第4話 運命の出会い
自分の出自を知っても態度を変えない月天に紫苑はすっかり気を許しもっと月天のことを知りたいと思った。
「私の母は同じ純血の妖狐でしたが、生まれつき妖力が弱く容姿も私同様人間のようだったのでこの屋敷ではうまく馴染めなかったようです」
紫苑の生い立ちについて話した後、月天も自分の生まれについて教えてくれた。
最初に不思議に感じた妖力の弱さと人間のような容姿は母譲りで、紫苑同様屋敷の者から良く思われず育ったと聞き生まれて初めて自分を理解してくれる者ができた喜びを感じた。
「あの、私の方が年下ですのでもっと砕けた話し方でかまいませんよ」
もっと月天と仲良くなりたい一心で頬をほんのり赤く染めながら普段ではけっして言うことない言葉をいう。
「ふふふ、ではそうさせてもらうかな」
紫苑は月天が友達のように接してくれたことがうれしくてぱぁっと表情を明るくして月天を見上げる。
「紫苑もあまり改まった話し方はせずに気楽に話してくれると嬉しい」
月天にそう言われ紫苑は照れつつも小さな声で返事を返した。
蔵から離れ庭を歩いていると屋敷の中庭には色々な花が咲いていた。
今まで月天は花などあらためて見ることもなかったが紫苑と二人で見る庭の風景は今まで見てきたどんなものより美しく感じた。
(こんなに色があふれているなんて思いもしなかった……)
月天がそんな事を思いながら歩いていると、紫苑は自室へ戻る最中も幾度も足を止めては花の匂いを嗅いだり物珍しそうにじッと眺めたりしていた。
楽しい時間は早く過ぎるというが二人の時間もあっという間に終わりを告げる。
「この道を真っすぐ進むと元の客間に出るから、僕はここまでにするよ」
月天は少し寂しそうに微笑むと紫苑の頭を優しくなでる。
「あと五日間だけこの屋敷にいるからまた月天のところへ行ってもいい?」
紫苑はこのまま月天と会えなくなるのは嫌だと月天の衣の袖を引く。
「もちろんだよ、でもあの場所へ来るときはくれぐれも誰にも見つからない様に。きっと見つかれば紫苑もまずいことになる」
紫苑は真剣な表情で頷くと月天の頬に軽く小鳥がついばむように口づけた。
月天が驚いて紫苑を見ると紫苑は不思議そうな表情で見返す。
「え、今のって……」
いくら女中を誑し込んでいるとはいえまだ幼い月天は紫苑の突然の行動に羞恥心が湧き上がる。
「いつも母様が出かけるとき頬にチュッてしてくれるから、紫苑も月天にしてあげた」
紫苑は可愛くはにかむとそのまま踵を返し部屋へ戻る道を駆けていく。
「月天!また明日ね!」
そう言うと紫苑は振り返ることなく道を走っていった。
◇◇◇
紫苑が自室まで戻ると誰もいないはずの部屋の中から誰かの気配がした。
恐る恐る障子を開けて部屋の中を見てみると昼に見かけた胡蝶を指先に止め寛いだ様子の天鼓様がいた。
天鼓様は紫苑が戻ってきたのに気づくと脇息に持たれながらおいでおいでと紫苑をこまねく。
一瞬月天の元へ逃げようかとも思ったがこの目の前の人物がそれを許すはずもない。
紫苑は観念したように天鼓の座る側まで近寄る。
「うちの愚息はどうだった?」
一瞬誰のことを言っているのか分からなかったが、先ほどまで会っていた月天のことだと察する。
月天は屋敷の者には誰にも自分と会っていることを悟らせるなと言っていたので紫苑はなんと答えていいのか迷う。
「あぁ、月天に会ったことは誰にも話すなとくぎを刺されたのかな?」
目の前に悠然と座る天鼓はまるで先ほどまでのすべてを見てきたかのように話す。
「あの子は素養はいいんだけどね、どうもあと一歩何かが足らないようだ。この屋敷にいる間相手をしてあげておくれ」
天鼓はそう言うと紫苑の頭をぽんぽんと軽くなでて部屋から出て行った。
紫苑は天鼓様が苦手だ。実の父も恐ろしいがそれ以上に何を考えているか分からないあの纏う空気が恐ろしかった。
天鼓が出ていき気配が消えると紫苑は張りつめていた緊張の糸が切れその場にへたり込んだ。
(月天は屋敷の者に嫌われていると言っていたけど、ご当主様は違うのかな?)
そんなことをぼんやりと考えていると気づけば夜ごはんが運ばれており、食事を済まし身を清めその日はいつもより早く寝ることにした。
その日は奇妙な夢を見た……
夢の中で紫苑は見たことない大きな朱塗りの鳥居の下に立っていた。
紫苑の目の前には兄の白桜が鬼化した姿があり、さらに目の前に立つ七尾の尾を持つ白銀の毛並みをした妖狐と対峙していた。
白桜も妖狐も互いに譲らず妖術を飛ばしあう。
紫苑は泣きながら白桜にやめてと縋るが白桜はまったく聞き入れてはくれない。
妖狐と白桜の大きな妖力がぶつかり合うと思った瞬間紫苑は強く瞳を閉じて願った。
「どうか___を助けてください」
紫苑は明るい光に包み込まれたと思うと、そこではッと目を覚ました。
目を覚ますと夕べの夢の内容のほとんどは覚えていなかったが、唯一白銀の妖狐のことだけは覚えていた。
その日は夢に出てきた白銀の妖狐のことが気になり早めに食事を済ませると月天のいる蔵に向かった。
蔵の近くまで来ると誰もいないことを確認してから蔵の戸を二回たたく。
「月天いる?紫苑だよ」
周囲に誰もいないと思いつつも少し声を潜めて声掛ける。
少しすると蔵の戸がぎぃっときしむ音を立てて開かれた。戸の隙間から月天が顔を出し紫苑を確認すると笑顔で蔵の中に迎え入れる。
「ごめんね、暗くて空気も悪いところだけど……」
月天は紫苑を招き入れると蔵の中に置いてあった座布団を紫苑に差し出す。
「昨日はあれから変わったことはなかった?」
月天は心配そうに紫苑を覗き込む。
紫苑はとっさに大丈夫!と答えてしまった。
月天は紫苑の返事に安心したのか、先ほどまでの少し緊張した面持ちが解けて柔らかいものとなる。
「そういえば、妖狐の里には白銀の毛色をした七尾の妖狐っているの?」
紫苑は夢で見た妖狐のことが気になり月天に聞いてみる。
「白銀の毛に七尾……うーん、この里にはいないと思うな。一応この里の初代の当主が白銀の毛に九つの尾をもつ九尾の大妖怪だったと言われているけど」
「そうなんだ!妖狐って尾の数が多いほど力が強いの?鬼の一族は角の数が多いほど妖力や神通力が強いんだよ!」
紫苑は少し得意げに月天に鬼の一族のことを説明する。
「へぇ!鬼って最大で角はいくつまであるものなの?あと、妖狐の場合は九尾が最大で大抵の者は一尾か二尾が多いね」
「鬼の角は伝説に残る鬼神様でも三つだって言ってたよ!私は半分人間の血を引いているからこんなに小さな角が1つだけ……」
紫苑は少し恥ずかしそうに自分の額の中央に出てきた小さな鬼の角を指さす。
「鬼の角なんて初めて見たよ!ちょっと触ってみてもいい?」
月天は興味津々で紫苑の角を色々な角度から観察する。
「少し触るだけなら大丈夫!鬼の角はその鬼が持つ妖力の大きさに合わせて成長するらしくて欠けたり折られたりすると妖力が失われるんだって」
「そうなんだ!だから鬼の一族は普段から滅多に角を見せないんだね」
月天は恐る恐る紫苑の額にある小さな角を触る。
角は思ったよりも固く表面は艶っとしていて磨き上げられた象牙のような肌触りだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます