第84話
「もしかすると、その時まではまだ洗脳が残っていたのかもしれないわね」
「召喚の時の洗脳か……」
この世界に呼び出した勇者を傀儡にするめの、ただただ戦争の駒として都合よく使うために植えつけられるメロベキアの悪性腫瘍。
「戦争の兵器が敵を屠るたびに心を痛めていたら壊れてしまう……だから良心なんてものを抑制する洗脳が掛かっていたとしても可笑しな話じゃないわ」
メロベキアを離れ奴らの支配下から逃れたからこそ、今サトルの心を悩ませているのだとニーアは言う。
「私自身、サトルの事は気に入っているし、そんな優しさも貴方ならではだと思う。けどね、今回はメロベキアを倒す絶好の機会なのよ。サトルが逃げたいと思っても逃がさない。いざとなったらマリーを人質にとってでも貴方を戦場に引きづり吊り出す」
サトルを見やるニーアの眼は真剣そのもの。脅しでもなんでもなく、そうなったら必ず実行すると言う強い意志をサトルにぶつけてくる。
「ニーア!」
「もちろん、私だってそんなことをしたくない。だから……ね? 私に、私達にそんなことをさせないで……」
彼女が本気なのは間違いない。サトルが逃げたら、実際にマリーを人質にする。非情に思う。だが、同時にそれはニーアなりの優しさなのではないかとサトルは後から考えた。
彼女は”仕方ない”と言う、心の逃げ道をサトルに与えてくれたのだ。
サトルのマリーへの想いを知って、彼女を助けるためには仕方がない。彼女のためなら数万だろうと他人を殺すことは仕方ないことだと。
◇◇◇
「あぁ、覚えているさ。今になって逃げたりしない。言い訳を探したりない。俺は単純にマリーを守りたい……ただそれだけだ」
腰に帯びた――あの時マリーに貰ったダガーの柄を強く握り、少し後方にいるマリーを見る。
彼女は一本の槍と、父親の形見である剣を腰に携え、草原を駆ける風にその金色に輝く長い髪をなびかせていた。
「それに約束したんだ。戦いが終わったら二人で旅に出ようって。俺もマリーもこの世界をもっと見て見たい。そのためにはメロベキアは倒さないといけない」
ダガーを握る手に、さらに力が入る。それに比例するかのように、彼女への想いが強くなる。どんどん、マリーを愛おしく想う心が膨れ上がっていくような気がする。
「頼むわよ。勇者様」
ニーアは先程と同じ言葉をサトルに放つ。
「あぁ!」
それに対してサトルは、ダガーを強く握り締めながら、強く強く頷いて見せた。
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