第5話 エピローグ

「大丈夫? お兄ちゃん」

「うーーん、うーーん………」


あれから数日後、アルドは未だにバルオキーの家のベッドで寝込んでいた。フィーネが筋肉痛に良く効くという薬を持ってきてくれた。そのおかげか大分身体の疲れや痛みが治まりはしたのだが、まだ全快と言うには程遠かった。


あの後、シオンに合成鬼竜の所まで運んでもらって何とかバルオキーまで帰ることが出来た。俺が倒れた場所から合成鬼竜がいる場所まで少し距離があったのでシオンには本当に感謝しかない。後でお礼をしないとな……


ただ……………その後が大変だった。


騎士の人とか幼い少女やどこかの商会で働いてるらしい女の人とかが何故か村に来ていて、口々にお礼を言われたのだ。


なんでも、俺が薬のせいで止まれずに暴走していた時に魔物や盗賊を吹っ飛ばしたり、木から降りられなくなった猫を助けたりしていたらしい。それぞれ他の人から聞いたりして俺がやったと確信したらしいのだ。


そう言われるとカレク湿原で何か魔物みたいなのに当たった覚えはある。ただ……他は正直、まったく身に覚えがないのだが……


それよりも薬の副作用で身体全体が悲鳴を上げている中でジッと耐えるのは本当に辛かった。そのせいでお礼の言葉もあまり頭に入らなかった。


まぁ、走っている途中で落としてしまった俺のハンカチをそのセレナ海岸で助けた王都の商会の女の人が拾ってくれていて返してもらったのは良かったけど。


彼女曰くハンカチに俺の名前や村の名前が刺繍されていたのが功を奏したみたいだ。前に自分の名前が入っているのは子供みたいで少し恥ずかしいとフィーネに文句を言っていたが、こうして無事に返って来たのだから何も言えない。


もっとも、そのせいでフィーネにハンカチを落としてしまったことがバレてしまったが、一応ハンカチが無事に戻って来たので許して貰えた。良かった……



ーーーーーーーーーー

それから、この騒動の元凶とも言える薬売りはもう既に村を出ていていなかった。爺ちゃんに伝言を残していたそうなのだが、その伝言が酷かった。酷かった……というのはその伝言の内容だが。


まぁ、ざっくり言うと『身体強化薬の副作用は強力で、使ったらしばらくの静養が必要になるから今度お買い求めになる際は注意して使ってくれ』というものだった。


もっと早く言ってくれ!! そんな大事なことは!!!


俺はそう声を大にして言いたかった。もっともその相手はもうとっくに居ないが。



「まったく…… そんな変な薬を飲むからよ。気を付けないと」

「うむ、エイミの言う通りでござるぞ。いくら戦いの役に立つと言っても、それで身体を壊しては元も子もないでござるからな。しかし………1度アルドの走りっぷりを見てみたかったでござるな。古代にいたのが少し惜しかったでござる」

「アルドさんや他の人の証言から推測・測定するに………恐らく最高速度はマッハを超えていたと思われマス! そんな速度を何日も出し続けていれば身体に大ダメージを受けるのは当然デス!」

エイミとサイラス、リイカのそれぞれの呆れた視線が突き刺さる。何かとても居た堪れない気持ちになってくる。ちなみにヘレナやギルドナ達は今の俺の身体に効くという薬草や薬をそれぞれの時代で探してくれている。


やはり薬とかに頼ってすぐに強くなろうとするのではなく、地道に強くなっていくしかないらしい。


今回のことでそれが嫌と言うほど身に沁みた。そして、俺は身体の痛みで思わず顔を歪ませながらも、ゆっくりと眠りに着いた。



ーーーーーーーーーー

数日後、やっとのことで薬の副作用や筋肉痛が治り、俺はいつもの調子を取り戻した。今までのように普通に歩いたり走ったりも出来るようになった。治って本当に良かったよ。


しかし、それで旅の再開は大分遅れてしまった。そして、まだ旅は


「本当に……昔からお兄ちゃんは誰にも相談しないで勝手にーーーーーーーーー」

「はい、本当に反省しています」

「もう少し慎重に行動してくれないとーーーーーーーー」


……そう、フィーネのお説教が始まってしまったのだ。副作用や筋肉痛が治まった後にエイミやサイラスと言った仲間達からも色々言われたが、特にフィーネからは誰にも相談せずに薬を勝手に飲んで、皆に心配させて迷惑を掛けたことについて改めて他の皆よりも厳しくお説教されることになったのだ。


ちなみに、エイミ達は村の酒場で待機している。フィーネから2人きりにさせて欲しいと頼まれたからだ。皆から凄く同情的な目で見られたのは忘れられない。しかも爺ちゃんもヴァルヲもいつの間にか居なくなっている。多分フィーネのお説教が終わったら帰って来るだろうけど。フィーネと仲の良いはずのモベチャやペポリはエイミ達と一緒に酒場だ。流石のあの2人でも今のフィーネが怖かったみたいだ。


なので今家にいるのは俺とフィーネの2人だけだ。


正直、薬の副作用も物凄く辛かったが、フィーネのお説教の方がよっぽど堪えた。


フィーネは本気で怒ると滅茶苦茶怖い。目からハイライトが消え、声もいつもと違う抑揚の無い声で優しく話をするように怒られるのだ。ただ普通に怒られるよりも遥かに怖い。なのでヴァルヲもフィーネが本気で怒っているのが分かるとすぐにどこかへ逃げてしまう程だ。俺も逃げたくなる。


(はぁ…… 自業自得とは言えやっぱりキツいなぁ………… でももしあの薬があったら風のように走って逃げられるかなぁ……? いや、またあんなことにはなりたくないしな。もう副作用や筋肉痛はごめんだ)

そんなことを考えていると、フィーネは目が全く笑っていない怖い笑顔を浮かべて俺に話しかけてきた。俺は悪寒がしてすぐにその馬鹿な考えを頭から払い落とした。


「……ちょっと。聞いてるの、お兄ちゃん?」

「あ、はい。聞いてます」

「まさか……また薬で早く逃げ出したいとか思ってないよね?」

「ま、まさか……! そんな訳ないだろ……!」

「そう……それなら良いけど。 それでお兄ちゃんはーーーーーーーーー」


それにより、お説教の時間はまた伸びてしまった。




ああ……やっぱりもう薬は懲り懲りだ………


どんなに素早くても今起きているこのフィーネのお説教からは逃げられないのだから………………



俺はフィーネに気付かれないように小さく溜息を吐いた。





Quest Complete






ーーーーーーーーーー


その頃、どこかの町ではーーーーーー


「ちょっとそこのお客さん、この身体強化薬を試してみないかい? コイツは『イダテン』と言ってな、飲むと風のように走ることが出来るんだ! ……もしかして疑っているのかい? 勿論嘘なんかじゃないよ。この間飲んだお客さんなんて凄かったんだから! あっという間に別の町まで走って行ってしまった程だよ」

アルドに薬を渡した薬売りの男が1人の青年に薬を売っている所だった。青年は男の薬に興味を示している。


「へぇ……本当に? それじゃあ少し試してみようかな…… 値段もそんなに高くないし。 確かに素早く動ければ仕事の途中に出て来る魔物なんかも怖くないからな……」

「その通り!! 素早さはな……正義なんだ!!」

薬売りの男はそう言いながら豪快に笑うと薄緑色をした液体がなみなみと入った瓶を青年に渡した。試供品ではないのでアルドが貰った時のものより少し大きめの瓶になっている。


「毎度あり! ……ああ、そうだ。これは効き過ぎるからーーーー」

「ありがとう! 後で試してみるよ!」

青年は金を払って薬を受け取ると薬売りの言葉を最後まで聞かずにそのまま行ってしまった。青年が去っていくのを見送ると、薬売りの男は「まぁ良いか」と気を取り直した。もうここからは薬を飲んだ方の自己責任だからだ。薬売りの男は再び声を上げて客を呼び込み始めた。



数日後、その町では非常に強い突風が発生した。更にその薬を買った青年はその日を境に姿を消してしまったのだ。町では色々な噂や憶測が飛び交ったが、結局真相は分からずじまいだった。



その薬が原因であることはその青年と薬売りしか知らないし、その2人は既に町にはいないからだ。そして、その薬売りは今日もまた別の場所でお手製の身体強化薬を売っている。

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素早さは正義!? マロニエ @tbchmhr19

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