第3話  月下の銀狼

 22時過ぎ。


「予想通りならこの時間に奴が現れる」

 サーティンは中庭を上から確認できる校舎の屋上に陣取っていた。

 状況レポートからおおよその時間が予測できた。その時間を少し過ぎた頃にアイシャが件の桜を指す。

「ゴシュジン! あれじゃないですか?」

 白い靄のようなものが桜の木のまわりに現れる。

 未知のビースト。というよりいままでに観測されたどのビーストとも、異なる性質を持っているようだ。

「先に行く。アレの様子を見ながら向こうにまわれ」

 屋上から、ひらりと飛び降りる。




「レストレーション。バリアリア!」

 サーティンは自分の左腕に着けられたアストラルギアが展開され、双腕と双脚に武装が出現する。

 サーティンのアストラルギア〈バリアリア〉。一定の形状を持たない稀有な不定形アストラルギアの一つ。基本形態として両腕と両足を保護する防具として、体術の威力を上げる増強機ブースターとしての機能を兼ね備えた形態。



「オーバーブースト! 火華都かかと落とし!」

 ブースト機能で白い靄を焼き払う程の爆音が響く。

 音と衝撃波が中庭に響く。

 砂煙によりサーティンの視界が奪われる。

「アイシャ! 状況確認!」

 主観視界が危ういサーティンは屋上に待機しているアイシャに迅速な指示を飛ばす。

『ゴシュジン! ビーストの様子が急変!』

 白い靄だったものは巨獣。大型狼へと変化していた。


 ウォオオオオオオオン!


 咆哮。


 音の圧だけで校舎の壁まで身体が吹き飛ばされる。

 生物としての格の違い。ビーストと人間の種としての差。野生動物と人間の差。そんな生易しいものではなかった。

(いままでのビーストと違う。別種のなにかだ)


 ビーストとの戦闘を予想していたが、現れたのは未知の生物。予想外ではあるが、野生生物とも違う。

「ゴシュジン! 援護します!」

 アイシャが〈メイデン・メイデン〉を展開し、銀狼の動きを止める。鋼糸で地面に縫いつけるようにするが、

「すり抜けた⁉」

 身体を霧のように変えることであっさりと拘束を抜け出してしまった。

「いままでのビーストとは根本的に何かが違う。気を付けろ」


 アイシャとの連携を主軸に立ち回る。

 数ヶ月振りのタッグ戦とはいえ、アイシャはスッと後方に下がる。〈メイデン・メイデン〉はその性質上フル活用する場合、援護にまわったほうが安定する。


「いくぞ!」

 サーティンは足に力を込めると、一瞬で銀狼との間合いを詰める。銀狼の動きに合わせて様に回し蹴りを側頭部に叩き込む。


(手ごたえはあるが)


 軽い。

 生物を蹴ったとは思えないほど手応えが無い。いなしの要領でこっちの攻撃をかわすビーストと戦ったことはあるが、それでも蹴った感覚はあった。この銀狼はその感覚すら薄い。

 蹴り飛ばした銀狼は軽く着地し、身体を震わせる。

 凍り付いたバリアリアの脚部パーツを一瞥するも、その氷はブースターの排熱で一瞬で融ける。


「オーバードース。モード:レッド」

 バリアリアが小型化硬質化し赤熱し始める。その熱量で陽炎が立ち上りはじめる。

 熱が生まれたあたりから、銀狼の動きが鈍りはじめる。

(やっぱそういう性質か。しゃーない。一気に行くか)

 熱に弱いならこれを維持するようにすればいいが、この状態を維持すれば自分の身体を焼かれるリスクを背負っている。

 制限時間付きの能力を使う以上、悩む暇も手間取ることもできない。


「ドレッド・ハード!」

 サーティンの拳が銀狼の胸骨を捉える。燃え盛るような熱量の拳が銀狼に刺さった。

 銀狼に触れた部分からパキパキと音を立てながらバリアリアが凍り付き始める。

「まじかよ」

 熱を吸収していくようにバリアリアの熱量が無くなっていく。

「編み込み糸引き。ゴシュジン! 一旦退きましょう」

 アイシャは撤退を進言する。

(ここまでだとは思わなかった。退くしかないか)

 サーティンも分が悪いことは何となく察していた。

「退く……か。アイシャ一次撤退だ」

 サーティンたちが中庭を離れ始めたにもかかわらず、あのビーストは中庭から動く気配がまったくない。


 まるで何かを守る守護者として現れたようにも見える。このビーストを討伐する手段を考えるために撤退することになった。




「現状あれがなんなのか分かってる範囲だと、熱に弱いことと中庭の一角から離れることが無いこと」

 サーティンは借りている宿舎の一角に戻るなり、依頼人から貰った資料と一戦交えた結果から対処法を模索し始める。



「検証する必要はあるが、検証のしようがないな」

 策を考えついても、それが有効かどうかを判断するための検証に出ることもできない。対策を練ることも、有用な情報を得ることすらも、縛った状態で次の戦闘に臨まなければならない。対ビーストでは日常茶飯事のはず。それでも何かしらの情報を掴めている。

「ゴシュジン? 眉間にしわが寄ってますよ?」

 アイシャがコーヒーを片手に現れる。

「ああ、ちょい考えがまとまらなかったからな。休憩するか」

 現状策も何もまとまらない。明け方から全く進んでいない。


「それにしても、すごいですね。こんなにビーストの情報ってあるんですね」

 パソコンの隣に積まれた過去の資料を見て驚く。

「そりゃ十数年分の資料だ。こんなの一部だぞ」

 ネセトのアーカイブから引っ張ってきた情報は、ほんの一部だが、本部は過去のほぼ全てのビーストの情報を網羅している。

 それでも、有用な過去の事例がなかった。僅かでもヒントになりそうなものすら得られないとは思えなかった。

「何の成果にもならない紙屑になったけどな」

 資料を片付けるように隅に追いやりティーセットを置けるスペースを作る。



「そういえばゴシュジン以外に興味を示しませんでしたね」

 無言のままコーヒーを啜る。

 確かに。アイシャの動きに対して最小の対応しかしていなかった。それに俺が来るまで姿を現すことすらなかった。

 そこから対策を練れるか? と聞かれれば何の価値もない情報。

「じゃあ、こいつがそこまで深刻な問題になることはなさそうだな」

 問題にならなそうなだけで、根本的な問題が解決されるわけがではない。

「なら、わたしを盾にすればいいんじゃないですか?」

 アイシャを盾にする。理論上有用な作戦かもしれないが、倫理的にアウトだろう。そもそも機工人形マシンドールの戦術的利用はネセトの機工人形運用規約上NGである。

「本気で戦術にするなら、アイシャの能力でアレを拘束することくらいだろ」

 アイシャに出来るのは精々〈メイデン・メイデン〉の能力をフル活用してほぼ完全拘束すること。実際には不可能だろう。身体を霧や靄に出来る相手を完全拘束できるとはおもえない。実体を持たないあのビーストを拘束する手段を考える。


 真剣に考えるのはアレよりさらに低い極低温の物質で固形化させる。もしくは、あのコアを破壊する。

 胸骨を殴ったときに違和感があった。あの感触はなにか、多分刀の柄のようなものを体内に隠し持っているのか?


 今夜、再びあのビーストと戦う。そしてアレを討つ。

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