第2話 旅人の挑戦
空は快晴。風が卒業時期に咲く花々の花弁を散らし、晴れ晴れしい門出への道を彩っていた。そして俺は今、とうとう自由に解き放たれた。大講堂より出て来たクラスメイト達とこれからのことを嬉々と話しながら、俺は果てなき空を見て口角を上げる。
「アズワルドはやっぱり旅人になるんだろ!」
「お前だけどこも騎士団試験受けてねえもんな!」
「まあ、いんじゃない? アズワルドっぽいし!」
クラスメイトで友人の男女たちが、各々俺を話題に喋りかけてくる。俺のたった今いた騎士養成学校は、そこまで有名なところじゃないために、基本的には様々な国、街の騎士団に受験をする。そんな実績のためだけに騎士団を受けるなんてたまったもんじゃないと切れた俺は、騎士にならずにそのまま自由気ままな旅人として生きていくことにした。意外に先生たちはそこまで反応はしなかったのが、少しつまらなかったが。
その学校を卒業した学生たちには、これからの生活に向けて最低限のものを贈られる。長剣、非戦闘用のナイフにポーチ。俺にとってはまだまだ必要なものはあるが、ただでもこれらをもらえるのは旅をする俺にとってはとてもありがたいことだ。それに、足りないものは親と知り合いにすでに頼んである。旅用に作られたファッション性と機動性を兼ね備えた橙系統のジャケットにトレーナー、黒緑のバックパック。俺は、こいつらを頼りに生きていくんだと息巻いて、家族と友人たちに別れを言って生まれ故郷の街門を出ていった。
――
「……なるほどね。それで、なんも知識も計画も度胸もないままに旅にでて、お金がなくて魔物に襲われて、盗賊団に鼻で笑われるくらいに一文無しのまま、なんとかこのノーサイト公国の首都まで情けなくも感動的な完走して、わたしの胸に飛び込んできたわけね」
「……すみません、でしたよ」
「はぁ。まあ、あれがわざとじゃないと分かったし、今回は見逃してあげましょう。ほら、とりあえずごはんでも食べなさい。大丈夫、一文無しだから、体で払ってもらうことにするからさ」
そう言われ、食堂へと案内されていく俺。自由とは残酷なものだったよ。全てが自分の動きにかかっているから、当然お金を稼ぐような動きをしないとお金なんてすぐになくなっていく。そこまで考えが至らなかった俺は、エルン国領を出てから南西へ歩みを進めていた。初めての魔物との実践、初めての盗賊団。あらゆるものが新鮮に感じる中、同時に対応策何てものも考えているわけなかった。連日の逃げるための戦闘、疲れを取るために村の宿に泊まる。時に腹が立ってやけ食いとかもして、結局、旅の資金としてもらったお金は数日でなくなった。それでも野宿を繰り返して、川や小動物を何とか捕まえて、腹を壊しながらもその日その日を生き抜いて、ノーサイト公国へとやってきた。それで、心身共に限界を迎えて倒れ込んだ先が、旅人組合で受付をしているという女性のお胸だったということ。その女性に組合、俗に言うギルドへと連れて来られた俺は、なんとか弁明の論をたて、同情的な納得を得たところだ。
「それで、アズワルドはなんでベロカーラに来たの?」
「ん? ひょへは、ひゃひゃへはひひはほほはっははら」
「……飲み込んでからで良いからさ」
「――なんとなくベロカーラの名前を聞いたことがあったから」
「それだけ? 確かに、旅人適正は抜群だわ。そこにほんのちょっとの計画性とかがあればまだよかったけど、まあこればっかりは年齢が年齢だもんね」
食堂で俺は日替わりの定食を貪っていた。腹が減っていた俺はそれがどんなものだったかも把握しないままにがっつき、今はもうからの木皿だけが残っている。
「そう、俺はこれからが長いんだ。それに、結果的に旅人組合に着けたしな」
「あ、やっぱり組合に登録はするんだ」
「当たり前さ。組合に入った方が得だろ? とりあえず困ったらここに来て依頼をこなせばいいだけだし」
「まあそれはそうね。分かった。どうせだし、わたしが受付してあげる。――さあ、こっちにきて」
受付嬢は俺の手を強引に引っ張り、ロビーの総合受付へとご案内をしていった。
かくして、俺はノーサイト公国の旅人組合、ベロカーラ本部の旅人として、この世界へと羽ばたくこととなった。それからの俺は、活動拠点をベロカーラに移し、実力に見合った依頼をこなしていった。緊急度の低い素材集めに飼い猫探し、単発的な荷物運びに用心棒。徐々に以来の内容は段階を踏んで難易度を上げていった。そして、依頼にも慣れ、少しずつ住民たちにも顔を覚えられ始めたある日、依頼は受けずにノーサイト公国の国領を越えた丘陵を散歩していた。しばらくは稼がなくてもよいほどに稼いだので、今日は何もしないのんびりした時を過ごそうと決意していた日。静かな丘に、旅人組合の組合員証でもあるピアスから、いつもの受付嬢の声が強い語気の声が響き渡った。
「アズワルド! 聞こえる!?」
「おうっ……ああ、ちゃんと聞こえたよ、あんたの珍しく小汚い声のノイズまで聞こえたさ」
「はあ? っと、そんなことより、エマージェンシー!」
「あれ、それって確か」
「超緊急的依頼要請が入ったの! 現場周辺の近くにいる旅人全員に連絡しているの! 内容は、人民救助よ。ある一家が盗賊団に襲われているの。どう、受ける? 受けない?」
「そんな急に言われてもさ……」
「これはそういう依頼なの! 二択に一択! どっち!」
「――人の命かかってんのに、断るわけないだろ。いくさ。場所を教えてくれよ」
超緊急依頼。これが、俺の初めての試練だったのかもしれない。今までは安心安定の依頼しかこなさなかった俺にとって、次のステップに進む機会だと思って、その依頼の場所へと駆けたんだ。
「おっとっと。もしかして君も緊急に行くんですかね!?」
依頼の場所へと走っている時、後方よりそんな爽やかでどこか細いような声が風にのって聞こえて来た。見ると、背中に長弓を携え、左腰に標準的な長剣を刺し、水色のニット帽をかぶった青年がそこにいた。どうやら年齢的に同い年くらいだった。羽織った薄いグレーのジャケットが追い風で暴れている。
「よく分かったな。もしかして君も組合の超緊急依頼を受けたのか?」
「そうなんですよ~。ああよかった。あなた強そうだし、心強い感じですね!」
「なんだよ感じって。まあ正直、強いかと言われたら微妙なんだよな。駆け出しの旅人だし、あまり戦うような依頼やってきてないしさ」
「ああ、そうなんですか。ま、大丈夫ですよ! 僕がちゃんとフォローしますんで!」
調子のよい青年の本気なのか分からない浮ついた言葉を聞きながら、二人で依頼場所へと走っていたんだ。
それが、短くも大きな旅の始まるきっかけになるなんて、思いもしなかったけど。
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