第6話 敵陣へ

「おい、侵入者だ! 囲め!」


 俺が出口まで進んでいた時、十字路の右側から男と鉢合わせをしてしまった。俺は瞬時に殴り、出口まで一直線に走ったが、開けた部屋に出た時に、男たちに囲まれてしまった。


「おい、お前なんなんだ! どうしてもこうもお前の顔を拝まなきゃいけねえんだ!」

「運命の出会いってことじゃねえの。俺は全く嬉しくはないね。お前のような人間の屑の顔なんざ、見たいという奴なんていないだろ」

「本当に腹立つことしか言わねえなてめえ! まあ、いいさ。ここは俺たちの休憩場所だ。お前の仲間は来ねえ。ここで袋叩きにして臓器売買に回してやる! 行くぞお前ら!」


 フェゴールの団員が再び号令をだし、男たちが一斉に俺に接近し囲む。相手は拳で来ているため、こちらは長剣を使うわけにはいかない。俺はまだ長剣で敵を無力化出来るほど強くはないし、なにより人殺しには絶対になりたくはなかった。それに、敵に奪われるリスクも、手に持っている状態よりかは鞘に納めた方が低いと考えて、そのまま俺も素手で応戦する。


 前の奴らが殴りかかってきたらそれをブロックしてカウンターを入れ、ブロックをする余裕がないときはなんとか体を動かして避けていく。だが、今回は場所のこともあり、流石に人数の分が悪かった。背後から俺の両脇から腕で押さえられ、ボディブロウを入れられて俺は静かになった。痛みで声が出せず、力も入れづらくなる。


「お前の威勢も、結局は人数で押さえられちまうものなんだな! おい、なんとか言えよごら!」


 フェゴールの男が喚き散らし、俺の顔を何発か殴る。鈍い音が聞こえ、痛みが同時に襲ってくる。だけど、顔よりももっと痛む箇所があった。男たちの嬉しそうな声が聞こえる度、痛む場所があった。それは心臓だ。もっと言えば、多分気持ちだ。糞みたいな人間に、人の自由を奪うような人間に、なにより一人に対して圧倒的な人数で、暴力を無意味に振るう奴らが喜ぶことを、俺は許している。そのことが、どうしても許せないし、心が痛むんだ。


「……おい、お前。最近襲ったある少年の右目を奪った奴らの仲間なんだろ。今、その右目はどこにあるんだ」

「は、何言ってんだかわかんねえな! 目なんざコレクターに売るために大袋に入るくらいに奪ってるしな! それも必ずお頭に見せるし、お頭も今はここじゃなくて近くのアジトにいるしな!」


 男が言い終わると、再び俺の顔を殴り、俺は黙り込んだ。だが、何とか力を振り絞って質問した甲斐はあったようだ。こいつのお喋りバカのおかげで、少年の目がどこにあるのか、少なくともヒントは得られた。


「ああ、もう飽きたぜお前の顔はよ。お前のその洒落た剣でそろそろ切り落としてやるか」


 フェゴールの男がそういい、俺は膝まづかせられ、頭を押さえられる。そして、男が俺の長剣に手をかけた瞬間、その手は視界から急に消えた。同時に俺の体を抑えていた手も消える。何が起きたのかと周囲を見ると、そこには、酒場で情報をくれたあのマントフードをかぶった女性がいた。彼女は目で追うのがやっとのほどの速さで動き、軽やかな身のこなしで男たちの拳をかいくぐり、反撃を的確に入れていく。その俊敏な動きによる猛攻により、男たちは地面に突っ伏し、静かに寝ることによって戦闘は終わった。

 その女性は酒場の時とは裏腹に、今回は静かに立ち去ろうと歩き出していた。


「ちょっと」


 俺はとっさに言葉をかける。女性は止まり、俺の言葉を待っているようだった。そんな時にでた咄嗟の言葉は、


「その、ありがとう」


 感謝の言葉だけだった。女性はなにも反応せず、そのまま駆け出して出ていった。俺もこいつらが起きる前に出ることにした。


「アズ! 遅いから心配しましたよ」

「ああ、待たせたな。あのバカたちがアジトの場所を話し合ってた。ここから南の洞窟だってよ。そこにボスがいて、多分レアリスの目もあると思う。……そういえば、他に誰か出てこなかったのか?」

「ああ、いや、みませんでしたね。誰もここに入ってないし、誰も出てこなかったですよ」。それよりも、急ぎましょう。レアリスの残された時間もどのくらいなのか分からないことですし。殴られた様子ですけど、アズならまだ動けますよね」


 フェリオの言葉で、俺はレアリスの顔を見る。彼は、何も問題ないように、眉一つ動かさずに俺の視線に応えるように俺のも目を見ていた。恐らく彼は、今までもそうやって、自分の感情を表に出さないように表情を操作してきたんだろう。だが、明らかに、彼の額には汗が滲み出ていて、呼吸も微かに肩でしていた。明らかに辛そうな様子の彼をみて、痛む心を脇に置き、俺は彼の目線までしゃがんで、伝えた。


「安心しろよ。俺が必ず、レアリスの右目を取り返すからよ。だから、それまで頑張ってくれ。絶対に死なせるものかよ」


 俺はレアリスの頭を撫で、力強い言葉を彼に伝えた。彼は、唇を強く結び、でもなにも言わず、夜に近い夕日の色をした目は、俺の目をずっと見ていた。


 その洞窟は村からさらに南の方向へ行った森の中にあった。そこはいかにも後付けでつけられたであろうドアが、俺たちを歓迎しているように見える。


「なあフェリオ。どう考えてもおかしいよな」

「ええ、流石のアズも気づきましたか。外の見張りが一人もいないですね」

「もしかして……なにかがあったのかな」

「まあこの際罠じゃなきゃ理由はどうでもいいさ。罠だったら最悪だがな」

「そうですね。それじゃあ、慎重を考えて、またアズが一人で行って罠にかかってきますか?」

「おいおい、そりゃないだろ。ちゃんとみんなで帰れる作戦を考えろよな」

「道中に考えてこなかったんですか? てっきりアズが考えてるかと」

「いっ……。そうだな。俺が先行して、フェリオとレアリスが後ろからついてくる。どうだ?」

「まあこの装備と持ち物じゃ、出来ることも限られますしね。じゃあ僕たちは後ろからついていって、帰り道のための細工でも考えますよ」

「間違っても俺が戻る前に爆破とかはやめてくれよ」

「大丈夫ですよ。流石に、レアリスの目を取り戻すまではそんなことはしないですよ」

「おいおい、頼むぞ。――それじゃ、行こう」


 そうして、俺たちはフェゴールのアジトへと乗り込んでいった。レアリスの目を取り戻し、そして彼の両親を殺したことの報いを受けさせるために。何より、俺の信じる正義のために。

 木製の軽いドアをゆっくりと開け、薄暗い洞窟の通路へと溶け込んでいった。

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