第35話 子供の居る生活

 子供が生まれた彩芽は育休を取ることになった。3年間は育児のために籍はあるが、仕事はしなくても良い。

 最も、少子高齢化と労働力の減少で仕事に復帰しても、公務員用の保育所があったりして、子供の居る親の働く環境はここ10年格段に変化した。

 公務員でない企業も大企業は専用の保育園、幼稚園があり、中小企業とかも合同で、保育園、幼稚園を持っている。

 逆にそのような施設がないと、女性従業員も集まらない。

 なので今の時代、保育士と介護士は常に人手不足になっている。

 しかし、家に帰ると妻が居るのは何だか家庭が暖かくなっていて、旦那としても嬉しい。

「ただいま」

 部屋の扉を開けると、奥から彩芽が顔を出した。

「お帰りなさい」

「日奈子は、どうしている?」

 早速、我が子の様子を聞いてみる。

「今、寝ている」

 俺は鞄を彩芽に渡すと、ベビーベッドが置いてある、夫婦の寝室に行ってみた。そこには、小さなベッドの上に寝ている我が子が居る。

 小さな我が子は、小さな寝息を立てている。

 俺がベッドの中を覗き込むと、その隣からミイも覗き込んでいる。

「良く寝ている。可愛いな」

「パパの言う通りです。可愛いです」

 最近、ミイには「ご主人さま」と呼ばずに「パパ」と呼ぶように言ってある。まだ、24歳で10歳の子供が要る父親ってどうよと思うが、そこは若く見られるという事で言い訳する。

「直ぐに、ご飯にするから」

 キッチンから夕食の支度をしながら、妻の彩芽が呼んで来た。

 俺はスーツを脱ぎながら、彩芽の言葉に返事を返した。

 部屋着に着替えると、リビングの方に行く。すると、テーブルの上にはいくつかの料理を盛った皿が既に置かれている。

 ミイは右手をプラグに変化させてコンセントに差し込み、充電を開始している。

「ミイちゃんも充電しているようだから、私たちもご飯にしましょう」

 彩芽が席に就くと、二人で夕食になった。

「今日は肉か。なんだか、奮発したな」

 いつもより、精がつきそうな食事だ。

「うん、旦那さんには精をつけて、頑張って貰わないと。出来れば30代のうちにもう一人産めればなと思っているし」

「えっ?」

 そう言えば、今日は金曜日だ。この週末は、夜もお勤めを果たす必要がありそうだ。

「おぎゃー、おぎゃー」

 ご飯が終わると日奈子が泣き出した。

「あら、おしめかしら、お乳かしら?」

 彩芽が日奈子の方に行く。すると、彩芽が日奈子を連れて来た。

「お乳みたい」

 彩芽はそう言うと胸を開け、乳首を日奈子に含ませると、日奈子は力いっぱいお乳を飲みだす。

 それを見ている彩芽の顔は、まるで愛おしい我が子を見る母親の顔だ。その顔に俺はドキッとしてしまう。

 彩芽は子供を産んでも美しいが、乳を与える母の顔はそれにも増して美しい。

「どうしたの?」

「いや、彩芽が母親の顔だなと思って」

「ふふふ、母親なんだから当たり前じゃない」

「それは、そうなんだけど、なんだかマリアさまって、こんななのかなと思って」

「ふふふ、圭くんって変なの」

 そうやって、ころころ笑う彩芽と日奈子を見ていると、俺はこの親子を守って行かないといけない事を実感する。

 彩芽がお乳を与えているので、俺が食器を洗う。それが済んだら、風呂に入るが、日奈子の入浴は俺の仕事だ。

 小さな洗面器で身体を洗ってやると、日奈子も気持ち良いのか、小さな顔で笑っている。

 俺は入浴を終えた日奈子を彩芽に手渡すと、今度は自分の身体を洗う。そして、俺が風呂から出ると入れ替えで、彩芽が風呂に入る。大体、これが俺たちの日常だ。

 俺がリビングに行くと、ミイは充電が終わったのかコンセントから手が離れている。

「ミイ、スピーカの上に戻るか」

 俺が言うと、ミイがスピーカの上に戻って、3Dホログラムになった。この状態でもミイは充電が可能だ。

「あら、ミイちゃんは?」

 風呂から出て来た彩芽が言う。

「今、スピーカに戻ったところ」

「そう、なら、私たちも寝ましょうか?」

 いや、これから我が家ではもう一仕事があるので、就寝はまだ先の事だろう。


「ふんふん」

 朝、彩芽が上機嫌で朝食の用意をしている。

「彩芽、何か良い事があったのか?」

「ううん、いつもと一緒よ」

 彩芽の上機嫌とは対照的に、何だか俺は疲れたような気がする。

「さてと、今日はどうしようか?」

 土曜日、日曜日は休みだ。妻の彩芽に、何かすることはないか聞いてみる。

「後からショッピングセンターに行かない?」

「ショッピングセンター?」

「そう、日奈子の物を見に行こうかなと思って」

 確かに、子供は直ぐに大きくなる。生まれたばかりだけど、色々と必要になってくる。

「そうだな、行ってみようか」

 だが、自家用車の無い我が家は公共交通機関で行くしかない。荷物があると、移動は中々大変だ。

「こんな時、車があれば荷物が有っても楽だけど…」

「圭くんには専用車が割り当てられているでしょう。あれを使えば良いじゃない」

「あれは、公務用であって、自分たちのために使うのはダメだろう」

「情報鑑識センターは休日の時でも呼び出しで緊急出社が義務付けられているから、そんな時に備えて、公用車の利用も認められているのよ。逆に言えば、公私は無いって事ね」

「ええっ!聞いてない!」

「最初に説明が無かった?重大事件が無いから、呼び出しがなかっただけで、何かあると直ぐに呼び出されるわ。

 それに、その為の官舎でもあるのよ」

 そうだろうな、そうじゃなきゃこんな良い官舎に格安で住める訳が無い。

 俺たちは専用の電気自動車で、郊外に出来たショッピングセンターにやって来た。

 10時の開店に合わせて来たのだが、既に駐車場には車がいっぱいだ。俺たちは、電気自動車専用の充電設備がある駐車場に車を停め、充電を開始する。

 日奈子はベビーカーに乗せ、ミイは俺が手を繋いでいかにも、子連れの親子といった感じでショッピングセンターの中を歩く。

 彩芽は子供用品売り場があると、一々立ち止まって店内を覗いていく。

「何をそんなに買うんだ?」

「何言ってるの。もう直ぐお宮参りじゃない。そう言えば、あなたのご両親にも言ってよね。特にお母さんには来て貰わないと」

 そうか、彩芽に言われて、俺もそれに気付いた。


 両手にいっぱいの荷物を持って車の所に来た。

「ミイ、扉を開けてくれ」

 ミイが車の鍵を開錠し、トランクと扉を開けた。

 彩芽は日奈子をベビーシートに寝かせ、俺は荷物をトランクに入れていく。そして、充電コードを外して、運転席に俺が、助手席にミイ、後部座席には彩芽と日奈子が乗ると、ミイが自動運転で車を出発させる。

 ショッピングセンターの駐車場を出る所も渋滞しているが、ミイに運転を任せているので、俺は座っているだけで良い。

 道路に出た俺たちの車は一路、自宅である官舎を目指す。

「トゥルルル」

 警察スマホが鳴った。

「はい、桂川です」

「休日のところ申し訳けないが、情報鑑識センターに行って貰えないか。昨夜、放火事件が発生して、その犯人の捜査依頼が来ている」

 相手は、当番の担当メンバーからだった。

 その事を彩芽に告げると、情報鑑識センターのある山川署の地下駐車場に寄ると言う。

 ミイに行先を山川署にするように指示を出すと、俺たちが乗る電気自動車は山川署に向かう道に方向を変える。

「圭くんとミイちゃんは地下駐車場で降りて。私は荷物があるから、そのまま車は使うね」

 俺とミイは山川署の地下駐車場で降りると、情報鑑識センターに向かうエレベータに乗る。

 電気自動車は、彩芽が運転して帰ることになる。

「それじゃあ、気を付けて」

「家はすぐそこだから、大丈夫よ」

「そういうのが一番危ないんだ。日奈子も居るから、用心してくれよ」

「分かってるって」

 出来た嫁だが、運転に関しては彩芽の運転は信用出来ない。

 俺たちが情報鑑識センターの部屋に入ると、高木主査が俺たちに近づいて来た。

「折角の休日のところ申し訳ない。昨日の夜、放火が立て続けに5件あって、その犯人を捜し出さないといけない」

「放火は確実なんですか?それと、被害は?」

「火の出たところは、どこにも火の気は無かった。ただし、燃える物があったので、そこに火を点けたと思われる。それと、4件はほとんどボヤで消すことが出来たが、1件だけは半焼の状態だ。ただ、住民は逃げていて怪我人がいないのが幸いだ」

「では、その放火のあったと思われる場所を地図上に出して貰えますか?ミイ、解析は任せる」

 前面にある大型モニターに地図が表示され、そこに赤い点が点く。それを見ると直径10km以内に火が出た場所が集中している。

 その赤い点の下には、火が出た時間も表示されているが、夜中の1時から30分おきに火災が起こっている事を見ると、犯人は火を点けて回ったと思って間違いないだろう。

「30分間隔で放火していますね。そうなると、自転車かバイクを使ったと考えて良いのではないでしょうか?」

「ああ、我々もそう考えている。なので、その自転車かバイクを監視カメラから割り出して欲しいんだ」

「ミイ、どうだ?」

「犯行現場近くの、ネットワーク型監視カメラの映像を分析します」

 今の時代、警備会社に防犯を依頼すると、監視カメラは全てネットワーク型になっている。それを集中監視する訳だ。もちろん、その映像は警察にもネットワーク経由で提供される。

 すると、タブレットにひとつの画像が表示された。そこには自転車に乗った黒い衣装の男性が映っている。

 その映像が次々にタブレットに表示されていく。

「この画像は全て、放火事件のあった場所近くの映像です。この全ての映像は同一人物である事を示しています」

 ミイが分析結果を説明する。

「それで、この自転車男はどこに逃げたか分かるか?」

 俺がミイに言うと、ミイがまた映像を探しているようだ。

 すると、タブレットに再び次々と映像が表示される。それと同時に大型モニターに表示された地図に赤い点が点いていく。その下には時間も表示されるので、逃げた時間も分かる。

 そうしていると、ある位置で赤い点が続かなくなった。 そこの地図と、ストリートビューを見ると、そこは会計事務所の監視カメラが設置されている場所だ。

 それと同時に自転車の形もタブレットに伝送されてきた。

 映像に出て来た自転車は、大型の自転車で前篭が付いている。

「よし、現場にデータを伝送して、虱潰しに当たるよう指示を出せ」

 高木主査の指示で、オペレータが現場の警官に指示を出した。

「圭くん、悪かったな。態々呼び出して。早いとこ片を付けないと、そのうち死者が出るかもしれないから、来て貰った。今日は家庭サービスじゃなかったのか?」

「ええ、子供が生まれたので、子供用品を買いに行ってました」

「それは申し訳ない。彩芽さんにも、謝っていてくれ」

「彩芽も警官ですから、そこのところは理解していますから、問題はありませんよ」

「そうか、今日はどうもありがとうな。あっと、時間外はちゃんと付けておいてくれよ。所長には、こっちからも言っておくから」

「お手数をおかけします。それでは後は頼みます」

 俺とミイは情報鑑識センターを後にし、歩いて自宅のある官舎に向かう。


「ただいま」

「お帰りなさい。事件は解決した?」

「放火犯の探索だった。監視カメラの映像があったので、犯人は分かったから、後は現場の人の仕事になるから」

「なら、直ぐにお昼にするわね」

 彩芽がキッチンに入り、昼食の用意をし出す。俺は、寝室で寝かされている娘の日奈子の方に行くと、日奈子はすやすやと眠っている。

 ミイは一旦、日奈子の所に来たが、寝顔を見るとミイもスピーカの上に戻って、3Dホログラムに戻った。

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