第4話 気に食わないからさ
俺たちはその少年を背中に乗せベロカーラへと帰還した。道中の景色や通行人の目線を気にしている余裕なんてなかった。空が夕暮れを知らせる橙のカーテンを広げ始めた時間帯、夜飯を考え始める時間に俺たちは街門をくぐり、ギルドの一番近い地下入り口へ飛び込んだ。
「あら、やっと帰ってきた……って、その背中の子が依頼の子?」
「のんきに話してる暇はねえ。医務室に連れてくんだ」
「ちょ、ちょっと! まだ医療魔術師の先生はまだ戻ってきてないんだって!」
「じゃあこの少年が死んでもいいのか! この子の姿を見て理解しろよ」
「――私が見るから、そう怒鳴んないで。ほら、早くするんでしょ」
総合受付を横切ろうとしたときに絡んできた受付嬢を先頭に足早に医務室へと向かう。いつものノリで俺に絡んできたが、状況にそぐわないノリはただ不快なだけだ。つい怒鳴ってしまった俺の顔に、くつろいでいた旅人の視線が刺さる中、医務室へと入った。
「あんた、医療魔法が使えんのか。その性格だったら傷口も広がっちまうんじゃねえの」
「そんなわけないじゃない。でも、応急処置くらいは出来るし、特別なこと以外ならやらされた時もあったから」
受付嬢はそう言いながら使い捨て手袋をはめ、少年の顔を触る。当然、くりぬかれた右目周辺も入念に観察していた。俺は落ち着かず、座らずに少年を見下ろし、フェリオは椅子に座り、大テーブルに少し散らばった道具を規則的かつ取りやすい位置に整理整頓していた。
「――はい。とりあえず、軽い消毒して包帯を巻いたから、ひとまずはこれで何とか落ち着く?」
「……は、はい。どうもありがとうございます」
受付嬢の応急処置が終わり、少年がベッドから上半身を起こし、受付嬢に上目遣いでお礼を言う。彼の右目には白い包帯が巻かれ、包帯の下の顔はどこか虚しさを抱えているように見えた。
「その、災難だったな少年。右目は痛むか?」
「いえ、痛み自体はないんです。でも、目の奥が痛むんです。胸の奥が痛むんです。僕の小さな心に無理やり大穴を開けられたような痛みがあるんです」
「……ああ、そうだろうな。そりゃそうだ。その……助けられなくて、ごめんな」
「いえ、お兄さんたちのせいじゃないです。僕の、この右目のせいなんですから」
彼は右目をさすり、伏目になって呟く。静かな雰囲気だったが、以外に話はしてくれる様子な子だ。そんな少年の様子を見て、フェリオが整理を終えて言葉を発する。
「しかし、盗賊団は少年の右目を奪って何に使うんですかね。確かに少年の目は橙っぽい綺麗な目ですけど、どこかマニアの富豪にでも売るんですかね」
「フェリオ。お前さもうちょっと空気に合わせろよ」
「それもそうですけど、でも実際問題起きてる出来事を整理しなきゃ先に進みませんよ。だから、盗賊団が何故彼の右目を撃ったのか、あてがあるなら知らないといけないかなって思ったんですけどね。アズの怒りも分かりますけど、この少年の表に出さないようにしている深く下に埋まった悲しみを救うには必要なことだと思いますよ」
「いやだからって」
「いえ、お兄さん、大丈夫です。追われていた時にもう覚悟は決めていたんです。そもそも、旅に出る時に両親から少し話もありましたから。もしかしたら、悪い人たちに襲われてしまうかもって」
少年は表情こそ浮かばないが、それでも涙を流さずに淡々と言葉を紡ぐ。いや、もしかしたら、俺たちと会うまでに心の整理が出来るくらいに泣いていたのかもしれない。見た目の幼さに反して落ち着きが過ぎている違和感を感じつつも、確かに何故盗賊団に襲われたのか、気になるのも事実だ。
「ほんと、ごめんな。でも、確かに何故盗賊団に襲われたのか気になるのも本音なんだよな。だから、なんで右目のせいだって言ったのか、教えてくれるか?」
彼がさきほど言っていた右目のせいということが気になっており、彼に質問する。彼の心が傷付かないように、なんとか丁寧に棘のない言葉を選びながら。そして彼は、俺の質問にもしっかりと答えてくれた。
「僕の右目にだけ、とても濃い魔力がダムみたいに溜まるみたい。大魔法級の魔法を辛くない感じで出せたり出来たし、しかも、いかにも盗賊団が好みそうな魔法が使えたんです。だから、襲われたんだと、思う……」
魔泉眼球。彼の話した内容を聞いて、すぐに出て来た言葉はそれだった。騎士養成学校時代、教科書で見た現象の一つだ。他の呼称では魔眼現象とも言う。内容はまさに彼が話したもの。目に強大な力が宿るものだ。確かに、魔眼が理由なら盗賊団に襲われることも不思議ではない。目を奪えば簡単に強大な力が手に入るのだ。魔眼があれば、裏社会をのし上がるために使うことも想定できるし、金に換えることも考えられる。そんな人間の汚い欲望に、彼と家族は巻き込まれたんだ。圧倒的な暴力によって、成すすべもなく、彼は目を取られた。
「アズ。もしその子の言っていることが本当なら、その子の命もヤバいかもしれませんね」
「え?」
「え、じゃないよ。だって、その子の言っていることが本当で、いわゆる魔眼現象だったら、その子はいずれ魔力が枯渇して、最後には摩耗症状で死んじゃいますよ」
フェリオかの口から出た“死ぬ ”の単語。その言葉が異様に頭に残り、俺は口を閉じたままばれないように歯を食いしばった。俺は声を出さず、フェリオも併せて静かだった。少年の方を見ると、彼は天井を仰ぎ見るように上を向いていた。恐らく、その話も知っているし、死ぬこともちゃんと理解しているんだろう。でも、大人だって取り乱しそうな話にも、悪い意味で無反応な彼を見ていると、もうそれなりに覚悟はあるのかもしれない。それか、感情をうまく表に出せない少年のどちらかだ。そんな静寂に耐えきれなかったのか、受付嬢が言葉を紡ぐ。
「まあでも、緊急依頼自体は終わったよ。結果は全く喜べるものでないけど。それで、アズワルドはこれからどうするの?」
依頼は終わった。確かに、緊急的な事態は終わった。でも本当にそれで良いのか。疑問が頭を支配し、気付いたときには、心の声が表に出ていた。
「確かに、依頼にあった救出はしたさ。でも、はいそうですかって納得して終われるわけないだろ。依頼自体はまだ終わってない。この子の寿命がすぐそこまで来ているってきいたんだ。だから俺は追う。この子の目を奪った盗賊団を追うんだ」
「そう、分かったわよ。全くもう。……本当にそれだけだ理由なのか、疑問だけどね」
「ふっ。流石じゃん。そう、追う理由にはまだほかにもあるんだ」
「なんか大体わかった気がしますけど、一応聞いてみますかね。その理由ってなんですかね」
純粋に感じた俺の気持ち。圧倒的な力で有無も言わさないその行動。俺は、心に浮かんだ言葉を皮肉も込めた満面の笑みで、吐き出したんだ。
「なによりあいつらが気に食わないからさ」
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