第41話 ズールーの正体

 真理恵の証言は他の女性の証言とほぼ同じであり、彼女たちが何か知っている事はなさそうだ。

 ただ、連れて行かれた山奥の集落は、直ちに捜し出さなければならない。

 由紀と真理恵たちにその集落から見えた山並みや送電線があったという証言から送電線のあるスケッチを描いて貰い、ミイに見せて場所の特定に入る。

 山川署の会議室にモニターを持ち込み、8人程の刑事がその前に居る。

 ミイと俺、それに山本巡査部長がモニターの前に立つ。

「ミイ、女性たちのスケッチから想定される地点を表示してくれ」

 俺がミイに言うと、モニターに赤い点が3つ表示される。

「女性たちの証言から、車で6時間以内の移動と想定されることから、この3地点が考えられます」

 そこは、長野県、新潟県、福島県の山奥になっている。

「ここに電力会社から提供された送電線ルートを重ねます」

 送電線ルートはテロの攻撃対象となることから、機密情報になっているが、今回は電力会社から情報を提供されている。

 それを見ると確かに、赤い点のある場所からは送電線が見える位置を通っている。

「この3地点は昭和50年には既に住民もいなくなり、廃村となっているとのデータがあります」

 ミイが、調べた結果を刑事たちに向かって述べる。刑事たちは、それを黙って聞いている。

「これらの村に行く手段は、このルートになっていますが、現在、通れるかどうかの確認は取れていません」

 地図に赤い線が引かれ、そこがアクセスになるようだ。

「では、直ちに各県警に連絡して、それらの山村の確認に入ってくれ」

 朝倉課長が指示を出すと、その場に居た刑事たちが散らばって行く。

 そして今度は、スマホの解析だ。

 まずは、男性が持っていたスマホの登録者リストが表示されるが、そこには、アルファ、ベータ、チャーリー、デルタ、エコー、フォックスロット、ゴルフ、ホテル、インディア、ジュリエットとある。

「何ですか、これ?」

 モニターを見ていた森田刑事が聞いてきた。

「これはフォネテックコードです。A,B,C,Dということです」

 森田刑事の疑問にミイが答えた。

「すると、真理恵はフォックストロットでFということですか?」

「そういう事だろう。彼女たちは名前でなく、単なる記号で呼ばれていたということだ」

 有村刑事が答える。

「発着信履歴を表示します」

 ミイが、今度は発着信履歴を表示する」

 その中には、先程の彼女たちとの電話の履歴が毎日のように交わされているが、これは相手にした男と接触前後の連絡をしている為だろう。

 しかし、その中にひとつだけ違う名前があった。

「このズールーというのは何でしょうか?」

 この人物だけ電話番号が非通知になっている。

「さっきのフォネテッィクコードではZになります」

 ミイが、森田刑事の疑問に答える。

「電話番号が分からなければ、どうにもならないか」

「いえ、分かります。電話会社のサーバにアクセスすればデータがありますから。電話番号を非通知にするのはスマホの機能であって、サーバ機能ではありませんから」

「ミイ、それなら電話番号を調べてくれ」

 ミイが調べた電話番号が表示される。

「この番号から、これを持っている人物が現在、どこに居るか分かるか?」

 すると、モニターに地図が表示され、その1か所に赤い点が点き、その赤い点が移動している。

「良し、至急手配しよう。このデータを刑事たちのタブレットに送信してくれないか」

 ミイが刑事たちのタブレットにデータを送信した。それと同時に有村刑事から報告を受けた朝倉課長がZを確保するよう指示が飛ぶ。

 今度は刑事の位置を地図上に表示した。刑事たちは青い点で表示されるが、その青い点は赤い点を囲むように配置されている。

 これはもちろん、刑事たちのタブレット上にも表示されており、自分たちが相手を囲んでいるのが分かっている。

 その青い点が徐々に小さくなっていく。

 すると、赤い点の移動が速くなった。どうやら逃げ出したようだが、その赤い点は直ぐに停止した。確保されたのだろう。

 それから1時間ぐらい経過すると、サイレンの音がして、山川署の前にパトカーが到着した。

 俺たちも玄関の所に行くと、パトカーから出て来たのは女性だった。年齢は前田由紀と同じぐらいだろう。

 直ぐに取調室に連れて行き、事情を聴く。取調室には有村刑事と曽我刑事がいる。その他は隣のマジックミラーの部屋で様子を見ている。

 もちろん、俺とミイもその部屋に居る。

「お前がズールーということは分かっている。それで聞くが、お前が麻薬の運び人ということで良いな?」

「……」

 ズールーは何も言わない。

「黙秘か。なら、別の手段を取るか」

 有村刑事がそう言うと、俺たちの部屋に前田由紀が来た。

 マジックミラー越しにズールーを見て貰う。森田刑事が由紀に聞く。

「あの女性を知っているか?」

 ズールーがこっちを向いた瞬間、由紀の顔色が変わった。森田刑事はそれを見逃さない。

「どうやら、知っているようだな。彼女の名前を教えて貰えないか?」

「彼女は『平島 優』。私と同じ集落に居ました。集落の中は常に監視はありましたが、それでも若い女の子です。隙を見ては色々と話をしていました。その時、彼女の名前を教えて貰いました」

「その他に知っている事は?」

「彼女は家出して、新宿に居たところを捕まって連れて来られたと言っていました。その時、彼女は13歳で私より5歳年下でした。

 彼女は、私より後にあの集落を出たと思います」

「今は麻薬の運び屋だそうだ。それもお前と同じだな。それで、一緒の店で働いた事は?」

「それはありません。他の店に行ったのか、それとも別の仕事にさせられたのか、それは分かりません」

「どうする?彼女に会ってみるか?」

「ええ、会ってみたいです」

 森田刑事が由紀を連れて、マジックミラーの部屋を出て行った。俺たちがマジックミラーの部屋から見ていると、ズールーの居る部屋の扉が開き、そこには森田刑事と由紀が立っている。

 ズールー、いや平島優が入って来た由紀を見て、目を見開いた。

「優ちゃん」

「……」

 優の方は何も言わない。

「もう、心配ないのよ。全て話して」

「由紀さん…」

「もう、警察の手入れが入っている。捕まった女の子たちも、そのうち解放されるでしょう。そのためにも、私たちの証言が必要なの。分かるでしょう」

「…由紀さん」

「お願い、あなたの知っている事、全て話して」

「分かりました。お話しします」

 平島優の話が始まったが、廃村での共同生活の話は由紀の話と違うところは無かった。

 由紀が廃村を出てから5年後、優もその廃村を出て新宿にあるクラブでホステスと働き始めるところも同じだ。

 そこでは30歳になるまで働き、31歳になると住んでいる場所を移された。そこには男がおり、その男と二人で運び屋をやることになる。二人は夫婦ということで、近所にも認知されていた。

 男は朝になるとスーツを着て出かけて行き、夜になると帰って来るという生活をするので、普通のサラリーマンと思われていた。

 優の方も男からの指示で家事が終わった10時頃に出て麻薬を運び、夕方4時には帰って来ていたのでパートに出ていると思われていたようだ。

 しかし、避妊薬を飲まされており、子供を産む事は許されなかった。

 男と生活していると、それでもある程度は感情が芽生える。時には二人で酒を飲む事もあり、そんな時は、男が話をしてくれた事もあると言う。

 男は、『白井 晃』と名乗っていた。優は、『白井 優』だ。

 男は北朝鮮から来たと言っており、仲間からは「白」のコードネームで呼ばれている事も話してくれた。

 男は時々、ハングル語で仲間と話をしていたが、その内容は優には分からない。恐らく、誰からか指示を受けていたのではないかと思われる。

 そして、電話での指示があると次の日は男が違う行動を取るらしく、出て行く時間も帰って来る時間も異なっていたし、持って出るバッグも大きなバックを持っていたので、出張に行くように見えたという。

 そして、男が持って帰ってきたバッグの中には白い粉が入った袋が小分けれており、優はその袋を手渡され、運び屋をやっていた。

 時には男と寝て、その相手にも渡していた事もあった。


 その話は由紀と同じだが、一つ違うのは由紀は一人で住んでいて、夜は由紀を抱く不特定の男が家に由紀を訪ねて来ていたが、優は男と同居して特定の男が監視も兼ねていたという事だろう。

 その点、優は男と住んでいたために、男から情報も得る事が出来た。その結果、麻薬の密売には、どうも北朝鮮が関与しているらしいと言う事が分かった事だ。

 優が持っていたスマホをミイが調べるが、そこには白井という人物の名前だけがある。そして着信はその人物からだけで、発信の履歴はない。

 優は、白井から連絡されるだけのような立場だったようだ。そして、白井の身元を隠すために優は白井の妻とする事になったのだろう。

 そして、麻薬を渡す場所と相手は、その白から指示されていたという話とスマホの履歴の情報は一致している。

「ミイ、その白井という人物の行方は分かるか?」

 ミイが優のスマホから白井の電話番号を調べている。

「白井の居場所が判明しました。地図に出します。それと顔写真も撮れましたのでタブレットに送ります」

 手に持っているタブレットに男の写真が出てくる。

「ミイ、この顔写真をサーチしてくれないか?」

 ミイが男のサーチに入った。ただ、監視カメラを全てサーチするのは大変だ。ミイの上の方から白い湯気のような出てきた。

「ミイ、ストップ。サーチ中止だ」

 そう言ったが、既に遅くミイが倒れた。俺はミイを抱き起そうとしてミイに触ったが、

「熱っ!」

 その身体は熱く、触る事も出来ない。

「拙い、身体がオーバーヒートした。直ちに冷やさないと」

 取調室に置いてあった扇風機を使って、ミイの身体を冷やすが、ミイを通過した風は暖かい。

 しばらくすると、触れるぐらいまでになって来たので、ベッドに移動させる。

 すると、ミイが目を覚ました。

「パパ、私…」

「オーバーヒートしたみたいだ。俺の指示が適当だったため、ミイの負荷が増えたようで申し訳ない」

「そうだ、白井のサーチをしないと」

「まだ、少し休んでいてくれ。その間に、こちらで調べられる事は調べてみる」

 ミイにはそう言ってみたものの、ミイがいないと調査に時間がかかる。なので、山奥にある廃村について各県警からの調査状況の報告を受ける事にした。

「調査はドローンを使いました。余り近づくとバレる可能性がありますので、遠方から望遠での撮影になります。

 その結果、人が確認されたのは福島の山村です。現在、そちらには福島県警の機動隊とヘリが向かっていますので、しばらくすると状況が判明すると思います」

 30代の刑事だろうか、状況を説明してくれる。

 彩芽は一旦、日奈子のおしめと授乳をしてきて、再び部屋に入って来た。

「日奈子はどうだ?」

 入って来た彩芽に俺が聞く。

「うん、お乳を飲んだら眠っちゃった。それで、状況はどう?」

 彩芽の質問に現在の状況と、ミイがオーバーヒートで倒れた事を話す。

「そう、ミイちゃん、あまり無理は駄目よ」

「ママの言う通りにする」


 部屋に戻りモニターを見つつ、そんな話をしていると、警察無線から白井の包囲網をしていた部隊からの連絡が入る。

「こちらA部隊、ただ今より、白井の確保に当たる」

「ピー本部、了解」

 どうやら、白井の確保になるようだ。モニター上では白井を示す赤い点に向かって行く警官を示す青い点が包囲して行くのが、はっきりと表示されている。

 赤い点に向かって青い点が近づいたと思ったら、青い点が乱れだした。

「何かあったようだわ」

 彩芽が言う。

「本部、救急車の手配をお願いします。森田刑事が撃たれた」

「ピー、森田刑事が撃たれた、了解。意識はどうだ?」

「意識は無いが、まだ息はしている」

「ピー、了解。直ちに救急車を手配する。白井の方はどうだ?」

「白井は拳銃を持っており、それで撃たれた。現在、銃撃戦だ。

 あっ、白井が自分の頭部を撃ち、自殺した。生死を確認する」

 現場では大変な事になっているようだ。しかし、森田刑事が撃たれたのに驚いたのは俺と彩芽だけではない。

 隣では山本巡査部長も青い顔をしている。10分ぐらいしたら、再び警察無線が入った。

「救急車が到着した。ただ今より、森田を山川第一病院に搬送する。それと、現場封鎖の人員と鑑識を寄こして貰いたい」

「ピー本部、了解」

 白井が自殺したことでも無線のやり取りは終了したようだ。彩芽が俺に話しかけてきた。

「森田くん、大丈夫かしら?」

 森田刑事には警察に入る前から色々と教えて貰ったし、犯人の逮捕にも同行した事があるので、とても他人事ではない。

「俺たちに何か出来れば、力になりたいが…」

「パパ、森田刑事を助ける」

 そう言ったのはミイだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る