第4話  真夜中の死線

 零時を回り、再び静岡アストリア養成学校の中庭に足を踏み入れる。


 問題のビーストは、サーティンが中庭に踏み入れたことを確認したかのようにゆっくりと姿を顕す。

「さーて、昨日いや天辺回ってるから一昨日ぶりか。さて、死合うとしようぜ」

 バルバリアを戦闘形態に変化させ、ファイティングポーズをとる。

 アイシャには切り札を用意をさせている。そのためになんとしても行動させる必要がある。ほぼ確実に成功させる手段がある。それはサーティンが確実に戦闘し続ける。ただそれだけ。アイシャが切り札の用意を完了させるそのタイミングまで、何としても戦闘し続ける。

「……行くぜ!」

 サーティンは地を蹴り、月下に走る。




 ウォオオオオン!


 銀狼の咆哮一つで、中庭の半分近くと校舎の壁が凍る。

「ッチ。凍り付くと面倒だ」

 霜に警戒し壁を足場にしていたが、その壁すら凍り付き始めると、壁から離れる。

 あの銀狼はほとんど動いていない。サーティンを警戒しているというより、様子を見ているような感じがする。

(こっちの出方を窺ってんのか)


 近接攻撃が主体のサーティンが近づいてこないことに警戒している。

 それ自体は至極真っ当な考え方ではある。が普通のビーストにそこまでの知性があるとは思えない。本能の赴くままに行動することが多いビーストの中で、知性のようなものを持っている種はほぼ隣界に逃げられ、仕留め損ねている。

 そのほとんどは名前を付けられ、界門付近の防衛隊に警戒されている。


「バリアリア、モード・ブレード」

 手甲部分が剣のような形状に変わる。本質を変えずに形を変わることがバリアリアの本質。

「こいつは速いぞ」

 ガントレットとグリーブによる体術を主体とした通常形態と違い、手甲を刀剣状に変化させることで防御を捨てた形態。

 すらりとした刀身が空を斬り裂き、斬撃が銀狼を襲う。


 ウォオオオオン!


 その咆哮に剣撃が凍り付く。

 ビーストの能力で凍る以上、質量を持たない剣撃が凍る程度のことは想定済み。

(初撃はフェイク。本命は……、こっちだ)

 咆哮は自身を中心とした円形か放射状に凍る。その性質を逆手に取った初撃。遠距離攻撃を飛ばしてから動く。時間差多段攻撃なら通せる。そう思ったが、


 サーティンの読み通りだったが、その不意打ちまがいの多段攻撃は霧状になることで回避されてしまった。


「ちくしょう! 完全に忘れてた」

 一撃は躱された。しかし上空から霧から戻った瞬間を狙い、仕込み銃で耳元を撃つ。

 掠る程度だったが、銀狼の耳の一部が欠けた。

(霧状化から戻った後すぐに霧になれない。インターバルは何秒だ?)


 確実に作戦を成功させるためには、あと少し時間が足りない。


「はぁ、さみいんだよ」

白い息を吐きながら、身体を震わす。

 銀狼が放つ冷気が、サーティンの体力を確実に奪っていっていた。



『ゴシュジン! 準備完了です!』

 アイシャの声がやっと聞こえた。

 銀狼の猛攻をすんでのところで躱し、ときには剣撃を撃ち込もうと腕を振るい続けたサーティンの身体は汗で冷え、体温低下で身体の動きが鈍ってきていた。サーティンの脳内には、撤退の二文字が浮かんでいた。しかし、アイシャの用意が出来たのならいける。

 サーティンは諦めかけていた意識を奮い立たせるように頬を叩く。


「オーバードース。モード:レッド」


 バリアリアが形を変え小型の手甲になり赤熱する。

 アストラルの名を冠するだけあって、所有者の感情が精神力がアストラルギアの能力をより強化させる。

 バリアリアの紅光が冷え切ったサーティンの身体に再び力を与える。

「いくぜ! ブレイジングドース!」

 一発勝負で使うには過剰すぎる出力。まるで小規模の太陽が学校の中庭に現れたような熱が銀狼を襲う。


「バーン・クウェイカー」


 焦熱地獄のような熱量が中庭全体を襲う。

 焦土に変えんとする熱が収まると同時に、再び銀狼が現れる。


「編み込み熱糸!」


 アイシャの〈メイデンメイデン〉が事前に用意していた過熱鉄線で、銀狼の動きを拘束する。

「ゴシュジン!」


「わかってる!」


 アイシャの声に、サーティンが走る。


 銀狼に駆け寄り、口を無理矢理開くとその口の中に右手を突っ込む。


 銀狼はその手を噛み千切ろうと顎に力を入れようとする。

 逆の手で上顎を押さえより奥に手を突っ込む。


(あるはずだ。あの感触の正体が)


 指先に微かに生物の骨とも内臓とも違う感触。

 その感触の正体を確かめることも躊躇うこともなく握り引き抜こうとする。


 ウォオオオオン!


 拘束され口腔内に腕を突っ込まれた状態でビーストは能力を使おうとするが、呻き声になるばかりで力を発揮できていない。

 その感触の正体を引っ張りだすように腕を引き抜く。


 白い。白い刀身。真白色ましろいろの刀が月光を浴びて煌めく。


「あれは、

「これは、


「「白妙ノ太刀」」


 銀狼の核として機能していたらしく、銀狼は光の粒子となるように消滅していった。


「任務完了ですね」

 アイシャがサーティンに駆け寄ってくる。

「これは、支部に持っていくか」

 白妙ノ太刀を特殊輸送ケースにしまう。

「ではわたしは報告し次第、帰投しますね」

 アイシャをバスターラビットと残し、サーティンは一人静岡アストリア養成学校を後にする。

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