第37話 日奈子の公園デビュー

「確かに、それは言えるな。ミイ、取り敢えずは今のまま監視してくれ」

「分かりました」

 それから、コンビニ強盗と駅員に暴行を働き逃げた会社員を捜し出す事をやり、4時には家に帰ってきた。

「結局、休みだというのに仕事をしちゃったな。彩芽、申し訳ない」

「ううん、いいのよ。それだけあなたが、真面目な夫ということだし」

「お詫びに明日は家に居るよ」

「でも、家で何をするの?」

「そう改まって聞かれると、する事がない」

「ホホホ、また、ショッピングセンターに行くつもり」

「いや、公園にでも行こうか」

「なら私が、お弁当を作るわ」

「いや、そんな遠くに行くつもりはないのだけど…」

「家族で出かけるというのが良いのよ。私、両親が死んだから、家族と出かけたという記憶が無いから」

「俺も両親が小さい時に離婚したから、家族で出かけたという事はないなぁ」

「なら、いいじゃない。家族4人で出かければ」

「そうだな、ミイも家族だから、当然だな」

「愛情2ポイントアップ」

 彩芽は明日の支度の為にキッチンに行き、手が空いた俺は日奈子をあやすと寝てしまった。

 明日の支度が終わった彩芽が、リビングに来た。

「日奈子は寝た?」

「うん、寝たよ」

「私たちも寝ようか」

「まだ10時前だよ」

「いいじゃない。ね、寝よう」

 見ると彩芽の目がウルウルしている。これは、拒否出来ない。

「じゃあ、先にベッドに行っているから。ミイはスピーカの上に戻って貰って良いか?」

「スピーカーに戻ります」

 ミイはそう言うと、3Dホログラムになって、スピーカの上に戻った。日奈子はベビーベッドの中で寝ている。

 寝室に居ると彩芽がリビングの電気を落として入って来た。見るとネグリジェを着ている。彩芽もそのつもりだと言う事だろう。土曜日の夜は長くなりそうだ。


 翌朝、目を覚ますと彩芽が俺の腕にしがみついているが、身体は何もつけていない。

「彩芽、朝だぞ」

「うーん」

 彩芽が目を覚ますと、シーツを深々と被った。

「おーい、どうした?」

「だって、恥ずかしいんだもん」

「夫婦だぞ。今更、何を言っているんだ」

「だって…」

 恥じらう彩芽は、一回り上とは思えないほど可愛い。

「朝食を食べて公園に行くんだろう」

「あっ、そうだった」

 彩芽はベッドの傍にあった衣服を取ると着替えてリビングの方に行く。俺も彩芽に続いてリビングに行った。

「おぎやー、おぎゃー」

 日奈子も起きたようだ。

「ミイ、起きているか?日奈子を見てくれないか?」

「分かりました。ご主人さま」

 3Dホログラムになっていたミイが立体に戻り、日奈子の寝ているベビーベッドの方に行く。

「ご主人さま、化学分析と幼児の鳴き声解析の結果、おしめの交換要求のようです」

「ミイ、日奈子のおしめ交換をやってくれ」

「分かりました」

 ミイが新しいおしめを持って、日奈子の方に行く。ミイは日奈子のおしめを手際よく交換していく。

「ミイ、ありがとう。ミイは何でも手伝ってくれて、本当にお姉ちゃんのようだな」

「愛情3ポイントアップ」

 ミイを褒めた事で愛情ポイントがアップした。

 おしめの交換が終わると、彩芽が日奈子の所に行く。彩芽が日奈子に授乳するためだ。

「ご主人さま、私も日奈子に授乳したいです」

「ミイは子供だからお乳は出ないだろう」

 ミイには、最近は10歳ぐらいの大きさになって貰っている。ミイは身体の大きさも姿も変えられるので、子供の姿でいる必要はないのだが、子供サイズでいると、交通機関に乗る際も子供料金で良いので安上がりだ。

 しかし、本当はアバターなので、本来は運賃は不要なのではないかと思うが、運賃を支払わないと、それはそれで問題となりそうだ。

 最も、スマホの形になってポケットに入ればタダになるが、最近は家族4人だと言っているので、ミイをスマホ型にするのは止めている。


「どこの公園に行こうか?」

 朝食を食べながら彩芽に聞く。

「ミイちゃん、どこか良い公園はないかしら?」

 彩芽はミイに聞いた。

「ここはどうでしょうか?」

 パソコンモニターが起動し、そこに地図が表示される。その公園は郊外にある公園で農産物の直売所も併設されている場所だ。敷地もかなり広い。

「山川健康緑地公園か。そこにするか」

「うん、良いかも」

 俺が言うと、彩芽も賛成してくれた。

「駅から快速で5駅、そこからバスか」

「車で行きましょうよ。何かあった時にもセンターと連絡を取れるし」」

 彩芽は俺たちに貸与されている電気自動車の事を言った。あの車は緊急車両となっているし、センターと連絡を取るための通信設備も完備してある。

 しかし、何と言ってもベビーカーとか荷物がある場合は車の方が重宝する。

 出かける用意をして荷物を持ったら、官舎の地下に停めてある電気自動車の所に来た。

「ミイ、運転は任せるから。場所は確認しているな」

「場所は確認しています。緊急モードで走行しますか?」

「いや、プライベートだからそれは止めてくれ」

「通常モードで運行します」

 荷物を積み込んだ電気自動車は地下駐車場を出発し、目的地である山川健康緑地公園を目指す。

 いつもの通り、運転席には俺が座っているが、車のコントロールをしているのは助手席に座ったミイだ。

 後部座席には、彩芽が日奈子を抱いて座っている。

 日曜日の渋滞が無い道路をミイが運転する電気自動車は、快調に郊外に向かって行く。

 しかし、今日は調子が良いのか、赤信号に停まらない。

「今日は信号で止まらないな」

「通過時間を予想して、信号の点灯間隔を調整しています」

 これって、ミイが信号の点灯間隔を計算しているから、赤信号で止まらないというのか。

 そう言えば、車の速度もさっきから一定だ。俺たちより飛ばして行く車は直ぐに信号で止まって、その度に発進を繰り返すので、運転手は堪った物ではないだろう。

 反対に俺たちの後ろをついて来る車は信号で止まる事がないので、不思議に思っているかもしれない。

 交通機関を使うと1時間ぐらいかかるが、車だと30分程で着く。車を電気自動車専用の駐車場に入れ、充電を開始する。

 荷物はカーゴルームから出し、日奈子はベビーカーに乗せて移動する。初夏とは言いつつも、まだ日差しはそれ程強くない。

 彩芽は日傘を出して歩いている。時より吹く風が心地良い。

 公園はかなり広く、芝生敷の所もあり、そこにある木陰の場所は既に家族連れがシートを広げて子供たちと遊んでいるのが目に入る。

 俺たちも同じように、木陰を見つけると、そこにシートを敷いた。ベビーカーから日奈子を降ろすと、日奈子も気持ち良いのか笑っている。

「日奈子も笑っている。ここに来て良かったみたい」

 彩芽が言うので、俺も日奈子を覗き込むと、可愛い顔で笑っていた。

 俺の隣にはミイの顔もある。

「高い、高いしてと言っています」

「「えっ!」」

 俺と彩芽がミイの顔を見る。

「ミイ、どうしてそんな事が分かるんだ?」

「日奈子の表情をAI分析して、その結論になりました」

 俺は日奈子を抱上げて上に持ち上げると、日奈子はそれこそ満面の笑みで答えた。

 ミイの言った事はどうやら本当だったようだ。

 しばらく、木陰に居たが、そのうち公園の中を散歩して、東屋のような屋根のある場所に来た。時計は11時を指している。

「ちょっと早いけど、お昼にしようか」

 彩芽がランチボックスを取り出した。中を見るとサンドイッチと哺乳瓶が入っている。

 まずは、日奈子の食事からだ。彩芽が日奈子を抱いて、哺乳瓶を咥えさせると日奈子は元気よく哺乳瓶のミルクを飲み出す。

 日奈子はミルクを飲み終えると、欠伸をして眠ってしまった。今度は俺たちの食事になる。俺と彩芽はサンドイッチを食べ、ミイには、USBのバッテリーを手渡すと、ミイは隠れるようにして手を変形させ、バッテリーに接続している。

「あの人たち、親だけご飯を食べて子供に食事を与えてない」

 親に手を引かれた子供が親に言っている。親の方も俺たちを見て、目を顰めている。

 いや、ミイは荷電粒子結合体だから、普通の人が食べる食事は出来ないし、ちゃんとバッテリーを与えているから虐待じゃないぞ。

 そうは思っても、他の人には分からないだろうし、それに反論すると更に問題が大きくなるので、そこは知らんぷりするしかない。

 しかし、食事をしている俺たちの所に警官が来た。

「ちょっと失礼します。先程、子供を虐待しているという通報がありましたので、確認させていただきます。その子に食事を与えてないという事ですが、本当でしょうか?」

 彩芽はそれに答えず、警察の身分証を提示した。そこには「警視」の身分が書かれている。

「えっ!警視!」

「情報鑑識センターの桂川です。この子は理由があって、普通の食事が出来ないので、そこについては問題ありません。虐待している訳でもありません」

「はっ!」

 警官二人は敬礼して去って行った。

 警官二人は園内のパトロールをしているようで、二人で園内を回っている。それは最近は子供の虐待のみならず、子供を車の中に入れたまま離れる親も居たり、酒が入ると酔って他人に暴行する人もいるので、警察もこのような仕事をしないといけない。

 殺人などの大きな犯罪件数は確実に減っているのだが、反対に軽犯罪やいざこざみたいなものは増えている。

 そう言った事に対処するのも警官の役割と言われると警官も大変だ。警官の手が足りない時は警備会社に依頼する事になるので、その費用は当然、税金ということになっており、公園を維持するのも費用が嵩む。


「きゃー!」

 食事が終わって、まったりしていた時だ。後方で女性の甲高い声が上がった。見ると、両手に包丁を持った年配の男が立っている。

 そこに先程の警官二人が走って行くのが目に入った。見ると、その男が10歳ぐらいの女児の首に腕を回して人質に取っている。

「来るな、これを見ろ!」

 男が叫んだ。その近くには、スマホでこの映像を撮影している野次馬が回りを囲んだ。

「陽菜!」

 母親だろうか。娘を人質に取られたのだろう。その横には父親と思われる男もいる。

「娘を離せ!」

 父親が言うが、興奮した男は顔を真っ赤にして聞く耳を持たない。

 そこに警官二人が到着し、警棒を構えた。拳銃を使用すると人質に当たる可能性がある。ここで拳銃は使えない。

 しかし、それは膠着状態を産む結果になった。刃物を持った男は木を背中にして立っている。人質にされて女児は泣いているが、男はそれを意に介さない。

「ミイ、野球ボールになってくれないか。そして、ミイを投げるので、あの男に当たって、気絶させてくれ」

 人の注意が男の方に向いているので、俺はミイを包み込むように隠すと、ミイが野球ボールになった。

 その野球ボールを掴み、俺は男の方に行く。俺の後ろには彩芽が日奈子を抱いて走って来る。

 警官の近くに来た時、遠くにパトカーのサイレンの音が聞こえて来た。

 俺は警官の後ろから、野球ボールになったミイを男に向かって投げると、そのボールは男に真っすぐに向かって行く。

 ボールは男の顔面に当たると「バシッ!」と音がし、ボールは傍らの道の奥に消えた。ボールが当たった男は、そのまま後方に倒れていく。

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