第8話 俺の限界

 迸る火花。殺意に満ちた剣劇に致命傷を恐れる剣閃が宙を切り刃をぶつける。ラルフの剣技は的確かつ防ぎにくいものだった。力任せに斬るタイプではなく、隙の少ない斬撃でこちらの出方を伺っている。こちらの癖を見透かそうとしている様子が分かり、どうも不気味に感じてしまう。それでも、今の俺は剣に対する恐れよりも、レアリスを助けたいという気持ちが勝っており、自信をもって剣を振るうことが出来ている。そのためか、意外にも俺が押しているような状況となっていた。

 しばらく剣と剣がぶつかる音が響いていたが、力任せの斬撃を繰り出し、ラルフは剣で防いだが後方へとのけ反った。


「中々やりますね。部下たちの報告だと、そこまで強くないと聞いていたんですがね。どうやら、君は目的が見えていると底力を持ってくるようですね」

「はあ……はあ……理由なんて関係ないんだよ。とにかくお前を倒して、その目を取り戻すんだよ」

「そうですか。分かりました。では、それがいかに簡単にいかないかを身をもって体験してもらいます」


 そういって、ポケットから装飾の施された筒を取り出した。俺は我慢できずに走り出し、長剣を構える。その団長はその筒を己の右目まで持っていき、覗くように設置する。そして、レアリスの魔眼を反対側の穴に入れ、顔を上に向けた。構わず俺は突撃し、奴の太ももを斬りつけようと振りかぶった。その時、紫色のオーラが漂い、激しい衝撃が俺の体を捉え、後方へ弾き出した。強い力で飛ばされた俺は地面に強く倒れる。


「素晴らしい! ほんのちょっと力を意識しただけでここまでの衝撃波が生まれるなんて。魔法の才能がないわたしでも、これさえあれば街なんて簡単に、それに鍛えれば国そのものも相手に出来ますね」


 俺は長剣を持ち直し、立ち上がる。ここまでの力を簡単に出せる奴を、レアリスの魔眼をこのままにするわけにはいかない。痛みを気合で乗りきり、再び長剣を構えた。

 だが、そこからは先ほどまでの状況とは一変した。ラルフは剣でなく魔眼に宿る魔法を駆使し始め、俺はその魔法に翻弄されて何度も床に背中を付けることとなっていた。


 炎の拳に闇の衝撃波、俺は剣でかき消そうとしても全ては消えず、ダメージはひたすらに蓄積していく。そして、麻痺の牙を持った雷の狼にかまれ、しびれが脚を縛り、ついには動けなくなった。


「これは癖になってしまいますね。自分の魔力をほとんど使わずに、目に宿る魔力だけでこれほどの力を操れるとは。科の少年にはやはり勿体ない。この力は最大限生かさないといけない代物ですよ。この目の価値が分かる、私のような大人がふさわしい」

「へ、冗談きついぜ。お前が、その目にふさわしいだって?」

「そうです。少なくとも、この目は子供が持っていて良いものではないんです。歴史的に見ても、魔眼狩りというものは行われていたとされる記述もあるんですから」

「はっ。それだったら、あんたは悪い意味で古臭すぎる。あんたの暴力的な硬い頭よりも、レアリスの価値観と自制心の方がその目の良い価値を見出せる。それになにより、あんたの目的のために、レアリスが死ぬなんて、絶対に許せねえ。大人が子供を殺すのがおかしいことが、あんたには分からないんだよな」

「ええ、少なくともわたしは、人の命は等しく軽視していますし、わたしの目的は他人には理解できないでしょうね。それに、あの少年が魔眼を使いこなしたとして、本当に平和的な使い方をすると思えるんです? 会ったばかりの物静かで心を隠す少年に、そこまでの信頼を寄せられるんです?」

「ああ、お前よりは格段に信頼できるね。レアリスの目を見れば分かるさ。それに、少なくとも俺たちがレアリスを守っていく。ダメなことはダメだと、俺は教える。それが、”彼を助ける”っつう、依頼の最終的な到達点だって、俺は思ってるからよ。お前の想っているようなことには絶対にさせない」

「それはそれは大層なことを。見た目と言葉使いに寄らず結構な性格しますね。それでは、そんなあなたはここで朽ち果ててもらうに限りますかね。生きながらえたらわたしたちの障害になるのは明白ですし!」


 ラルフは言葉を終え、魔眼を再び紫色に輝かせる。そして右目を中心に表れた中魔法程度の魔方陣から、俺の上半身を包むほどの炎の塊が出現した。ラルフが操るその炎は4足有翼のドラゴンの姿となり、その牙と爪を鋭く構え、俺の方へと一直線に飛来する。その場から動こうとするが、麻痺のせいでまだ足が思うように動かない。そして、ドラゴンはそんなもがく時間もないほどの速さで迫っていた。


(ここまでか)


 頭の中はすでに諦めていた。俺は目をつむり、炎の攻撃を受け止めることに専念しようとした。その時。


「大丈夫! まだ終わらないよ!」


 聞き覚えのある声が聞こえた。それと同時に、前方にあった炎が宙で散っており、そこには、あのマントフードをかぶった女性が、両手に大型の短剣を逆手で構えていた。フードは激しい動きによるものか、脱げており、背中の方へと垂れていた。


「あんた、なんでここにいるんだ!?」

「それはまた後で! 今は、彼の魔眼を取り戻すのが先、でしょ!」


 彼女はそう言い、俺の方へと視線を向ける。ショートの髪が浅く揺れ、首に巻いている緑のスカーフが宙を撫でる。愛嬌のある笑顔が俺の心までも温かく光らせているように感じた。


「へっ。そうだな。そんじゃ、とりあえずあいつをなんとかするぞ」


 俺は長剣を構え直し、その女性の隣に位置どった。ラルフは先ほどまでの余裕な表情から一変、驚いたように視線を女性へと向けている。


「そうですか。まさかあなたに勘繰られていたとは。これは、フェゴールも存続が危ういかもしれないですね。カトレア国の聖騎士、ルベリ・ラビットアイさん」

「この青年から話を聞けなかったら多分まだ見つけられなかったよ! でも、彼が私にこの出来事を教えてくれた。だから、ここまで来れたんだ! さて、犯罪組織フェゴールも、今日で終わりにするから!」


 カトレア国の聖騎士と呼ばれたルベリは、はきはきとそう答え、そして駆け出した。俺も、彼女の後に続くように駆けだすのだった。

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