第5話 手がかり

 ギルドを後のした俺たちは、魔眼少年……レアリス・ノーマイヤを連れてひとまず俺の部屋に戻ることにした。街は夜に向けて準備を始め、商人団の荷車の通りが徐々に少なくなっていく。俺たちは大通りを抜け、ギルドのある区画の向かい側の方へと歩いていった。


「さて、これからどう動きますね。派手に動くのは避けた方が良いとお思いますけど」


 俺の部屋につくやいなや、フェリオが椅子に腰かけてそういった。。レアリスはベッドに寝かせ、彼は俺の方をじっと見ている。


「情報が集まりそうなところなら知ってるから、俺がそこに行って情報を探してくるさ。だからレアリスはもう寝ろよ。フェリオが寝るまで一緒にいてくれるだろうからな」

「え、そうなんですか」

「一人にするわけにはいかねえだろ。ほら、文句言わずにここに居ろよ」

 

 俺はフェリオの回答を待たずに再び夜に染まった街へと繰り出していった。俺が向かうのは、ベロカーラで最も夜の店が所狭しとひしめく通り、いわゆる酒場小路と呼ばれるところだ。

 夜の酒場小路。ここはいつ来ても人が活気左官に出入りしている。ここは日中で頑張った人たちの憩いの場。そしてストレス発散の場だ。今日も今日とて店から声が一つの大きな音として漏れ出て、夜空を彩っていく。そこには規制なんてものはない。そう、それが裏社会の人間であっても、良くも悪くも受け入れているのだ。だから、夜の酒場、特にそういう人間が好みそうな店に行けば、意外に酒に酔ったフレンドリーな盗賊や黒騎士たちがはびこっているものだ。俺たちの追う盗賊団の情報が最も手に入りやすい環境でもあるだろう。出来る限りトラブルは避けながら、確実に真実に近づくために、ある一角にあるバルへと足を踏みいれた。


 中はそれなりに繁盛しているようで、1階はほぼ席が埋まっていた。グラスや木杯を手に、声がこだまして騒音となる。俺はカウンターでワインを頼み、それ手に2階席へと上がり、空いている席が無いかを探す。その中で、一人の男が木杯を持って一、マントフードをかぶった人物と大声で話している姿が目立ち、俺もそいつの様子を見ていた。


「なあ、本当だって! ちょう上手い取引があるんだって! だからさ、少し話をきいてくれないかな!? ほら、ここも俺が持ってやるからさ!」


 話しにあった取引という単語から、こいつは盗賊なのだと思った。その男が一方的に誘っているようで、マントフードの人は両手で明らかに遠慮している仕草をしていた。挙句は男がその人の腕を掴んで離さなくなり、見かねた俺は、ポケットから悪戯用に常備している下剤を入れて、その男に近づいた。


「おい、その人が困ってるだろ。消えろ」

「あ? なんだいお前。楽しい時間を邪魔すんなよ」

「……」

「ほら、こいつをおごってやるからさ。向こうにいる美人の旅人をナンパしてこいよ」


 そういって、おれは手に持っていたグラスを盗賊に渡す。その盗賊はおごるという単語に反応し、にやけ顔でグラスを手に持った。


「へ、しょうがねえな。そんじゃあな、その男に良い子してもらいな」


 意味の分からない吐きセリフを置いて、窓際のテーブル席へと歩きながら、一口くいっとワインを飲んでいた。そのワインに、無味無臭の下剤が入っていることにも気づかずに。俺は悪戯な笑顔のまま、そのマントのフードをかぶった人物のテーブルに座り、その人物に向き合った。


「見てたよ! あなたブレンドのワインがあればトイレに病みつきだね!」

「飲んだ後のパーティー会場はトイレの中だな」

「一人だけのパーティーになるね! 助けてくれてありがとね!」

「いえいえ、声からして美人そうだったし、男なら困ってる女性を助けるのは当然のことっすからね」

「君は心もイケてるね! お礼に飲み物とつまみでもおごるよ!」

「お、それじゃお言葉に甘えて」


 俺は店員にエールビールと簡単なつまみを頼み、運ばれてくるまでお互い静かに待つ。運ばれてきたエールの木杯を手に持ち、小さくそのマントフードをかぶった女性と乾杯した。その女性はアルコール度数の弱いカクテルをグラスで飲んでいた、


「君は一人で飲みに来たの?」


 2口ほどグラスを傾けた女性は、その明るくそこに力を秘めているような通る声で、俺に問いかけた。


「まあ、そんなとこっすね」

 

 最初は適当に流そうと思っていたが、ダメもとであの盗賊団のことを聞いてみようと考え、その話題を出してみたあ。。


「ま、ついでに情報収集でもできればなって思ってたりもしてるんすけどね」

「へえ、情報収集ね! 確かに、この街だとこの酒場が一番、ある意味いろんな人たちが来るもんね!」


 女性は一息つき、グラスの中身を飲み干した。そして、体を俺の方へと近づけ、声のトーンを落として続ける。


「それで、どんな情報が知りたいのかな? もしかしたら協力出来るかもしれないからさ! 助けてくれたお礼の一環に聞かせてよ!」


 女性は興味津々にどんな情報が知りたいのか気にしている様子だ。まあこの様子なら少し盗賊団のことを話しても大丈夫そうだろうと、ただの直感で感じた雰囲気でそう思い、俺は本題へと入った。


「実は、ある盗賊団を探してるんすよね。そう、かなり乱暴で、人の目玉を盗んじまうような、そんな極悪極まりない奴らさ」

「うわぁ……それはひどい組織だね……うーん、でも、私が知ってる限り、凶悪な盗賊団は結構な数がいるから、もう少し絞り込めそうな何かがないと分からないかなぁ」

「他の手掛かりか……いや、ないな」

「そっか! それなら、ごめん、特定は難しいな! だから、ひとまず過激盗賊団の名前をピックアップするから、参考にしてみてよ! あまりお役に立てなくてごめんね……」

「いや、全然大丈夫っすよ。俺が頑張ればいいだけだし、ほんと、ただの聞き込みのつもりだったんでね。」

「また何か分かったら教えるよ! しばらくここにいるし、結構な回数でここにくるからさ! それじゃ、私は行くね! よい夜を!」

「ああ、そっちも良い夢を」


 女性はそう言って、酒場を後にしていった。俺は女性が店を出るまで背中を見送り、机の上に置いてあったメモを持って酒場を出た。


 夜風が仄かに体を撫で、ため息が出るくらいに静かで心地よい路地を歩き、家へと戻っていく。空は遥か彼方にまで届く光を持って黒いキャンパスを彩っていた。星空の知識は一般的なものしか知らないが、こうやってふと夜空を見上げるのは、嫌いじゃなかった。


「お帰りなさい、アズ。レアリスが寝た後に僕も少しだけ情報収集をしてみたんですけど、僕の方は全くと言って良いほどに無収穫でしたよ全く」

「そっか。まあしょうがないだろ。手がかりがないんじゃあな」


 俺は小さな借り部屋のドアを開く。レアリスはベッドにはいり、静かな寝息を立てていた。フェリオはレアリスを起こさないように俺と一緒にベランダへと出た。


「手がかりはない。確かにそう考えるしかないですかね。……あれ、アズ、アルコールでも補給したんですかね? 酒とくそ人間の匂いが口から溢れてますけど」

「くそ人間は余計だろうが。――俺は酒場で手がかりを探そうとしたんだよ。酒場は裏の人間も集うところだって、信じてるからな」

「まあ、別に悪いとは言ってないですがね。それで、手がかりはありましたか」

「これをみてくれ、ある女性から、過激活動をしている盗賊団をいくつか教えてもらった。もしかしたらこの中にあるかもしれない」

「ふーん。“ある女性”ね。女遊びも悪いとは思わないですが、少年の彼には内緒ですよ?」

「あのさ、フェリオからみて俺は一体何なんだ? まるでよくある悪党のイメージでも持ってるのかよ」

「はは、そんなことはないと思いますよ。それより、このリストにある盗賊団の名前、僕も聞いたことのある組織もいくつかありますね。どれも相当な規模の組織ですがね。お抱えの団員も盗賊団を形成している、いわゆる大元の組織の名前ですね」

「なるほどな。つまり今の時点じゃなにも分からないってことだよな。はあ……今日はもう寝るか」


 俺たちはベランダから部屋へ戻り、そして眠りについた。明日には何かしらの情報を掴み、右目を取り戻すことが出来ると信じて。


 その日も個々に情報収集をすることとした。レアリスは家に置いておくのも心配なので、ギルドのあの受付嬢のもとにフェリオが連れて行っている。さて、俺はどうしたものかと頭を抱えながら、小路を歩ていた。


「おい、お前!」


 その時、裏背後から男の怒声が聞こえた。なんだか面倒そうな雰囲気があり、ふざけた返答で様子を見ることにした。


「あ、なんだ? 俺のファンか? いやー俺も有名になったもんだな!」

「おふざけをするつもりはない! 昨日の夜、酒場で下剤を持っただろ! あの後大変だったんだぞ! 女たちと楽しく飲んでいたのが、途中で原下して朝までトイレ詰めだったんだぞ!」

「おうおうそんな怒るなって。そもそもなんで下剤ってなる? ただの腹を下したって、なんで考えないんだよもう」

「俺は色んな薬を飲んできた。だから下剤が盛られた体の状態も分かる! あのフェゴールの構成員である俺に薬を盛ったんだ。あのガキみてえに容赦しねえぞ! おい、お前ら!」


 男の呼び声とともに、家々の影から男たちが3人、軽4人の男たちが、俺を囲い、勝ちを確信して見下すようににやにやと笑っている。喉かな日の午後のはずが、張り詰めた寒気を感じる。表情こそ余裕の笑顔を見せてるが、密かに額から冷たいしずくが滲み出る。


「大の大人がこぞって年下を囲って暴力か。全く、素晴らしい大人だな全く。教科書で見せてやりたいな。最低な大人って題目でよ」

「ほざけ。やれ!」


 男の号令で男たちが一斉に襲い掛かる。武器こそないが、拳という鈍器を持って。


 流石にこの人数だとそちらにしても厳しいだろうが、目の前の男2人に向かって行く。男たちの拳や脚が所狭しと襲い掛かり、俺は何とか弾いていく。こちらが無理に攻めても隙を見せるだけだと考え、最小の動きを意識して攻撃を見極めていく。それでも俺の体には打撃がいくつも入っていく。


「全くなんでこんな面倒なことになってるんですかねアズ」


 その時、上の方からフェリオの声が聞こえた。それと同時に目の前の男が一人、魔具の矢によって拘束された。その姿を見て油断した男を俺は殴り倒した。後ろを見ると、残りの男たちも魔具の矢によって拘束されていて、地面と抱き合ってる男たちがいた。


「ちょうど通りかかってくれたよかったぜ」

「たまたま尾行されてるのに気づいたから僕も動いたんですよ! 全く、アズは尾行に気づくのがダメダメですね。僕がいなかったら大変でしたよ」

「まあ、今回は礼を言っておくさ」

「礼を言っている間に、あいつらはもう逃げ始めてますよ」


 見ると、俺に難癖をつけて来た男を先頭に仲間たちが一目さんに逃げていた。


 どうにも違和感を感じる奴らだった。“”あのガキ“といい、”フェゴール“といい、気になることを言っていた。


「なあフェリオ。あいつは気になることを言っていたんだ。あのガキとか、あと、フェゴールって名前も言っていたんだ。心当たりあるか?」

「フェゴールですか。それは多分、大きな盗賊団の名前ですね。目的のためならどんな非人道的なことも平気でこなす糞の集団ですよ。金品盗難に人身売買に臓器売買、機密情報のやり取りに殺しも。世間では犯罪と言われてることの限りをやってます。それこそ、アズと比較したら天と地の差があるレベルですね」

「俺を引き合いに出すなよな。犯罪なんて、……小さな若さの罪はそりゃあるけどな。とにかく、あいつは、フェゴールの構成員だって言っていた。あのガキって言葉もどうにも気になるんだ」

「全く、正直に言えばいいじゃないですかね? “あいつの後を付けたい”って」

「ああもう、少しは順序よく話させろって。まあ、そういうことなんだけどさ。じゃあ、フェリオ、あいつの後を追うぞ」

「了解ですよ。それじゃ、今からでも行きましょう。僕のこの魔導器矢はある程度の距離なら位置を探知できますし、まだ有効距離内にいるので、走っていきましょう」


 抜け目のない行動をするフェリオにいやいやながらも感謝をせざる負えない。なんだかんだ言ってもしっかりと後のことも考えている辺り、根は慎重なのか。フェリオのことが少し分かった気がした俺は、マイバッグを背負いなおし、奴らが逃げた方向へと駆けだろうとした。まさにその時、壁の影から、あの少年、レアリスの控え目だが相手に届けようと必死に出した声が、聞こえた。


「あの、アズワルド兄さん」

「ああ、レアリス。どうしたんだ? ギルドのあの怖いお姉さんと一緒にいたんじゃなかったか?」

「えっと、抜け出してきたんだ。だから、その、えっと……」


 なにか言いたげだが、その言葉は簡単に彼の口から通ってこない様子だ。奴らの追跡のことはあるが、俺はしゃがんで、同じ目線で、彼の言葉を少し待つことにした。その言葉は、そこまで長くは待たなかった。


「僕も、一緒に行く。これは、もう決めたことなんだ。僕のお父さんとお母さん、そして僕にあんなことをした人たちを、このままにしておけないし、僕も行動をしたいんだ。――アズお兄さんの、力になりたいんだ」


 やつらに抜かれ左目しかなくなった彼の瞳は、より一層真っすぐ、そして、熱を持っている。控え目なのに、人を抑えるほどの力強さを持っていた。まだ学校に通っているはずの少年に、ここまでのことを言わせる奴らはなお許せないが、ここまで決意をした人を、ダメだと一言で制するような人卑怯な人にもなりたくない。俺は、答えた。


「分かったさ。ま、もしかしたらそういうかと思っていたし、俺は真っ向から否定する気はない。だけど、一つだけ。絶対に俺たちから離れない、一人で行動はしないこと。いいな?」


 彼は大きくうなずき、そして、俺の背後に回っていく。そして、フェリオを先頭に、奴らの後を追い駆けていった。

 朱い空から青黒い空へと変わっていく夕刻。俺たちは国境外れの村近くにある地下洞窟に入っていた。

 フェリオの探知の結果から、ここに奴らが入っているとのことだ。中の構造までは分からないみたいだが、ここにいるのは確実なら、やりようはある。



「それじゃあ、俺が一人で潜入して、この魔具で盗聴してくるさ。フェリオとアリスは入り口の見張りを頼む」

「そうですか。じゃあ、僕たちは入り口でのんびりと見張りをしてますよ。確実に出られるようにね」

「アズワルド兄さん、その、気を付けてね」


 そうして、俺は洞窟の中に潜入した。最初は慎重に歩いていたが、人気がほとんどなく、

 あの数人の男たちしかいない様子があった。俺は、そのまままっすぐに道を進み、ドアにい行きついた。すぐに俺はフェリオから受け取った盗聴の魔具を取り出し、ドアに近づけた。中からは、今日俺は襲撃した男たちの声が聞こえた。


「それで、あんたらのボスは一体あの魔眼を使って何をしようとしてるんだ? 儲けるんならもっと別の方法があったんじゃないか?」

「違う、儲けるために手に入れたわけじゃないんだよ。俺もまだ半信半疑だが、どうやら、あの目を使って裏社会のトップを張るつもりらしい。従うものを受け入れて、従わないものは問答無用で殺す。それか洗脳して使い捨ての駒にする。ボスは未来の儲けのために、地位を狙い始めたのさ。裏社会でのしあがって、挙句は国と裏取引で膨大な富を得ようとしているのさ。手始めは、ノーサイト公国の首都さ。それも、魔眼をを手に入れた今、もうあと少しで侵攻が始まるんだ」


 信じられるか。そんな子供が「せかいせいふく」って夢を語るような、そんな現実感のない、内容だった。だが、フェゴールという残忍な盗賊団の統領が、魔団という絶大な力を得た今、それがまったくの絵空事だと吐き捨てるには、勇気がいることだった。


「だから俺たちもすぐに戻らないといけない。この町は実質的に俺たちが支配しているが、安全なわけじゃないからな。大丈夫さ。本拠地はここから南の方向にある洞窟だ。心配すんなって。俺がボスに話を通せば、晴れてお前たちもフェゴールの一員さ。未来の支配者の仲間になれる。だから今は休んで、深夜に移動するぞ」


 そこで会話は終わり、誰かが部屋を出る音がした。俺は、静かに、だが動いてもいないのに激しく鼓動する心臓を抱えて、フェリオたちの元へと戻ろうドアから離れてっ道に戻ったのだった。

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