第9話 己の信念に懸けて
揺れる空気。燃え滾る炎は狼や鳥になり襲い掛かる。その炎をかき消し、その術者に確実なる傷が積み重なる。
俺は、ラルフが出す魔法を防ぐことで手一杯だった。そんな中、聖騎士のルベリ、もといベリーは、素早い動きで魔法をよけ、あるいは切り伏せ、一気に距離を詰めてその大型短剣を一閃する。その速さになんとか食らいつくラルフは、魔眼による魔法で牽制し、長剣で剣撃を受けるが、それも完璧ではない様子だ。
「くっ!」
「まだまだ行くよ!」
目に留まらない速さで動くベリーはラルフを翻弄し、ラルフの斬撃は空を切る。そうして、ラルフは徐々に後方へと追いやられ、元居たデスクの位置まで後退していく。
「さあ、もう観念して降伏したらどう!? 勝ち目はないんじゃない?」
「くっ! 魔眼の力はまだこんなものじゃないんです。その力を、ちゃんと、引き出してやらなければ、魔眼にも失礼というものです!」
そう言ったラルフは、右目を手で隠す。ベリーは少し後退し、出方を伺っているようだった。俺はチャンスだと思い、飛び出した。
「ちょ、ちょっと待って! 今は様子を見た方が!」
ベリーの忠告も聞かなかった。
「おら!」
長剣をラルフの腕目掛けて振り下ろした。刹那――再び強い衝撃波が俺の体を包み込み、後方へと吹き飛ばした。今回は背をゆかには付けまいと、足を地面に何とかつけて踏ん張ることは出来た。
「これは、さっきよりも魔力密度が濃いね。さっきみたいにかき消すのは簡単じゃなくなったかもしれないよ」
ベリーは、先ほどまでの明るい口調から一変、気を引き締めたような、少し低めの声で、そういった。
ラルフはさらに、長剣に魔力を集めたのか、黒い炎が刀身を包み、一回り大きくなった黒炎の長剣へと変化させていた。その黒い長剣は、近づくものを焼き焦がさんとするようんくぁ、鬼気迫る揺らめきを見せていた。
「さて、これで最後です。あなたたちをここで殺します。その後にあなたの仲間も殺します。少年もこの手で殺しましょう。この力の証明として、あなたたちの亡骸を裏社会に拡散します」
「させない! 絶対に少年も、アズワルドも、フェリオも守って見せる!」
ベリーはそう返事をした。その直後に、ベリーが持っていた大型短剣が緑光に包まれて、それは光の刀身となり、緑光の長剣へと変化した。その光を見ているだけで、より一層心の恐怖心がかき消される。そんな気がした。
「そうさ。ぜってぇにレアリスは殺させねえ。理不尽な力を振りまくお前は許せねえんだ」
俺も気持ちを引き締め、そして、長剣を構え直し、ベリーと一緒にラルフへと挑んでいく。
迸る雷に闇の無数のナイフ。それらは俺の体を薄く傷つけていく。今の俺はそんなことを気にする余裕はもはやなく、自分自身の間合いを維持して剣を振るう。
黒い炎が揺らめく毎にラルフの刃は俺とベリーへと襲い掛かる。攻撃の隙を埋めるように、四方八方から黒炎の剣や鳥が突撃し、俺の体を掠めていく。挙句は弾ける黒炎の鳥が俺の胴体付近で弾け、俺の体は吹き飛んだ。壁に衝突して地面に突っ伏した俺は、痛みですぐには動けない。そんな中、ベリーはラルフの攻撃をすべて避け、両手に持った光の長剣を振るい、ラルフはその度に怯んでいく。鋭い動きで斬撃の応酬を繰り出し、魔法で止めを決めようとするラルフの攻撃を全て捌き、逆にベリーは、逆手に持った長剣を下から上の方へと振りぬく。その勢いのまま、サマーソルトへとつなげ、ラルフの顎にクリーンヒットして大きくのけぞった。
「ぐっ……やはり強いですね……なら、力づくで吹き飛ばしましょう」
体勢を立て直したラルフは、魔眼の前へ長剣を持ってきて、魔力を注ぐ。そして、その長剣はさらに大きく鋭く変化し、ラルフの身長を優に超えるほどの超大型長剣へと変化した。その刀身は黒炎が凝縮されており、熱気が俺の方まで感じ取れるほどだ。
「負けない! 彼らの未来を消させたりなんかしない! 応えて、グラウヘル!」
ベリーはそういい、1対の光の長剣を掲げ、光に溶かす。そして、その光は一本の長い剣へと形をかえた。
「アズ! 君の、彼に対する想いの強さ、証明するよ!」
「え、おう!」
ベリーがそういうと、その光の長剣はさらにさらに長く、強い輝きを発する。それはもはや一人の大人が持てないであろうほどに大きくなっていた。
「それが、あなたの力ですか。かの地で、魔界封印人魔大戦を戦い抜いたあなたの力ですか」
「ううん、私だけの力じゃない。これは、アズの抱える想いの強さでもあるんだよ! アズは、かの少年に対してこれほどの気持ちを抱いているんだよ! だから、この剣は決して折れないし、消えない! あなたの盗んで強引に引き出した力には、決して屈しない!」
「いいでしょう! 証明してみせてくださいよ! 『暗闇より出でし残虐なる剣、現世に蘇り光の世界に真実の恐怖を与えん。暴殺黒剡剣(ぼうさつこくえんけん)!』
「輝き放つ心、紡ぎ出す信念、世界に溢れる唯一無二の想いを乗せて、浄化の剣は信じる世界を包み貫く! 『
一つの黒炎と、一つの光。それらの剣はお互いに交差し、衝突した。衝撃が部屋全体を包み込み、俺は飛ばされないように耐えるので必死だった。だが、その時間は長くはかからなかった。次に目に映ったのは、黒炎がかき消され、長剣の刃が空中に跳んでいた。俺は痛みを堪えで立ち上がり、ラルフの方を見た。奴は、長剣が折れた衝撃で、後方へと怯んでいた。その時、ベリーの声がはっきりと俺の耳に入ってきた。
「アズ! 最後は任せたよ!」
その声で俺はすかさずに駆けていた。地面に落ちている長剣を拾わずにただ、拳を握りしめて、ラルフの方へと駆けていた。奴の姿が近づいて行くほどに握りこぶしの力は増していき、噛みしめる力が増していく。そして、奴が俺の拳の間合いに入り、俺は大きく振りかぶった。
「これで大人しくなりやがれ!」
渾身の力を籠め、俺はラルフの顔面を殴りつけた。怒りも正義も、すべてを込めた拳は、奴の頬を捉え、そして振りぬかれる。殴られた奴は成すすべなく体が宙に浮き、壁めがけ飛んでいき、衝突して静かになった。張り詰めた空気は柔らかく、そして俺の拳は徐々に熱が引いていく。胎動する心臓の音はやがて聞こえなくなり、火照った頬の熱はいつもの熱に戻っていき、そして俺は、信じた信念を貫いた情熱から、これから成すべきことを考えるための冷静さを、取り戻したのだった。
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