魔眼少年と駆け出し英雄譚

後藤 悠慈

第1話 小さな小さな英雄譚

 世界は日がおち、街門も閉まる夕暮れ。警備の騎士たちが鐘を鳴らして閉門準備を進める中、俺は駆け足で門をくぐった。ギリギリで門を通過し、騎士たちに笑い物にされていて、そんな彼らに茶化しの一言でも言ってやれれば良いが、それなりに全力で走ったので、今は息を整えるために道路に座り肩で息を落ち着かせる。俺という障害物を避けるように商人団の馬車や人々が足早に家へと帰っていく背中、子供たちはまだ遊び足りないと叫び、それが叶わないとしり儚げという意味を体で感じながら、しぶしぶとうまいごはんが出来ている家に集っていく。彼らを後追いするように、緋陽も徐々に日を落し、橙色の光を背中に向けて照らしている。


(今日もそれなりに素材売れたし、酒でも飲むか)


 少し落ち着いた俺は、足をしっかりと地面に付け、ゆっくりと立ち上がる。懐にしっかりと金袋を握りしめ、旅人組合の受付の人から聞いた、この首都でおすすめのバーのある裏路地へと歩みを進めた。

 小さな酒場がひしめく路地。火の魔法と光の魔法で照らされた街灯が揺れる小道。聞こえるのはこの時期に鳴く虫や夜の動物と、酒場から漏れる人々の嬉々とした声たち。そんなところにポツンと佇むバー「イトマイカ」。どうやらここは、音楽魔術師が音楽を奏でているところのようで、常連客が多いとのこと。そのためか、普通の酒場のような大声の盛り上がる声はなく、代わりに複数の楽器の音が少し外に漏れていた。俺は遠慮なくその店のドアを開ける。店の中は薄暗く、ただ、それなりに広い所だった。お店はまだ繁盛とは言えない程度に空席があり、どうせならと演奏している舞台の近くのカウンターへ座る。入り口から向かって右側の壁にあった舞台にはまだ人はおらず、魔法で自動演奏している楽器が浮いているのみだった。俺は荷物を椅子へと置き、店員の方へ行って、エールビールとつまみの干し肉やナッツなどの軽いつまみセットを頼む。少しして持ってこられたエールの杯を持ち、今日の稼ぎに感謝して一口。そんな一人酒を始めてからすぐ、舞台に人が一人上がってきた。恐らくはここの音楽魔術師だろうか。特になんの変哲もない普通な黒いジャケットに黒のズボンは着た男性は、ピアノの椅子に座り、手に持った木のコップをサイドテーブルへ置いて店内を眺めていた。彼の顔は深くかぶった帽子であまりはっきりとは見えない。



「お客さん」


 不意に、隣から声が聞こえ、横目で見ると、先ほど対応してくれた店員がグラスを拭きながら俺に話しかけていた。


「なんだい、店員さん。あいにく、俺は今日は心は下降気分なんだよ。楽しい下話は出来ないよ」

「いやいや、我々が効きたい話しはもっと別のものなのですよええ」

「別?」

「そうです。あなたが今、思い出す旅の思い出を聞かせてほしいのですよ。そして、その俺にこいつが今日の演奏をする。どうです・ ここは初めてなお客で、舞台に一番近いのがあなたなので、ぜひ聞かせてくれませんかね?」


 俺は即答はしなかった。嫌だからでなく、とっさに、話せる思い出はあったかなと思い出そうとしていたからだ。思い出そうとしている様子を悟ったのか、店員は静かになり、こちらを見ている。


「ああ、ならあの話をしようかな。ちょうど今思い出した旅の思い出っすよ」

「おお。ぜひお願いしますよ」


 店員が俺に頼み込み、舞台の音楽魔術師が同じようにお願いするように鍵盤を弾く。俺はつまみの干し肉を頬張りエールで喉を潤した。


「……まあ、良いですよ。それじゃあ、あれは、俺がまだ騎士養成学校を卒業して、旅人になって割とすぐの出来事でね。他人にとっては些細な出来事だと思いますけど、俺にとっては、小さな依頼主のために動いた、小さな英雄譚だった出来事です」


 そして俺は話し始めた。俺がまだ旅人になって慣れ始めたころ。そんな経験も肝っ玉も、稼ぎも小さかった俺が経験した、小さな出会いで出会った、小さな英雄のごく小さな英雄譚を。


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