第16話
「ええ、そうね。間違いなく私は、貴方にメレニアと名乗ったわ」
彼女は肯定した。しかし、どうも引っかかる言い方だ。サトルがメレニアだと考える目の前の女性は間違いなく彼女ではある。しかし、そうではない。
そんな彼女の言葉をしばらく咀嚼し、頭の中で分解する。
「……間者」
「あら、お利口さん」
彼女の言葉の調子には、侮蔑混じりのニュアンスが含まれているように思える。頭の悪い子がようやく一つ、常識を覚えた時のお世辞のように聞こえた。
それと同時に、その言葉は肯定の意味を持っていた。
サトルは格子から一歩離れる。薄暗い牢屋で少しばかりの安堵を与えてくれた彼女は、一気に不安の種へと変貌したからだ。
「お前の目的はなんだ……」
蠱惑的なメレニアの出で立ちに目を奪われ、見逃していたが……よくよく見て見ると、彼女の腰には全長三十センチはあろうナイフが二本携帯されている。
刃渡りは二十センチはあるだろう。サトルの元いた世界の基準で考えれば、軽くニュースで流れるような事案である。
「そんなに怖がらなくても、別に取って食おうってわけじゃないのよ」
彼女の口調は軽い。シチュエーションさえ違えばクラスの女子と馬鹿話をしている気分になれるであろう。
だが、今現在サトルの置かれている状況は芳しくない。牢に囚われ、目の前にはナイフを携えた謎めいたスパイの女。
だが次の瞬間、彼女はサトルのこの絶望にも近い状況を好転させる言葉を吐いた。
「貴方をここから出してあげる」
しばしの沈黙。サトルは彼女が何を言っているのか瞬時には理解する事が出来なかった。
「何を言っているんだ?」
「だから、ここから出してあげるって言ってるのよ。この牢から、城から、貴方を助け出してあげるって言ってるの」
「……何が狙いなんだ?」
彼女は間者。どう言った経緯でメレニアがこの城に忍び込み、何を成そうとしているのかは全くの不明である。
だがスパイと言うのであれば、この国にとって不利益な事を考えているのは明白である。
それが、囚われの勇者を救う事で、達成出来るからの申し出なのだろうか。
「まぁ貴方が強くて頼りになる勇者であったなら話は別だったのだけど……今は生かしておく方が都合がいいだけ。変な誤解はしないでね」
それだけ言うとメレニアは腰辺りから鍵束を取り出し、サトルの牢の扉を解錠した。薄暗く冷たい牢に金属音が鳴り響く。
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