第2話 運命が動くとき2
二人の童子を部屋へと通すと従者は後程顔合わせの時間になったら迎えに来る旨を告げ姿を消した。
「……白桜兄さま、今日からしばらくここで過ごすのですか?」
従者の気配が消えたことを確認し淡い瞳の童子が話しかける。
「そうだ、ここでは常に周りに注意しろ。妖狐は七妖の中でも妖術に長けた一族、隙を見せれば取り込まれるぞ」
白桜と呼ばれた童子は見た目は人間でいう12歳ほどで透き通るような白髪に子供ながらにも見入ってしまうほどの美しい容姿をしていた。
白桜はあてがわれた部屋の中を一通り確認すると、格子戸をあけ部屋の周囲まで気を巡らす。
「滞在中、私は何をすればいいのでしょう……」
白桜の周りにまとわりつくようにいるのは妹の紫苑だ。
紫苑も白桜と似た容姿をしており、一瞬見ただけでは双子と見間違うほどだ。
しかし、本来鬼の当主直系血族であれば出るはずの緋色の瞳だけが違う。
紫苑は鬼の当主直系の姫だが母が神人である人間の巫女だったせいで瞳の色が薄くなってしっまた。
瞳のせいで鬼のお屋敷のなかでも立場が弱く、ただ女鬼だからという理由だけで生かされている。
「お前はただ七妖参りが終わるまでここで大人しく何もせず過ごせばよい」
紫苑をみる白桜の瞳には感情は感じられず態度だけで見れば主人が従者へ言いつけるそれと同じだ。
白桜は自分の衣の袖を握る紫苑の手を振り払いそのままどこかへ行ってしまう。
広い何もない部屋に一人残された紫苑は白桜に言われた通り部屋の中で何をするでもなくただ座って時が過ぎるのを待つことにした。
しばらくすると、白桜は部屋に戻ってきて何やらブツブツと独り言を言っていた。
白桜が戻ってくると見計らったように先ほど部屋まで案内してくれた屋敷の従者が訪れ、妖狐のご当主との顔合わせの間まで案内してくれた。
部屋の前まで来ると後ろから鬼の当主である紫苑たちの父が従者を連れ現れた。
部屋の前で控えていた側使えの黒狐面の男は三人を確認すると部屋の中に声をかけ入室の許可をとる。
「では、どうぞお入りください」
黒狐の面の男は三人を当主の前まで案内する。
「やぁ、久しいな黒丸。最後に顔を合わせたのは昨年の
部屋の奥座にいたのは長い金髪とその掴みどころのない飄々とした雰囲気が印象的な女とも男とも見て取れる美しい者だった。
黒丸と呼ばれた鬼の当主は一瞬空気をひり付かせたが何事もなかったように用意された席へと座る。
「ほぉ、そなたの子息を見るのは初めてだが噂通り見目麗しい」
妖狐の当主は父の後ろに控えた白桜を横目で眺めつつ賛辞を送る。
「そういうお前の方はまた新しい側室を迎えたとか、血をつなぐ女が多いのは羨ましい限りだ」
父は冷えた目のまま妖狐のご当主とたわいもない話をする。
「女は多くともどれも後を継がせる器量がない者ばかり産みよる。その点鬼の一族は血をつなげる女は少ないが産んだ子はどれも器量よしときた。そのほうが私からすれば仕事も少なく済むし羨ましい限りだよ」
「して、本題だが今日から七日間白桜と紫苑を預ける。七妖参りが済む七日後に再び迎えをよこすのでその間よろしく頼む」
「あぁ、分かっているとも。しかし、白桜君は次期当主として七妖参りのため参じるのは分かるが紫苑君はなぜ来たんだい?」
男は先ほどまでの飄々とした態度を消し値踏みするかのように紫苑を見つめる。
紫苑は男から発せられる妖気に圧倒され生唾をのむ。
「跡継ぎは白桜と決まっているが、万が一のこともあり得るのでな」
「優秀な跡継ぎに、万が一の替えというわけかい。まったく羨ましい限りだよ。では、明日からの七日間はこの天鼓の名において白桜と紫苑の両名を預かる。話はここまでだね、久しぶりに会えてよかったよ黒丸」
天鼓と名乗った妖狐の里の当主が話し終えると庭の方から何やら
「失礼します。鬼のご当主様宛に鬼烏が参っております」
廊下に詰めていた従者がそう告げると、父は天鼓様を見ることもなく部屋を後にした。
父が出て行ったあと天鼓様は先ほどの突き刺すような空気などまるでなかったかのように私たちに一言告げると部屋を後にした。
◇◇◇
妖狐の里のご当主である天鼓様と顔合わせを無事に済ませて部屋に戻ると部屋の中には一匹の鬼烏がいた。
その鬼烏は普段から父が使いに用いている使魔だ。
鬼の当主には同族を使役することのできる特殊な能力がある、この鬼烏もその力によって使役されているのだ。
「私は火急の用が入ったので里に戻る。七日後に迎えをやるので恙なく課せられた任をこなすように」
部屋にいた鬼烏が父からの伝言を私たちに告げると姿をけした。
烏からの伝言を聞き終わると白桜は紫苑の瞳をみて真剣な声色でいう。
「いいか紫苑、これから七日間絶対に力は使うな、この屋敷の敷地内はどこもすべて当主の目と耳が効いている」
「分かりました白桜兄さま」
白桜は絵にかいたような優等生で昔から何をやらせてもそつなくこなす。
一度だって父を失望させたことはない、しかし紫苑には白桜のその完璧さが時々不気味に思えた。
今まで一度だって自分の意見を言ったことがなくまるでよくできた人形のようにさえ思える。
そのできすぎた全てがいつか黒く何かに塗りつぶされて白桜の中からあふれ出てくるのではないかとそんな想像をしてしまう。
そんな紫苑の心の底に潜む白桜への得体のしれない恐怖心がいつも口数を少なくさせる。
「私は明日より御廟所へ籠ることとなる。何かあってもお前を助けてやることはできない、くれぐれも気を付けるように」
白桜は紫苑を見つめたまま紫苑の両肩においた手にぎゅっと力を入れた。
◇◇◇
翌朝早く白桜は屋敷の者と連れ立って部屋を後にした。
この妖狐の屋敷では衣食住で不便に感じることもなく時間になればいつの間にか食事は部屋の隅に用意されており鬼の屋敷での生活と比べると極楽浄土のように感じた。
紫苑は鬼の屋敷では力も弱く瞳の色も薄い、さらに母が人間ということもあり白桜の母である本妻の夜祢から虐げられていた。
妖の世は常に力がものをいう。
力なきものは力あるものになにをされても文句は言えないのだ。
初めの一日目は白桜の言いつけ通り与えられた部屋で何をするでもなくただ時間が過ぎるのをまった。
しかし二日目になるとさすがに何もない部屋で一日中過ごすことがつらく感じ、少しばかり庭へ出てみることにした。
部屋を出て庭へ降りると色とりどりの幻想的な花が咲いていた。
紫苑が美しい花に夢中になっていると花園の中から一匹の胡蝶が舞い出る。
「あ!待って!」
見たこともない美しい胡蝶の後を追い庭の奥に進むと胡蝶は古びた蔵の方へと姿を消した。
(どうしよう……つい蝶を追ってここまで来てしまったけど早く部屋に戻ったほうがいいよね)
気づけば紫苑のいた部屋からかなり離れたところまで来てしまったようだ。
紫苑が慌てて踵を返そうとすると、前方の蔵の戸が開かれるのが見えた。
蔵の戸を開けて出てきたのは黒髪に黒い瞳、そしてまったく妖気を感じさせない不思議な男の子だった。
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