第85話


 高々に鳴る角笛の咆哮がクリエ草原に轟く。メロべキアの騎士団が全てを飲み込む波となって押し寄せてくる。


「も、もうダメだ!」


 後方から情けない声が響く。サトルが振り向くと迫り来る暴力に気をされ、一人また一人と武器を放り出し後ろへ、後ろへと必死になって走り出した。


 そんな彼らを呼び止める者はいない。メロべキアの大軍勢を見て諦めた者と、少しでも足掻こうとしている者だけが存在している。サトル、マリー、ニーアを除いては……


「サトル」


 ニーアの呼びかけにサトルは頷き、エクスカリバーを掲げる。切先は日の光を浴びて燦々と輝く。


「安寧なる死の安らぎを……神の杖(アスクレピオス)」


 対軍、戦略スキル「神の杖」

 遥か上空に直径四十センチ、長さ三メートルの特殊金属で形成された杭を生成、射出するスキル。


 それは秒速約三千四百メートルで地上へと落下。大地を穿つ。


 行軍するメロベキアの中心に神の杖は着弾した。地面との激突で凄まじい衝撃を生み、その余波が吹き荒ぶ風として、サトル達のいるサラニア軍の先頭まで届いた。


 着弾地点は大きくへこみ、周囲にいた者達はまさしく消滅。衝撃の余波は広大な範囲でフルプレートを着込んだ騎士達をなぎ倒した。


 一糸乱れぬ行軍を見せていたメロベキアであったが、神の杖による攻撃で蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う様子が見て取れる。


 サトルは再び天高くエクスカリバーを掲げ――


「安寧なる死の安らぎを……神の杖(アスクレピオス)」


 神の杖を発動する。次は一度に五本の杭を生成し、メロベキア軍に振り分けて放つ。そして着弾する度に数万の命が蠢く、人間の絨毯に風穴を空けた。


 完全なる蹂躙。

 これぞ勇者が勇者足る所以の武力。


 圧倒的光景を目の前にしたサラニア兵達はいつしか逃げることをやめ、ただ眼前に広がる凄惨な光景を眺めていた。


「思い出せ! これが勇者だ! お前達を脅かした勇者の絶対的な力は今、我々の手元にある!」


 物言わぬ人形となっていたサラニア兵達にニーアが命を吹き込む。


「何を恐れる必要があるだろうか! たかだか十万の兵で何ができようか!」


 彼女の言葉を聞いた彼らの目に火が宿る。諦観の瞳はメロベキアへの復讐の炎を滾らせる。大国への勝利に希望を湛(たた)える。その手に持つ槍に、弓に力がこもり、腰に携えた剣に手を伸ばす。


「さぁ、剣を取れ! 槍を構えろ! 矢をつがえろ!」


 もう怯えて逃げ出すものはいない。騎士、難民混成のサラニア兵達は確固たる戦意を持って、一歩前進した。


「我々の平和と、安寧なる日々は、今日この時に叶う!」

「おぉぉぉぉ!!」


 ニーアの言葉に雄たけびが上がる。それは瞬く間に伝播していき、一万人の怒号へと変わった。

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