第34話 アントニオの居所

 俺たちが情報鑑識センターに戻って1週間が過ぎた頃だ。本庁の捜査本部から再び依頼が来た。

 アントニオの行方が分からないので、探し出して欲しいという依頼だ。

 俺たちは再び、捜査本部に行く。

「おう、来たか。また、頼むことになった。例のアントニオだが、行方が全く分からないんだ」

 俺たちの姿を見た斎藤刑事が早速、声を掛けて来てくれた。

「すいません。また、お世話になります」

 山本巡査部長が挨拶した。

「いや、すまないのはこっちだ。本当なら、俺たちで探し出さないといけないんだが、全く手掛かりが無くて…」

 斎藤刑事の横には武田刑事も居る。

「それで、あれからどれくらい進展したんですか?」

「実は何も進展していなんだ。カルロスという名前も顔も分かったのだけど、そこから先は全くと言っていいほど何も出てこない」

 俺の質問に武田刑事が答えてくれた。

「アンドレの情報は?」

「アンドレからも、あれ以上の情報はなかった」

「他の人、ナオミさんとか、マリアさんとかは?」

「ナオミからは何も出てこない。マリアの方は何か隠しているようだが、今のところは悪事もないので、しょっぴくのにも無理がある。

 それで、情報鑑識センターのお前さんたちに来て貰ったんだ」

「では、マリアさんの方に行きますか?」

「おう、頼む」

 山本巡査部長の言葉に斎藤刑事が答える。俺たちは再び、電気自動車に乗って新宿にあるマリアの店に行った。時間も同じ夕方4時だ。

 店の横にあるインターホンでマリアを呼び出す。

「ピンポーン」

「どちらさまですか?」

「警察です。アンドレさんの事でお話があります」

 武田刑事が応対すると、店の扉が開いた。

「どうぞ」

 俺たちは店の中に通される。

「実は、アントニオさんの事でお伺いに来ました。マリアさんはアントニオさんの居所を知っているんじゃないですか?」

「何度も言うように、私はアントニオなんて男は知りません」

「スマホの通話履歴と登録番号に、アントニオとあります」

 ミイがマリアのスマホにアクセスしたようだ。

「ちょっと、スマホを見せて貰えませんか?」

 マリアが目線を外し、カウンターの上を見た。そこにはスマホが置いてある。

 武田刑事がそのスマホを取ろうとしたが、一足早くマリアがそのスマホを取り、床に投げつけて壊してしまった。

「あっ、何て事を…」

「アハハ、これでスマホは見れなくなった」

「問題ありません。記憶媒体が壊れてなければ、データの呼び出しは可能です。それに履歴とかは電話会社の方にもありますから」

 ミイの言葉を聞いて固まったのはマリアだ。

「いい加減な事は言わないで欲しいね」

 ミイは床に叩きつけられ壊れたスマホを拾うと、端子の所に自分の手を変形させて接続した。

「な、何だい、その子は?」

「それは、あんたが知る必要はない」

 武田刑事が言い放つ。

「データと通話履歴を伝送します」

 ミイからタブレットにデータが伝送されてきた。しかし、文字はポルトガル語なので、どれがアントニオなのか分からない。

「ミイ、ボルトガル語だ」

「翻訳します」

 表示されている文字が全て日本語になる。ご丁寧に、アントニオという文字もカタカナになっている。

 そこにからアントニオの電話番号も分かった。

「これで、アントニオがどこに居るか分かれば良いのだが…」

 斎藤刑事が言った言葉にミイが反応した。

「一回だけ電話を掛けて下さい。そうすれば、相手の電話がある場所が分かります」

「俺が電話を掛けます。ミイ、準備はいいか?」

「ご主人さま、いつでもokです」

 俺はタブレットに伝送された一覧からアントニオに電話を掛けた。そして、一回呼び出し音が鳴ったが、直ぐに切った。

「ミイ、どうだ?」

「分かりました。現在地は池袋です」

「マリアは、応援のやつらに任せよう。マリアさんとやら、今日は開店出来ないから、そのつもりで」

「フン」

 そこに丁度、応援の刑事が来てマリアを連れて行った。俺たちは電気自動車に乗り、池袋に向かう。

「ミイ、相手の電話は移動しているか?」

「いえ、移動していません」

「移動したら教えてくれ」

 ミイから移動したとの報告が無いので、そのまま電話が発信されたビルの前に来た。応援も呼ぶと私服の刑事たちがビルの周辺に集まった。既に裏口も人が固める。そこに斎藤刑事と武田刑事を含めて5人でアントニオが潜んでいるとされる部屋に向かう。

 部屋の扉前に集合して、突入のタイミングを図るが、ミイがストップをかけた。

「アントニオのスマホにアクセスしてカメラから部屋の中を見ましたが、拳銃があります。不用意に突入すると銃撃される可能性があります」

 その言葉を聞いた刑事たちは拳銃を取り出した。

「ミイ、どうにか出来るか。相手も殺さずに確保したい」

「では、私がやります」

 ミイが手をナイフのようにすると、部屋の扉を切断し出した。

「バシッ、ジャー、ジャー」

 ナイフを扉に当てると、火花が散っている。あれはウェルダー式切断機なのだろう。

 切断が終わったら、ミイが扉を引いた。

「バーン」

 扉が開いた。

「バンバンバン」

 いきなり拳銃の弾が飛ん出来て、ミイに当たる。

「ミイ!」

 俺は叫んだが、ミイは部屋の中に手を伸ばして行く。

「バシッ」

 ミイが電撃をかけたようだ。その瞬間、拳銃の音が止んだ。

 ミイが部屋の中に入って行く。俺たちもミイに続いて部屋の中に入ると、そこには男が二人倒れている。

「こっちはアントニオですね。こっちは?」

 アントニオは顔の映像写真から分かったが、もう一人が不明だ。

「ミイ、こっちが誰だか分かるか。それと、アントニオのブラジルでの情報が知りたい。ブラジル警察のデータが検索出来ないか?」

「この二人の情報をブラジル警察に照会します」

 その間に、ビル周辺に居る応援部隊を呼んだ。

 ミイがかなりの時間、黙っている。やはり地球の裏側までアクセスするのは時間がかかるのだろう。

「分かりました。こっちの男は『ロドリコ・ペレイラ』と言い、ブラジル警察から指名手配になっています。

 それは、こっちのアントニオも同じです。同じ指名手配犯です」

「罪状は分かるか?」

「殺人、強姦、強盗、誘拐が主な罪状で、ブラジルマフィアのメンバーともあります」

「何で、そんなやつらが日本に居るんだ?」

 そんな疑問が出てくるが、それには斎藤刑事が答えた。

「ブラジルで罪を犯して、日本に逃げて来たのだろう。それと、ブラジルマフィアが日本に拠点を作ろうとしている情報もある」

「では、この二人が日本での幹部って事ですか?」

「いや、それは無いだろう。他に組織を纏める人物が居ると考えた方が良い。この二人は小者だろう」

「この二人は、ブラジルに送り返すと死刑になるのですか?」

「ブラジルは既に死刑は行っていない。送り返しても死刑にはならないだろうな。なので、犯罪をするだけ得になるから犯罪が減ると言う事がない」

「日本ではどうなるのです?」

「今では轢き逃げと密入国だからな。無期までにはならないだろう」

「ブラジルで殺人を犯していても?」

「そうだ、ブラジルの犯行まで日本で裁ける事にはならないからな」

 斎藤刑事の言っている事は至極当たり前なのだが、犯罪はボーダーレスだ。犯罪の裁きにボーダーが有る事に納得が出来ない。

「ミイちゃんとやらが解析したスマホの通信解析履歴を分析して、日本にいるブラジリアンマフィアの対策を行っていく事になるだろう」

 斎藤刑事の言葉に何も言えないが、俺たちの仕事はここまでだ。後は通常の仕事に取り掛かる事になる。


 そして、1か月が過ぎようとした頃、彩芽が仕事中に苦しみだした。

「お腹が痛い」

 呼ばれた福山所長が来て、直ちに救急車を手配すると彩芽は産婦人科に連れて行かれた。

「圭くんも一緒に行ってあげて」

 山本巡査部長の言葉に従い、俺も一緒に病院に行くと、今は陣痛も治まったのか、彩芽は病院のベッドの上に寝ている。

「あなた、仕事は?」

「山本先輩が行っても良いって言うので、お言葉に甘えて来たんだ」

「男の人って居ても仕方ないから、仕事をしていれば良かったのに。あなたが来るとミイちゃんも来るので、皆も仕事に困るでしょう」

 俺の横にはミイも居る。

「そう言っても…」

「来てしまったのは仕方ないわね」

 彩芽が手を出してきた。俺がその手を握ると小刻みに震えている。

「彩芽…」

「本当はね、居てくれて嬉しい。不安で不安で仕方ないの。もし、子供に何かあったらどうしようとか考えると。あなたが居てくれると安心出来る」

「ご主人さまだけでなく、彩芽もミイが守る」

 いきなり、発言したミイを見ると、当然という顔をしている。

「ミイ、彩芽の事を女狐と言わないのか?」

「ご主人さまの細胞分裂体を生成出来る彩芽は、女狐ではありません」

 ミイの中で、彩芽が女狐から昇格したようだ。

「ミイ、ありがとう」

「愛情1ポイントアップ」

 久しぶりに愛情ポイントがアップしたが、もう少しミイにも愛情を与えても良いかもしれない。

 俺は彩芽と繋いでいる手とは反対の手で、ミイの手を握った。

「愛情2ポイントアップ」

「あっ、いたた。痛い、痛い」

「か、看護師さん」

 俺は廊下に出て、そこに居た看護師さんを呼んだが、彩芽は破水してそのまま手術室に向かった。


「おぎゃー、おぎゃー」

「生まれた!」

 彩芽が手術室から出て来たが、その横には小さな産着に包まれた赤子がいる。

 彩芽は、ちょっと誇らしそうに微笑んでいる。

「お疲れさん」

 正直、その言葉以外の言葉が見つからない。

「女の子よ」

 彩芽もそれだけ言うと、後は何も言わない。看護師さんは彩芽と子供を乗せたストレッチャーを病室に押して行く。俺もそれに付いていくと病室で、ゆっくりと自分の子供を見ることが出来た。

「どっちに似ているんだ?」

「さあ、どっちからしら?」

「私に似ています」

 声のする方に居るのはミイだ。

「ミイは、これでお姉ちゃんだから、ミイに似ているかもしれないな」

「愛情1ポイントアップ」

 でも、この「愛情1ポイントアップ」だけは、子供に口真似して欲しくない。

「圭くん、名前を決めなきゃ」

「そうだな、彩芽はどんなのが良い?」

「そんなの父親の仕事よ。あなたが決めてよ」

「彩芽の言う通り。ご主人さまの仕事です」

 今まで俺に反抗した事がないミイが、初めて彩芽の味方についた。

「う、うん、分かったよ。どんな名前にしようかな」

「キラキラネームはだめよ」

 俺は24歳にして父親になった。この時、嫁さんの彩芽は誕生日が来ていたので36歳だ。

 娘の名前は「日奈子」と名付けた。

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