第68話


「一体なんの臭いなんだ……」

「死体とそれを焼く臭いね。今難民地区では伝染病が流行っているのよ」

「それはどうしようもない病気なのか?」

「十分な食事と休息さえすれば大概の人間なら完治するような病気よ」


 それからニーアは口をつぐんだ。十分な食事と休息……それが現在彼らにとってどれだけ難しいことなのかなんて、見ればわかることだからだ。


 十分以上に美味い食事、快適な休息を取れる住居、清潔な衣服。


 そんなものは当たり前で、望む必要もなく手に入る日常。そんな国で日々を暮らしていたサトルからすれば、テレビ番組で流れる貧しい国々の話など、お伽噺の延長くらいにしか思っていなかった。


 それは自分がどれだけその国の事を思っても、微々たる募金をしても大きく変わらないと思っていたことに起因する。


 だが、この世界においてのサトルと言う存在は違う。勇者の力を有した今のサトルならば全てとは言わずとも、目の前で苦しんでいる人々を、救いあげることができる力を持っている。


 それは道中でニーアから聞いた治療スキルを使う勇者の話。


 勇者が身に着けるスキルは強力な戦闘スキルだけだと思っていたが、治療に特化した勇者もいたそうだ。そのスキルはもはや回復なんて生易しいものではなかったと言う。


 それはまさに死者蘇生。


 どれだけの血を流そうとも、体をいくつにも引き裂かれようが、その勇者のスキル一つで完治させたと言う。


 それは死なない軍勢が襲ってくるのと同義であり、メロベキアでは治癒の女神と崇められたそうだが、敵対する国々からは生命を弄ぶ悪魔と恐れられたとの話であった。


 その話を聞いたときにはスキルが使える前兆はなかったが、惨状を目にして自分に何かできないかとサトルが考えたとき、それは発現した。


「癒しの神(パナケイア)」


 サトルの中で浮かんだ言葉を呟くと、彼の身体から光の粒子が発散され、空へと立ち昇っていく。それは遥か上空で弾けて首都サザラの大半を包み込んだ。


 直後、サザラを包んだのは歓喜の叫びと恐怖の叫び。


 ニーアに聞いた通りのとんでもスキルならば、病床に伏せっていた者は元気を取り戻しただろう。それだけならば良いが死亡したと思われた者が再び動き出したのだ。


 それは首都全体を揺るがす大混乱であった。

 収集のつかない事態となっている。


 ただ救いたいと思っただけの気持ちが、スキルの強大さも考える暇もなく大事を起こしてしまった。


「たく……癒しの力も考えものね」


 サトルの側にいたニーアが目の前で起こる混乱に溜息をつきつつ、一歩前にでる。


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