第40話 家宅捜査

「私が連れて行かれたのは人里離れた山奥で、そこは住民が住まなくなったと思われる集落です。その中の一軒の家に入ると、女性だけ6人が居ました。みんな私と同世代だったと思います。

 そこでは、男の人たちが10人程いましたが、いつも居る訳ではなく、入れ替わりで番をしているようでした。

 男たちは日本語とハングル語で会話をしていたのを覚えています。私たちはそこで、運び屋としての教育を受けました。

 それとスパイとしての教育も受けました。

 そこで2年間過ごした後、東京に連れて来られクラブで働かされましたが、そこはクラブといってもスパイ活動の拠点です。お客は、芸能人や会社の役員、中には政府高官なんてのも居ました。

 その人たちと身体の関係を持って、機密情報を聞き出すのです。そして、身体の関係が築かれると、麻薬も与えるようにします。薬で都合の良いように動かす訳です」

 最近、芸能人や官僚などの麻薬汚染が深刻になっているが、そんな裏があったのだ。

「でも、そんなのも30代半ばまでです。そこを過ぎると後は麻薬の運び人として、組織から使われました」

「その組織はどういう組織なんだ。韓国人なのか?」

「詳しくは分かりません。それを知れば、恐らく生きてはいなかったでしょうから。ですが、男たちの会話やいつも連絡にハングル語を使っていたので、恐らく朝鮮半島系の組織であるとは思います」

 何か吹っ切れたのか、堰を切ったように話し出した由紀の証言は貴重な情報だ。

 そして、由紀の働いていたクラブには既に家宅捜査の手続きが取られている。今日中には捜査員が入る事になるだろう。

「それで、あんたが運び屋となった後、新しく入って来た人たちは居るのかい?」

「ええ、居ました。恐らく同じように、何処からか連れて来られた少女たちでしょう」

 行方不明になった子供たちの調査も行わなければならない。そのために直ぐに、捜査本部の立ち上げが行われるだろう。

「それで、金愛姫という人物について、教えて貰えないだろうか?」

 先程まで、由紀に聞いても黙っていた質問だ。

「金愛姫が何人居るのか、それは私にも分かりません。私以外の金愛姫にも会った事はありません。

 共同生活をしていた中にも、金愛姫として活動して者も居るかもしれません。それは他の女性たちも、そうだったのでないでしょうか?」

「その共同生活していた女性の名前とかは知らないか?」

「知りません。昼は私語禁止で、夜は男たちと寝ていましたから」

 男たちと寝ていたということは、男たちの相手をしていたということだろう。

「そ、その男たちは…」

 曽我刑事も考えている事は同じなのだが、突っ込んだ話は聞けない。

「ええ、その男たちの相手と夜に男が喜ぶ事を教え込まれました。そうして、客を喜ばせて、情報を得るのです。

 そんなの最低ですよね。でも、そうしないと生きていけませんでした。途中で居なくなった女の子も居たのですが、生きて集落を出たとは思えません」

 思った通りの言葉に、曽我刑事も何も言えない。

 白鳥刑事は、既に涙が頬を流れている。

「その集落があった場所は?」

「それは分かりません。ただ、冬には雪が1mは積もっていました」

「景色は?見える景色で何か気になった物が見えなかったかね」

「山だけだったので、見えると言えば山と送電線くらいでしたね」

 今の言葉を聞いて刑事が部屋を出て行った。恐らく雪が積もる地域で、送電線の通る地域を電力会社に問い合わせているのだろう。

 その中から、今は廃村となった場所を探し出す訳だ。

 それからは由紀と話をしても有益な情報は出てこなかった。


 二人は留置場に戻されたが、現場の刑事たちはこれから、由紀が働いていたというクラブの家宅捜査になる。

 由紀を確保したのが朝の早い時間だったので、昼前には令状が届いた。家宅捜査は昼に決まり、今は捜査会議だ。

 いつものように、前にリーダーがいて、捜査方法を説明している。

「今回、突入と同時に発砲してくる可能性もある。何たって裏はマフィアか国家権力かというべき組織なのだ。

 従って、ファーストエンリーの者は防弾チョッキを着用のこと。他に質問は?」

 誰からも手が上がらない。

「では、突入時間を合わせる。今から1時間後の11時丁度だ。時計を確認したか。では解散」

 その言葉と同時に着席していた刑事たちが席を立った。

 俺たちも同じように席を立ち、情報鑑識センターに戻ろうとした時だ。一人の男性がこちらに近づいて来る。

 先程、突入の説明をしていた、朝倉課長だ。

「桂川くんだね。実は頼みがある。この家宅捜査に現場出動して貰えないだろうか。もちろん、上司の桂川警視には連絡をしておくが」

 隣を見ると日奈子を抱いたままの彩芽がいて、この話を聞いている。

「どうだろうか。以前、人質事件が発生した時の事を聞いているので、君の持っているアバターも一緒に出動して貰えると有難い」

 朝倉課長は、彩芽もミイも知らないみたいだ。

「私は、構いませんが…」

「そうか、では早速、桂川警視に連絡を入れよう」

「いや、それには及びません。あなた、行ってきて。そうだわ、私も行こうかしら」

「いえ、ご家族の方は、ちょっと困るんだが」

「えー、何でよ。私が行っても良いじゃない」

「彩芽、日奈子はどうするんだ?」

「車に居るわ。ミイちゃん、画像は車に伝送してね」

「ママ、分かった」

 ミイも最近、彩芽の事はママと呼ぶ事に抵抗が無くなったようだ。

「いや、奥さんと娘さんが来るのは困るから」

 そんなやり取りをしている所に森田刑事がやって来た。

「朝倉課長、どうしました?」

「いや、この桂川くんが嫁さんと娘を連れて来るなんて言うもんだから、困っているんだ」

「はっ?ははは」

 森田刑事は、いきなり笑い出した。

「課長、この女性は警視ですよ。桂川警視、この圭くんの奥さんです。そして、この娘のように見えるのが、例のアバターですよ」

「ええっ!そうなのか?」

「そうですよ。この奥さんは、僕らより階級は上ですから」

 朝倉刑事は声も出ない。乳飲み子を抱いて、小さな子供と手を繋いでいる姿は、どこかの主婦であって、とても警視には見えない。

「では、そういう事で、私も行きますから」

「は、ははっ!」

 朝倉刑事はその場で敬礼した。

 地下駐車場から専用の電気自動車に俺たち家族4人が乗り込み、現場に向かう。その前後には同じような覆面パトカーが連なっているが、当然の事ながらサイレンや赤色灯はつけていない。

 車列は繁華街の中でも高級店が揃う通りの近くに来た。店の前まで行くと、バレる可能性があるから、ある程度の距離を置いて車を停める。

 そこから、一般人を装って、店の前に来た。そこには既に刑事が12人居る。店の裏側には8人、その店の入っているビルの5階が女性たちの住居ということだったので、そこにも刑事が10人張り込んでいる。

 それ以外にも、各階に5人ずつ配置されている。

「突入!」

 警察無線から指令が出された。

 その瞬間、配置された刑事が扉をノックし出す。

「開けて下さい。開けて下さい」

 1階は刑事が扉を叩くと、その扉が開いて男が顔を出した。

「前田由紀、誘拐の疑いで家宅捜査を行う」

 一番前に居た刑事が令状を見せると、それと同時に扉を押し、中に入って行く。

 それは5階も同じだ。

 突入の様子は刑事の胸の所に仕込まれた小型カメラとマイクを使って、警察無線用の5G周波数を使って伝送されている。

 このような資機材は警察の正当性を立証するため、最近導入されたものだ。

 俺たちは警察用タブレットで、その映像を見ているが、1階の方は男性従業員と思われる男が3人居た。

 それ以外は普通の高級クラブであり、他に怪しい点はない。男も何も抵抗せずにそのまま確保された。

 そして、5階だが、こちらも中に入ると、そこには女性だけ5人が居た。しかし、部屋の大きさの割に居る人数が少ない。

「他の女性はどうした?」

「皆、営業に出ています」

 一人の女性が言う。営業と言うが、早い話、身体を売っているという事だろう。

「その女たちは、いつ頃帰って来る?」

「そろそろ帰って来る頃です」

 それを聞いたところに、いかにも水商売風の女性が通りかかった。周辺で警戒していた刑事が、すかさずその女性を確保した。

 それからも、また一人、また一人と歩いて来る女性を確保したが、麻薬の密売に関わるような人物はいない。

 全ての関係者と思われる人を全て署に連行して、事情を聞く事になった。

 その頃には覆面パトカー以外も来て、車に乗せている。


 連行され、従業員が居なくなった店に入って、俺たちが捜査をする。

「ここに、何か証拠となる物はないだろうか?」

 一緒に入って来た朝倉刑事が言う。

「ミイ、頼む」

 ミイが店の中を見渡している。

「あの壁の色彩調が違います」

 ミイが指示した奥の個室に行くが、そこには何も無い。ただの壁だ。

「何も怪しいところは無いぞ」

 ミイが壁の一部を触ると、そこには隠せる様になっているノブがあった。

 そのノブを回すと扉になっており、開けると奥に部屋がある。その部屋もソファーとテーブルがあってレイアウトは変わらないが、一つだけ違っていたのは、大麻を吸うためのパイプや麻薬用の注射器があったことだ。

 更に部屋の片隅には棚があり、そこには乾燥大麻や白い粉があった。これはどうみても麻薬に違いない。

 直ちに鑑識が来て、麻薬の検査をすると、検査薬が青くなる。

「ミイ、他には無いか?」

「ありません」

 次に5階の女性たちが住んでいる部屋に向かった。

 扉を開けて中に入ると、共同生活していると思われる布団が敷いてある。とても、女性の住んでいる部屋とは思えないほどの煩雑さだ。

 その中をミイが分析している。

「ミイ、こちらの部屋はどうだ?」

「こちらには何もありません。生活に必要な物しかありません」

 そうなると後は、鑑識のチームに任せるしかない。今頃は、下の店の方にも鑑識が入っているだろう。

「鑑識の方が写真を見つけたら、情報鑑識センターに廻して下さい。顔情報の分析をします。それと、スマホ類は押収してあるものは、こちらで調査します」

 彩芽が曽我刑事に言う。

「それでは、そのようにします」

 俺たちは、専用車に乗り、センターに帰ることにした。


 連行された男性と女性に事情聴取が開始されたが、男性の方は黙秘しているようで担当刑事も困っている。

 男性は、今だに名前も分からない。

 片や女性の方は連行後に色々と話をしている。そのうちの一人の取り調べに俺とミイも立ち会う。

 こちらの担当は、曽我刑事が行っている。

「まず、名前は?」

「フォックストロットです」

「いや、本名の方だ」

「『中山 真理恵』です」

「日本人で良いか?」

「はい」

「年齢は?」

「27です」

「それで、あそこに居た経緯を教えて貰えないか?」

 中山真理恵は、中学の頃、親に反目して家出をし、渋谷でブラブラしていたところを男たちに声を掛けられ、そのまま拉致されたとの事だった。

 12年前の行方不明者を調べると確かに、捜索願いが出されていることも確認された。

 拉致後は由紀と同じように、山奥と思われる部落に連れて行かれ、そこで他の女性たちと共同生活を送っていたというこだ。

 そして、18歳になるとあの店に連れて来られ、ホステスとして働きつつ、会社の経営者や芸能人、政治家などの高級コールガールをしていた。

 あの部屋は店で働いている女性ばかりいたが、お互いに本名は知らずに、先程の英語名で呼び合っていたそうだ。

 その名前も、監視役の男が命名するそうで、先代のフォックスロットがいなくなると次のフォックスロットが来るという事を繰り返しており、真理恵は2代目フォックストロットとのこと。

 先代のフォックストロットがどうなったかは真理恵は知らないということだが、ある年齢になると、客の相手にならないと判断され、引退となる。

 引退となった女性がどこに連れて行かれるのかは知らされていないが、何人かは殺されたのではないかというのが、女性たちの間の話だった。

 中には逃げたりする女性もいたが、その女性たちが戻って来る事はなかったので、逃げきれたのか、それとも捕まって殺されたのかは分からないが、気になっても聞く事は出来なかったらしい。

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