第69話


「聞け皆のもの!」


 騒動で様々な声が飛び交う中で、ニーアの透き通った声は彼女の声量も相まって辺りに鳴り響いた。


「今、誰もが思ったはずだ! 奇跡が起きたと!」


 その声が徐々に難民キャンプに届いていき、人々が二ーアに注目しだした。

 混沌とした騒動が少しづつ静まっていく。


「さぁ、この奇跡を起こした者を紹介しよう! 勇者サトルだ!」


 サトルはニーアに背中を押されて、どよめく民衆たちの前に出た。


「サトル、聖剣を掲げろ」


 サトルにしか聞こえない程の声でニーアが言う。サトルを訝し気な目で観察している民衆に対して、聖剣を掲げて見せた。


「ゆ、勇者だ! 何故こんなところに勇者が!?」


 怖れ、恨み、怒り。

 民衆の目に、様々な光が灯る。だが、勇者に、サトルに羨望の眼差しを向けるような者達はいなかった。


 メロベキア王国では勇者は英雄でも、他国の人々、特に彼の国の戦争行為によってこのような現状を余儀なくされている人々からすれば勇者など不幸の元凶でしかないのだ。


「心配する必要はない! 彼もメロベキア王国の被害者! そして、今日からは我々と共にメロベキアへの反撃の狼煙を上げるため、ここにいる!」


 民衆の瞳が一つの光に統一される。

 困惑だ。


 もはや、誰もがニーアの言葉に耳を傾けている。


「疑いはもっともだろう! だが、今誰しもが見た奇跡、体験した奇跡! お前達の怪我や病気を治したのは勇者の奇跡であることは疑いようもない筈だ!」


 ニーアの言動一つ一つで民衆の色が変わっていく。

 

「我々はもう大国に虐げられるだけの弱い民衆ではない! 何故なら、奇跡の代行たる勇者が味方にいるのだから!」

「ゆ、勇者様!」


 ニーアの言葉の後、一人の民がそう叫んだ。

 すると堰を切ったように民衆たちは沸き立ち、勇者様コールが鳴り響く。


 サトルは更に聖剣を握る手に力を入れ、腕の限界まで天空へと掲げて見せる。

 こんな短時間で、民達の色は勇者に染まっている。


 確かに、奇跡はあった。

 だが、そんな民衆の変わりようにサトルは少しばかり恐怖するのであった。


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