第3話 運命の出会いは突然に

月天はこの妖狐の里の中でも当主を父に持ち母も純血の妖狐だったため本来であれば跡継ぎとして大切にされていてもおかしくない立場だった。


しかし、月天の母は妖力も弱く他の側室や正妻たちの悪意に耐えかねて自らこのさびれた蔵に閉じこもってしまったのだ。


その後は地獄のような日々だった、妖怪と言えども何を食せねばいつかは息絶える……


母が月天を産んだ後は屋敷の者に運よく発見され妖力が現れる年齢まで屋敷で大切に育てられた。

しかし、期待された妖力は母譲りのわずかな力のみで神通力など授かるはずもなかった。


能力がないと分かれば有り余るほどいる無能な当主の息子など不要とばかりに月天はすぐに母の過ごした寂しい蔵に入れられた。


衣類も食事もまともなものは与えられず、誰も訪れない。

唯一守ってくれるはずの母すらもうこの世界にはいないのだ、生きるためにはなんでもしなければならないと幼いながらに理解した。


人間でいう五つを迎える頃には自分の容姿を使って屋敷の女中たちを唆し生きるのに必要なものを手に入れることもできるようになった。


生きるすべを身に着けたといえど、月天の世界は色のない退屈な世界のままだった。


移り変わる季節の花や屋敷に響く楽し気な声さえ心に何も残さない。


そんな灰色の日々を送っていたある日蔵を出ると草陰に一人の美しい幼子がいた。


見たこともない星をちりばめたように輝く白髪に、春を思わせる柔らかな薄紅の瞳は見た瞬間月天の世界に色を与えた。


「君……こんなところで何をしているの?」


月天は見たこともないほど美しい子供が屋敷のこんな奥深くにいることに驚いた、つい声が聞いてみたくて話しかける。


「私は紫苑といいます、兄と一緒に二日前よりこちらでお世話になっています」


紫苑と名乗った子供は嫌悪感も見せず所在無さげに草陰でこちらの様子をうかがっている。


「私はこの蔵に住んでいる月天といいます、紫苑さんはなぜこんな屋敷の奥まで?」


紫苑の声は鈴を転がしたような綺麗な声色でその美しい容姿に合っていた。



「……蝶を……美しい蝶がいたので後を追いかけていたら気づけばこのようなところまで来てしまいました」


月天はあたりを見回すが蝶などどこにもいない、もう少しこの子と話していたくて何か話題を探す。


「あの……よければ一緒に蝶を探しましょうか?」


普段であれば自分の理にならないことに一切興味を示さない月天だが紫苑ともう少し一緒に居られるのであれば居るかいないかも分からない蝶を探すのもいいかと思えた。


「い、いえ!そんなお手を煩わせるなんてとんでもございません」


紫苑は慌てて断ろうとするが、月天はどうやら乗り気なようですでに草や花の間を探し始めている。


「あの……本当に大丈夫ですので……」


紫苑は蝶を探す月天の側まで行くと月天の手を掴み視線をこちらに向けさせる。


紫苑が月天の手を掴むと月天は触れられたことにひどく驚いた様子を一瞬見せてから紫苑ににこやかに笑いかけた。


「あぁ……すいません。では紫苑さんが部屋まで戻るのを案内いたしましょうか?ここからだと客間のある建物まで少し距離がありますので」


月天は人の良い表情を取り繕い紫苑ともう少し一緒にいることができるように思案する。


「そんな!私のためにお時間をとらせるなど滅相もございません」


紫苑は普段鬼の屋敷の中で虐げられて生活しているため他人に何かしてもらうなど自分には恐れ多いことだと恐縮してしまう。


(この子恰好だけ見れば玉枝さんが言っていた鬼の当主のご子息のようだけど……)


紫苑の格好と態度が合わず月天は少し警戒する。


(もし鬼の跡取り息子ならこの態度は演技か?)


「どうせ屋敷の方へ用事がありましたのでついでと言ってはなんですが一緒に行かせてもらえないでしょうか?」


月天はいつも女中たちを誑し込むあざとい表情を紫苑に向ける。


当の紫苑の方は兄である白桜の言いつけを破りあまつさえ屋敷の方に面倒をかけるなどとんでもない失態をおかしてしまったと気が気ではなく月天の顔など意識に入らなかった。


「で、では、あの……お願いできるでしょうか」


紫苑は自分の頭で精いっぱい考えた結果、蝶を追うことに夢中でここが屋敷のどこかも分からず戻る道も分からないため月天に道案内をお願いすることにした。


月天は嬉しそうに頷くと紫苑の手を取り歩き出す。


紫苑は自分に自ら進んで触れてくる者がいることに驚き月天の顔をまじまじと見てしまう。


(忌子の私に触れるなんて……)


忌子として虐げられている紫苑は普段から触れれば不浄が移ると屋敷の者から避けられていた。


「あの、私に触れないほうがいいと思います……」

蚊の鳴くような今にも消えそうな弱弱しい声で話す。


「私は忌子なので……穢れがうつってしまいます」


紫苑は表情を暗くしうつ向いたまま月天に告げる。


月天は先ほどまでの空気と一変してひどく怯えたような紫苑の仕草に無意識に幼いころの自分を重ねた。


「あなたは呪詛されているのですか?」


自分たち妖が穢れを纏うときは誰かに呪詛されたときくらいだ。しかも七妖に数えられる妖狐や鬼であればそうやすやすと穢れを受けたりしない。


「いえ、そうではないのですが。母が人間なので……」


紫苑は次に飛んでくるであろう拒絶や罵倒の言葉を予想しぐっと身を縮こませる。


しかし、月天はなぜか納得がいったというような表情を浮かべ紫苑を罵倒することもなく身を小さくしている紫苑の頭を優しくなでた。


「そうなんですね、私はそのようなことは気にしません。私もこの屋敷では厄介者として扱われているので似た者同士かもしれませんね」


そう言って月天は優しく紫苑に笑いかけた。

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