二、三千年出ていないからな」
妖怪達も年月が経つにつれて昔の妖達よりも妖力などが徐々に弱まってしまうことはよくあった。
特に純血種でなく混血になるほど妖力や力は衰えやすいため、七妖に数えられる妖怪たちは純血を尊ぶ傾向にある。
その中でも先祖返りは貴重な存在でこの妖が住まう上の国と下の里を最初に作り出した初代の大妖怪の妖力をもっていると言われている。
「そんなにすごいことなんだ……」
「しかし、それだけすごい兄がいながらも同じ屋敷に住まうことが許されているなんて意外と鬼の一族は同族に優しいんだな」
普通優秀な跡取り息子がいる場合は他の無能な息子たちは屋敷を追われるか、殺されることが多い。
「私は貴重な女鬼だから……」
月天は紫苑の返答に驚いて声をなくす。
「え……紫苑、君は女の子だったの?」
紫苑は鬼の一族の中でも貴重な女鬼だったため普段から女と悟られるように白桜と同じ童子の服を着せられていた。
今回妖狐の里に来る際も白桜の弟として紹介されていたのだ。
「え!月天は私のこと男の子だと思ってたの?ひどい!」
紫苑は自分が女だと言うとひどく驚いた様子の月天の反応にショックを隠せない。
「だって、その格好って男児が着るものだし……それに鬼の一族からは滅多に女の子は生まれないって聞いてたから」
「ひどーい!……けど仕方がないか、ずっと白桜兄さまの弟として表向きは育てられてきたから」
紫苑はしょんぼりしながら蔵の隅で膝を抱えていると月天は閃いた!と言わんばかりに立ち上がると見せたいものがあると紫苑の手を引いて蔵の外へと連れ出す。
蔵を出てみると日が陰り始めていた。
「月天、どこに行くの?」
蔵を出てから庭の中を横切りどんどん人気のないほうへと向かっていく。
「もう少しでつくから……」
月天に手を引かれるまま歩くこと数分……ついた先は屋敷の建つ高台から見下ろせる、見渡す限りを赤く染め上げる曼殊沙華の花畑だった。
「すごい……」
夕日に照らされて咲く曼殊沙華の花はこの世の物とは思えないほど美しかった。
「ここは僕の秘密の場所なんだ」
月天は少しはにかんだように笑うとその場に腰を下ろす。
「ちょうどこの時間が一番綺麗なんだ!曼殊沙華は自然に生えないっていうからきっと誰かが植えたんだろうね」
「そうなんだ、こんなに素敵な景色初めて見た!連れてきてくれてありがとう月天、この景色一生忘れない!」
紫苑は満面の笑みで月天の手を強く握る。
その後日が暮れるまで二人で曼殊沙華の花畑を眺め、周囲が闇に沈むころに紫苑と月天は自分たちのいるべき場所に戻った。
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