第7話 対峙

 アジトは予想以上に規模が大きく、広かった。入り口に入ってからしばらくたつがまだまだ盗賊団の団長が居そうな部屋にはたどり着けてない。アジトの地図は手に入れて、大体の位置は分かったが、自分たちがどこにいるのかがはっきりとは分からないのだ。入り口まで戻るのもリスクがあると考え、部屋の特徴と照らし合わせて進むしかない。

 盗賊団員たちは相当な数がいる様子だが、出来る限りの隠密で無力をして言っているために、今のところはまだ侵入はばれていない。気絶させた奴らはフェリオが持ってきた睡眠薬によってしばらく起きないようにしているが、それも個人差があるためにいつ起きるか分からない状態だった。


「レアリスは大丈夫か。疲れてないか」

「うん、大丈夫、だよ。いざとなったら僕も戦えるようにしてるよ」

「いやいや、レアリスは戦わなくていいんだよ。いざとなったら隠れるんだぜ。お前なら多分換気口とか伝って外に行けるだろうしな」

「そうですね。僕たちのことは、特にアズのことは全く考えなくていいので、逃げるんですよ」

「その言い方は本当、鼻に触るな。俺には皮肉を言ってないと気が済まないのかよ全く」

「さあ、どうでしょうね。それよりもほら、今は無駄口言ってる状況じゃないはずですよ。集中しましょう」


 フェリオはそう言いつつも、道のわきに置いてあるたるや木箱に、何かを設置していた。

恐らく、フェリオの保険かなんかだろう。それが役立つ時が来ればよいと思うが。


「しかし、アズも性格が悪いですよね」

「何がだ?」

「だって、寝かした盗賊団員の目の前に虫のおもちゃをぶら下げるなんて、質の悪い悪戯ですよ。僕はそんなことしませんね」

「お前だって通路に何かしら設置してるだろ。それに俺のも戦略的意味があるのさ」

「一体、どんな?」

「起きた奴らは必ずそれを本物だと間違える。驚いた奴らは急な動きをする。頭を壁にぶつけて意気消沈する。ほら、時間稼ぎにはなるだろ」

「なるほど。まあ意味を考えてあったなら否定する気はないですよ。色んな意味で。アズの作戦がうまく行くことを祈りますかね。祈りつつも僕は僕の保険をかけておきますし」

「そうだな。そうしてくれよ」

「僕は、良いと思うよ。人を傷つけない仕掛け」

「……そうか。レアリスは優しいな。やっぱり、魔眼はレアリスのような子が持つべきだな」

「どうして?」

「今持ってるような悪人に使わせたら、人を傷つけるだろ。でも、レアリスは、人が傷つくことがどういうことなのか、考えてくれてる。だから、そういう考えてくれる人に、魔眼は宿るんじゃないか。だから、魔眼はレアリスに返さないといけねえんだ」

「アズも、本当、良いことを考えますよね。僕も同感です。さあ、早く取りもどしに行きましょう」


 フェリオに背中を押され、俺たちは再び道を進み始めた。レアリスの大人びた考え、価値観は、俺以上に大切にしなければけないことだと思う。当たり前のことを当たり前のように口に出すことは、時間が経つにつれて忘れてしまう大切なこととなるのだと、まだまだひよっこの俺は感じていた。


 それからしばらく、最初にいた敵たちの姿がいつの間にか確認できなくなり、不自然に敵に会うこともなく、大きな部屋に入っていた。中央には大きなテーブルと椅子が置いてあり、会議でも出来そうな部屋だった。


「アズ、奥のドアを見てください。恐らくあそこ、幹部とかがいる部屋だと思いますよ。お目当ての団長さんならなお良いんですがね」

「でも割と部屋を見て回ったし、あそこにいるさ。俺は信じてるぜ」

「その言葉はこれで10回くらいですけどね」

「……なんか、奥の部屋を見てると、右目の当たりが痛いよ……」


 レアリスは右目を抑え、奥のドアを指さす。苦しそうにするレアリスを、俺は頭を撫でて慰める。


「大丈夫か、レアリス。そっか、レアリスがこうなるってことは、多分あそこに魔眼があるんだろうな」

「ま、そう信じた方がまだ心持は良いですけど。それならこの部屋にも罠があるかもしれないですし、ゆっくりと動きますかね」


 フェリオの提案通り、俺らはゆっくりとそのドアへと近づく。そして、何事もなくドアの前まで近づくことが出来た。上部の看板には、頭領室と書かれている。


「なんだ、何もねえじゃんか。うし、このままいくか」

「いや、待ってくださいアズ。そのドアにも何か仕掛けがあるかも――」


 フェリオがそういい、俺もドアノブに伸ばした手を止めた瞬間、ドアの上部から急に眼球が飛び出した。その眼球は俺らをまじまじと見渡し、そしてその後に耳をつんざくような警報を鳴らした。


「くそ! 触れてもねえのに!」

「触れなくても感知できる仕掛けとか、なかなかに巧妙ですね。まずいですよ。恐らく敵はこの瞬間に備えていたのかもしれないですね。道中人がいなかったのも、侵入がばれていたのかも」


 フェリオは神妙な顔つきで手であごを撫で、俯く。俺は長剣に手をかけようとしたときに、フェリオの手が俺の手を止めた。


「アズは行ってください。ここは僕が食い止めます。大丈夫、設置した保険もあるし、アズよりかは戦闘のセンスはあると自負してますからね。ほら、レアリスも一緒に行ってください」


 フェリオは俺に背を向け、盗賊団員たちが押し寄せる音と向き合う。弓を構え、魔具を一握り掴み、魔法の矢を弓に番えた。


「フェリオ。馬鹿言うなよ。いくらなんでも一人じゃ」

「大丈夫なんですって。僕には秘策がある。何も準備せずに来てるわけないじゃないですか。あずじゃないんだから。ほら、あの保険ですよ。僕だけでも勝算があるから、先をアズに譲ってるんです。僕の実力、知ってるでしょ? まさか忘れた何て言わないですよね」

「フェリオ……ちっ、分かったよ。悔しいが、お前のセンスは知ってるつもりだしな。だけどな、ひとまずは死ぬなよ。これだけは言わせろな。すぐに戻るからよ」

「ゆっくり団長さんとお茶しててもいいですけど、まあ好意的に受け取っておきます」


 俺はそう言い残し、頭領室と書かれた扉を開いてレアリスと中へと入った。中はかなり広い開けた空間だった。小さな闘技場とでもいえるくらい、円形に広がり、物も整理されている。


 その部屋の一番奥に、長机に腰を預けている一人の男性がいた。腰には標準的な長剣が携えており、盗賊に見合うような軽装備をしている。


「あんたが、フェゴールの団長なのか」


 俺が聞こえるように、空間に響くほど大声で呼びかけた。その男性は、ゆっくりと俺の方へと視線を向け、明らかな愛想笑いを浮かべて口を開く。


「まあ、そうだね。そうだよ。わたしが巨大盗賊組織の総統領のラルフっていうもんです。今後とも覚えてもらえればと」


 変に丁寧な言いように少しばかりか違和感と気持ち悪さを覚える。こいつが、レアリスの魔眼を奪った、凶悪な犯罪組織の団長。正直、そこまでの凶悪性は今は感じなかった。だから、多分、これからその凶悪的な側面を垣間見ることになるのだろう。その見えない気持ち悪さを抱えて、俺は長剣を抜いたのだった。


「だったらなぜ俺がここに来たのか大体の理由は分かるだろ。少年の魔眼を返してもらう。てめえのような人間の屑に、彼の命まで盗ませてたまるかよ」

「ああ、あの魔眼ですか。あれはとても純度の高い魔眼でしたよ。取引でも高額値が付きましたし。まあ、金に換えることのために奪ったわけじゃないのは、ここまで来た君ならもう知ってると思いますがね」


 その団長も言葉を紡ぎながらも長剣を抜く。その長剣の刃から、刺すようなほどに冷えた冷気が宿っていた。


「ああ聞いたぜ。お前のお喋りバカな部下が言ってた。魔眼の力を盾に、好き放題出来るようにするんだってな。犯罪やったって騎士団は動かず、お前は人の命を金に換えて豪遊する。そんで、裏社会の人間たちに示したいんだろ。俺はこんなに強いんだぞってな。は! 幼稚な考えだぜ全くよ」

「お前の意見なんて関係ないんですよ。わたしはわたしの成すことがあり、それに向けて動いている。別にお前の理解なんて求めていないんですよ。それに、お前はわたしと話に来たわけじゃないんでしょう。ほら、目当ての目はこれですよ」


 その団長は懐から小さな箱を取り出し、中身を手に持つ。そこには、瞳がレアリスの橙色の瞳を持った眼球がそこにはあった。


「僕の、目だよ。右目が、すごく痛い……」

「大丈夫かレアリス。――やっと見つけた。あとはお前を半殺しにでもして返してもらうだけだな」

「確かに。でも、そんな簡単に出来るなんて思ってないですよね」



 そう言って、そのラルフは態勢を低く取り、俺に向かって駆け出した。俺も長剣を構え直し、そして、少年の命を懸けた小さな戦いが、始まったのだった。

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