第96話
ダガーの元持ち主はアレイスター・フォン・ハルツェンブッシュ。
マリーの眼に間違いはなく、彼女が父親の影を見たダガーは正真正銘、マリーの父親のものであったのだ。
策略により、冤罪を着せられ処刑されたアレイスター卿。
彼の遺品が廻り巡って、娘へ……そしてサトルの手元に渡り、愛しの娘を守る剣となった。
サトルに流れ込んだのは彼が持っていた父性、親が子を守りたいと言う当然にして最も強い思いであった。
ダガーに刻まれた残滓が、マリーを守りたいと言うサトルの想いと共鳴。より高い次元で武器に刻まれた戦いの記憶を呼び覚ました。
その剣技を持って、アラダインもまた思い出したのだろう。
元騎士団長、アレイスター・フォン・ハルツェンブッシュを――
激高し、尚も自分の前に現れた幻影を斬り続けるアラダイン。
「サトル! これを!」
その隙にマリーは自分の腰に携えていた一本の剣をサトルに託す。マリーの元に残った、たった一つの父親の遺品。アレイスターの意思を色濃く残した寂れた剣。
サトルは確信した。目の前にいる現メロベキア騎士団長、アラダイン・フォン・セドキアを討つのは聖剣でも、それに宿った勇者のスキルではない。
娘の幸せと、娘を守りたい思いを胸に、何百何千と振られたこの剣なのだと。
「アラダイン……マリーの父親を処刑に追いやったのはお前だな?」
サトルは小さくアラダインへと語りかけた。
彼は一心不乱に剣を振る事をやめ、虚ろな瞳は目の前にいる敵を捉えた。
「細かいことは分からない。でもこのダガーに宿った記憶が、思いが、そうだと言っている」
「はぁはぁ……気味の悪いスキルですね。それで復讐でも願っているのですか? 私への恨みでも吐き続けているのですか?」
そんなことは望んでいない。
「そんなことは望んでいない。この剣達が願っているのは娘を守りたい一心だけだ」
だが――
「だが」
マルグリットに危害を加えるのならば――
「マルグリットに危害を加えるのならば」
貴様を許しはしない!
「貴様を許しはしない!」
「本当に気持ちの悪い! そんな古臭い騎士道精神を持っていたからこそ私に、王達に疎ましく思われていたと言うのに!」
武器に宿ったアレイスターの想いはただ娘を守りたいと願う。
サトルの心もただマリーを守りたいと願う。
武器に宿った願いはそれだけだが、今この武器を持つサトルにはそれ以上の願いがある。
それはマルグリット、マリーのこれからの幸せである。
メロベキアと言う国がある限り、きっと彼女が心の奥底から笑えるような世界は訪れない。だから、アレイスターが死んで留まっていたその思いを前進させるために、サトルはこの剣を振るう。
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