第38話 麻薬班の素性
「今だ!」
警棒を持っていた警官が、男に向かって飛び掛かった。人質になっていた女児は、その隙に両親の元に走って来ている。
警官が手錠をかけると、パトカーでやって来た応援の警官も到着した。そして、何事もなかったように、子供の姿に戻ったミイもやって来た。
「ミイ、ご苦労さん。ミイのおかげで助かった」
「愛情1ポイントアップ」
「相手に当たった瞬間、電撃をかけたのか?」
ミイが変身したボールが男に当たった瞬間、「バシッ」と音がしたのでミイに聞いてみる。
「その通りてす。パパ」
外に居る時は「ご主人さま」ではなく「パパ」と呼ぶようにしてあるので、人の目を気にして「パパ」と呼んだのだろう。
「それと、ここに居る野次馬の撮影した画像は全て消してくれ」
「分かりました」
ミイが野次馬が持っているスマホにアクセスし、撮影された動画を削除している。
ざっと見て、20人以上が居たので、20台のスマホから撮影データが消された。
「情報鑑識センターの桂川警視ではありませんか?私は、山川署の藤井といいます」
見ると、パトカーで応援に来た警官だろう。俺たちの方にやって来た。
「はい、桂川です」
その警官に向かって彩芽が答える。
「このような所におられるとは奇遇ですね」
「今日は休日なので、主人と子供と来てみたら、このような事になって。でも、あの方たちのおかげで何事もなく収束して良かったです」
「そうですね、それでは今から、犯人を連行します」
「ご苦労さま」
彩芽が言うと、警官は敬礼して去って行った。
「さて、片付いたから俺たちも帰るか」
俺が言って帰ろうとした時だ、ミイが俺に言ってきた。
「パパ、捕まった人、麻薬中毒です」
「今の人って、刃物を持って暴れた人か?ただの異常者じゃないのか?」
「あれは麻薬による幻覚から来る異常行動です」
「ねえ、あなた、麻薬の密売人で『金 愛姫』という人が居たじゃない。その正体が未だに分かっていないんでしょう。もしかしたら、あの人が知っているかも」
「あの藤井という警官に連絡を取って、麻薬中毒の疑いがある事を伝えよう。そうすると麻薬検査もするだろうから。
それと、刑事課の方にも連絡しようか」
「有村刑事と森田刑事?」
「そうだな、話が通し易いという点でそうかな。でも、二人とも今日は休みだろう」
「問題有りません。二人とも捜査用のスマホはいつも持っています」
俺の質問に答えたのはミイだった。
「それじゃあ、車に戻ってから連絡しよう。ここでは誰に聞かれているか分からないから」
俺たちは専用の電気自動車に戻ってきた。充電ケーブルを外して一般の駐車場に移動させ、通信装置を起動させると直ぐに有村刑事と森田刑事に電話をする。
「はい、有村です」
「桂川です。先程、山川公園で麻薬中毒者と思われる人が暴れたのですが、もしかしたら、金愛姫を知っているかもしれないので、後から事情を聞きたいのですが」
「休日に何の用かと思ったら、アバターの嬢ちゃんとその旦那か。いきなりなのでびっくりしたぞ。
取り敢えず、話は分かったので上の方には、俺から連絡しておこう」
同じ電話を森田刑事にもする。
森田刑事はデート中だったようで、彼女から離れて電話するとの事だった。
「森田くんの彼女って誰かしら?まさか、山本ちゃん?」
「まあ、年齢は近いけど、それは無いんじゃないか?」
「でもほら、事実は小説より奇なりと言うじゃない。付き合っていたとしても不思議じゃないわ」
「まあ、俺たちも人の事は言えないしな。でも、彩芽は考え過ぎだよ」
「ピー、山川公園で確保した容疑者は麻薬中毒との情報あり、連行後、薬物検査を行う」
「了解」
パトカーへの通信だろうか。起動した警察無線から情報が入って来た。
「それから、人質に取られた家族と対応した警官は事情聴取のため、署に来て貰うように」
俺たちも山川署に行った方が良いだろう。
「ミイ、このまま山川署に行ってくれ」
ミイが運転した電気自動車は、そのまま山川署に向けて走り出した。
電気自動車は山川署に到着すると、そのまま地下駐車場に入って行く。そこにある電気自動車専用の駐車場所に停めたら、充電ケーブルを繋いで、エレベータで取調室のある3階に行く。
エレベータを降りたら、人がかなり居る。
「あのう、どうしたんですか?」
近くに居た制服警官に聞いてみた。
「あっ、ここは一般の人が来る所じゃない。直ぐに降りて行って。しかし、どうやってここまで来たんだ。認証カードが無いと入れないはずだが…」
「失礼しました。我々はこういう者です」
俺と彩芽、それにミイが警察の認証IDを見せた。
「け、警視!」
彩芽の認証IDを見た警官がびっくりしている。それはそうだ。乳飲み子を抱いた女性がいきなり警視の認証IDを見せたのだから。
「それで、何があったのです?」
「いや、麻薬中毒者が暴れて、それで今まで皆で押さえていたのです」
「それで、今は?」
「はい、手錠とロープで固定しました」
「分かりました。それでは、ちょっと通ります。我々も逮捕の現場に居たので」
「はっ!」
警官は敬礼して道を開けてくれた。
我々が取調室に入ると、そこには椅子にロープで縛られた被疑者が居た。手を後ろに廻され手錠をかけられている。
今は、大人しいとのことだが、先程まではかなり暴れたらしく部屋の中が散らかっているのが目についた。
男は下を向いていたが、俺たちが入ると死んだような目で睨みつけて来た。
「さて、聞きたい事がある。お前は麻薬の売人でもある事は、既に分かっている。お前に麻薬を売った人物を教えて欲しい」
「さあて、誰でしょうね」
質問しているのは、組織犯罪対策部の曽我刑事と言うらしい。この人もかなり年配の刑事だ。
そして被疑者は、前田英二と言い、暴力団関係者というところまで調べがついている。
当然、初犯ではなく、前科3犯ということだ。その3犯はいずれも麻薬関係で逮捕されている。
曽我刑事が更に質問していくが、前田英二は沈黙したまま何も語らない。
「我々が調べてみましょう。モニターを用意して貰って良いですか?なるべくカメラに映らない方が良いですね」
曽我刑事に俺が言った。2031年の今では、取調べはカメラとマイクで常に監視されており、それらは法廷での証拠にもなる。そのカメラに映らないようにモニターをセットして欲しいと伝えた訳だ。
若い刑事が直ぐにモニターを持って来て、カメラの死角になるように設置する。
「ミイ、この前田英二の過去から今までの、分かっている事を時間を追って調査してくれ」
「はい、前田英二、本名、朴哲男(パク チョルナム)在日朝鮮人の3世です。年齢は66歳、朝鮮学校を卒業後、暴力団山田組に加わりますが、直ぐに麻薬の運び屋となり、それに麻薬常習者として逮捕、懲役3年の刑になりました。
出所後、再び山田組組員となり、暴力沙汰、暴行、みかじめ料など様々な犯罪を繰り返し、逮捕。今度は懲役10年の刑になります。
そして出所後、10年程は大人しくしていましたが、麻薬による幻覚から、同じ組の組員を殺し、今度は懲役18年の実刑判決を受け服役、4年程前に出所しています」
ミイが話すと同時に、モニターには若い時からの前田英二の写真が出て来る。
「ふん」
前田はそのモニターを見ても悪態をついている。
「家族構成ですが、父親と母親は既に他界しています。息子が犯罪者ということで、かなり肩身の狭い思いをしていたようです。
両親は息子が犯罪者と言う事を隠して働いていましたが、どこからかそのような噂を聞きつけて、解雇されたり、自分から辞めたりして、一定の町に住み続けた事はありません。家計もかなり苦しかったようです」
その様子もモニターに表示されるが、前田はモニターを見ようとはしない。
「彼には妹が一人います。日本での名前は、洋子。今は…」
ミイが黙った。
「ミイ、どうした?」
「いえ、言っても良い物かどうか?」
その言葉に前田も気になったようだ。
「何だ、言ってくれ」
「ミイ、言ってやれ」
「はい、妹の洋子さんは既に亡くなっています。死因は麻薬中毒によるノイローゼで自殺というのが、検死結果です。享年42歳。今から22年前の事です」
「い、妹の家族は?」
「亡くなった当時、16歳の娘さんが居ましたが、現在は行方不明です」
「だ、旦那は?」
「結婚した届け出はありません。従って、娘さんの父親は分かりません」
「そ、そうか」
前田が項垂れた。
「そうすると、娘は今38歳ぐらいか。結婚していても不思議じゃないな。もし、結婚していたら叔父さんが、こんな犯罪者だと知ったらどう思うだろうな」
俺は思わず言った。すると、前田の目から涙が落ちた。
「ミイ、その娘の名前や写真はあるか?」
「名前は『前田 由紀』、中学の卒業写真があります」
モニターに中学のセーラー服を着た少女が写った。その顔はどことなく、叔父の前田英二に似ている。
「前田に似ているな」
「うっ、うっ」
俺が言うと、前田は大きく泣き出した。
「ミイ、この中学生の姿から現在の姿をシュミレーションしてくれ」
ミイが卒業写真を加工し、38歳の姿になっていく。その姿は中年女性だが、今は太ってているのか痩せているのかまでは分からないので、中肉中背の姿をしている。
髪もショートなのかロングなのか髪形も分からないので、様々なパターンと組合せてみる。
「ちょっと待って!」
彩芽が待ったをかけてきた。
「どうした?」
「今の顔、どこかで見たような。ミイちゃん、この顔で以前、顔認証した時のものとか無い?」
「過去の顔認証全てを探索します」
ミイが黙った。過去に紹介した顔写真を全てサーチしているのだろう。
「写真ではありませんが、似顔絵ならあります」
ミイがモニターに表示したのは似顔絵だ。
「これは、確か金愛姫」
彩芽が言う。この金愛姫は麻薬の売人で手配者になっているが、その人物は良く分かっていない。
写真も無いので、過去に捕まえた密売人から聞いた似顔絵しか無く、その似顔絵も人によって違う。
まるで現代の怪人二十面相のようだ。従って。ミイの顔認証でも犯人を特定出来ていない。
しかし、その金愛姫の言葉に動揺したのは、他ならぬ前田だった。
「その様子を見ると、お前はこの金愛姫を知っているようだな」
曽我刑事が前田の動揺を見逃さずに聞く。
「い、いや、知らない」
もしかしたら、その金愛姫が姪かと思った前田は知らばっくれた。
「前田の携帯とかありますか?」
俺が言うと、若い刑事がスマホを持って来た。
「これです」
「ミイ、このスマホの発信履歴と着信履歴を調べてくれ。その中で一番多いのをモニターに出すんだ」
モニターに発信と着信の履歴が表示される。その中でダントツなのが「あい」という人物への発信、着信だ。
「この『あい』というのが、どうも金愛姫のようですね。金愛姫も『愛』の文字がありますから」
「確かにそれは言えるかもしれないが、例え番号が分かったとしてもどうする?」
「電話をかけて呼び出しましょう」
「そうとなれば、招集をかけるか」
曽我刑事はそう言い、前田の取調は一旦中止となった。
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